第2話 暗闇と思考阻害と恐怖と

▼前回のあらすじ▼

 港町ポールトネメア東部にあるフィヨルド旧墓地にやってきた冒険者たち。

 大量の低ランクアンデッドを蹴散らし、遂に標的の悪魔”ディアブロ”を発見。

 εイプシロン級冒険者カミュたちによって、その討伐はなされたのであった。


▼”フィヨルド旧墓地”地図▼

https://pbs.twimg.com/media/EU1pJ4MU4AEZTol?format=jpg&name=4096x4096


▼魔物図鑑▼

αアルファ < βベータ < γガンマ < δデルタ < εイプシロン < ζゼータ


ゾンビ(αアルファ):不浄の地に埋葬された死体が再び動き出した姿と言われている。痛覚や前世の記憶はなくなっており、生者の気配を嗅ぎつけ襲ってくる。単体ではそれほど脅威ではないが、集団で襲ってくる場合が殆どで、疲労した冒険者から命を落としていく。


スケルトン(αアルファ):遥か昔に埋葬され、骨だけの姿となった亡骸が再び動き出した姿。しがみついてくる程度のことしかできないが、大量に出て来た場合、その物量に押しつぶされてしまう。


リビングデッド(γガンマ):冒険者がアンデッドによって命を落とした際、死んだことに気付かないとリビングデッドになるとされる。その魂は闇に堕ちているため、生前の得物を手に、生者に戦いを仕掛ける。


ルスト(γガンマ):複数の魂が不浄の地に集まり、そして混ざり合った結果、浮遊する肉の塊として具現化した異形種。口から強酸性の液体を吐き出し、金属製の装備を使い物にならなくする。


フィアーズ(γガンマ):生者の魂を刈り取る存在で、不浄の地に出現する以外にも禁忌とされる闇の魔術により召喚することができると言われている。手には大きな鎌を持ち、その手元は漆黒の布により隠されている。


ディアブロ(εイプシロン):炎の魔法を操る小さな悪魔。自分の身長ほどもある長さの槍を持ち、魔法とともに攻撃してくる。その猛攻を防ぎ切ったと油断した冒険者は尻尾による刺突で命を落とす。


▼▼▼▼


カミュ「――やったか!?」


 その発言はマズい、死亡フラグというやつだ。

 しかも、そう言って生きて帰った者はいないのではないだろうか、というほど致死率が高い特大死亡フラグだ。


ファフ「ひゃっ!?」


 突如、目の前が真っ暗になった。

 真っ暗、というよりも、視力がなくなったという方がより正確かもしれない。

 自分がいまどこにいるのか、突然光の射さない空間に閉じ込められたのではないか、という疑念がわくほど何も見えないのだ。

 急激に恐怖が込み上がって――急いで魔術具を発動させる。

 

ファフ「……よし、怖くないぞ、怖くないぞ」


 あふれ出る恐怖を魔術具が打ち消してくれる。

 これがなければ、今頃錯乱して走り出しているかもしれない。


カミュ「なんだ!? 光魔術具はどうした!」

 

「お、おかしい! 魔力だってまだ十分だったはずだ! どうなってるんだ!!」


 光魔術具を装着した者たちの混乱した声が聞こえてくる。

 光魔術具を発動させる前の暗闇よりも暗いのだから、魔術具の問題ではないだろう。


カミュ「落ち着け! 魔術具の故障ではないとしたら、魔物の仕業ということだろう。光を奪う魔物――――”エクリプス”か」


 カミュの落ち着いた声色を聞いて、冒険者たちが少し平静を取り戻す。


ファフ「エクリプスですか?」


カミュ「”灯を喰らう者”という異名を持つζゼータランクの異形種だ。その名が示す通り、獲物の視界を奪う」


「ぐぁあぁぁぁ!!」


 冒険者の断末魔が聞こえる。

 おそらく、何も見えない中でアンデッドに襲われたのだろう。


「ああぁッ」「来るなッ、うあぁ」


 次々と悲鳴が聞こえてくる。


カミュ「くっ、このままでは……。おい!」


「な、なに?」


 カミュのパーティの一人が答える。


カミュ「ここにいる全員、風魔法で吹き飛ばしてくれ!!」


「えッ!? そんな、仲間もろとも……」


カミュ「それでいいんだ! コイツの能力はおそらく範囲型だ、じゃなけりゃ最初から見えなかったはずだ」

 

「わかった!」


 カミュの発案は必ずしも正しいとは思えなかった。

 能力が範囲型かどうかも、仮にそうだとしても範囲がどの程度か、その範囲外まで風魔法で吹き飛ばせるかどうかもわからない。

 しかし、ε級冒険者になるまでに遭遇した幾つもの修羅場を潜り抜けてきたリーダーの判断は、この危機的状況においても、信じるに値すると考えたのだろう。

 彼女はすぐに範囲風魔法を唱え始めるが、範囲魔法は消費魔力も多く、発動するまでの時間も長い。


 ああああああああああああああああ

 ああああああああああああああああ


ファフ「ああああああああああああああああああああああああ」


「「「ああああああああああああああああ」」」


ロムラス「ちょ、ちょっと、どうしたの?」


 ああああああああああああああああああああああああああああああああ


ファフ「あああああ――あ。あぁ……」


ロムラス「大丈夫!?」


ファフ「な、なんだいまの、突然、なにも考えられなくなって」


「「「ああああああああああああああああ」」」


ロムラス「もー! 正気に戻ってよかったよ! おかしくなっちゃったのかとおもったじゃん!」


ファフ「いや、おかしくなってたんだよ……」


 何かを考えようとしてもすぐに離散してしまう、まさに”考えがまとまらない”状態に陥っていた。

 そして、気が付くと体がロムラスになっていた。


ファフ「あ、出てくれたのか」


ロムラス「うん、きみがあんな状態じゃ仕方ないじゃん」


ファフ「ははは……ごめんごめん――」


 ――視界の端で何かが紫に光った。

 そして――冒険者たちが自らの体にそれぞれの得物を突き刺していく。


ロムラス「えぇ……。何してるのこの人たち」


ファフ「ちょっと、みんなまって!」


カミュ「あ、ああぁ、ファフくん」


ファフ「カミュさん!……あぁ」


 カミュの方を見ると、あのアマルガマイト製の短剣が胸に突き刺さるところだった。

 カミュの体が、短剣の刺さった個所から崩れていく。

 

ファフ「カミュさんまで、なんで……」


~~~

フィヨルド旧墓地に出発する前、ギルドで討伐隊の面々と初顔合わせをしたとき。


カミュ「よっ。よろしくな、ファフくん」


ファフ「あ、どうも、よろしくお願いします」


カミュ「いやー、まさか墓地に行くことになるなんてな。ダンジョンに行くときその近くを通るんだが、いっつも背筋がゾーッとしてな! 恐怖耐性はしっかりしていけよ!――って、ファフくんの着けてるそれ、スフィアライトだよな……心配いらなそうだな」


ファフ「はい、先日、とある方から頂いて……」


カミュ「ほおー、じゃあ大事にするんだぞ! スフィアライトって言えば、ガーネットやアメシストに勝るとも劣らない量の魔力を内蔵したレアな宝石だからな。恐怖耐性特化だし、耐性魔術具の中では最高級品だ」


ファフ「そうみたいですね、だから今度会ったら返そうかと……」


カミュ「そうなのか? ありがたくもらっとけって。俺なんて恐怖耐性Ⅲのコランダムリングだ」


ファフ「え、それで大丈夫なんですか?」


カミュ「あぁ、これでも十分だぜ。なんたって、最大級の恐怖を付与してくる魔物なんてεランク以下にはまずいない。ζゼータランクでも、”テスタメント”とか”無手の悪魔”くらいじゃないか?だから普通は恐怖耐性Ⅲで十分なんだよ」


ファフ「なるほど、なるほど。それにしても、最大限の恐怖ってなんなんですかね。恐怖Ⅲだと逃げようとしたりするらしいですけど」


カミュ「俺も経験したことないんだが、なんでも”恐怖に耐えられなくなる”らしいぞ。いやー、出来れば一生経験したくねーな!」


~~~


ファフ「そうか、最大限の恐怖だ!俺はスフィアライトリングで無効化できたけど、ファフさんは……」


 恐怖耐性Ⅲまでしか持っていなかった。

 恐怖に耐えられなくなったんだ。


ファフ「……ロムラス、もう誰もいない、好きにしていいぞ!」


ロムラス「いいの?じゃあ――」


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