第7話 兄と、昔話
花見の後、ちょっとした修羅場だったようです。
僕と康規君が川に落ち、そのことで上四人の兄姉が軽く錯乱し、それをアキが鎮めるという不思議な現象が起こっていたそうです。伝聞なのは、僕が理彦兄様や彦重兄様から聞いたから。落ちたことで気絶していたのと、二、三日布団から離れられなかったので、その現場を見ていないのです。あの日から、アキは屋敷神社のケヤキの木にのぼったまま、あまり僕の傍に来ようとしません。
そうして、僕は今、和彦兄様の前に正座しています。別に怒られるために呼ばれたわけではないので、正座の必要はないのですが、どうしても兄様の前だと正座してしまいます。
「足、崩して大丈夫だよ」
「あ、はい……」
「堅苦しい話ではあるけれど……これを、治に話すつもりはなかった。ずっと、知らないままでいたほうがいいと、僕も姉さんたちも、幸も共通の認識だったから」
「は、はぁ…」
「治、僕ら兄弟の名前で、違和感を感じたことはないかい?」
なんの話なのだろう。いまいち判らないまま、兄様の問いを考えてみる。
僕ら男兄弟の名前には、みんな「彦」の字が入っている。これは御祖父様や和彦兄様の息子、照彦君も同じで、佐東家の男子はみなその字が入る。
和彦兄様、彦幸兄様、理彦兄様、彦重兄様、そして僕、彦治。みんなちゃんと、入っている。何も、違和感は……、
「…あ……彦重兄様と僕……」
「うん。ずっと重までは、交互なのに重と治はどちらも頭に彦がつく」
いままで、気にしたことがなかった。言われてみれば、確かにそうだ。
でも、たまたまそうだったんじゃないのだろうか…。
「それに、何か……」
「うん……重と治の間にね、一人兄弟がいたんだ。でも、亡くなった。殺された」
「え……」
「父さんと母さんがいないのも、それが理由なんだ。すべて、話すよ。治が川に落ちた、いや、落とされたのも、きっとその時のことが理由だから」
でも、亡くなった兄弟も、両親も、もちろん僕も、何も悪くないということだけはわかっていてほしいと、前置きの上で、兄様はゆっくりと、その時のことを話し出す。
僕と、彦重兄様の間には、もう一人明彦という兄がいたという。僕の五つ年上で、彦幸兄様に一番なついていたらしい。けれども、十四年前、誰かに彼は殺された。それで錯乱した母様は僕を殺そうとして、父様は母様を連れて家を出た。
ようやくすると、そういうことらしいけれど。
「……すみません……理解が……」
「うん、そうだろうね」
「でも……兄様たちは、アキのこと」
「……うん、明彦に重ねた、重ねてる。アキの見た目は、あの子が死んだ時の年ごろと変らないから」
「アキは、一体何者ですか……」
「それは僕らも知らないよ。本当に、急に現れたから。声が聞こえるのは治だけだしね。何か、言ってなかったかい?」
「いいえ。前に言った通り、管狐で屋敷神社のお稲荷さんのご縁としか」
「アキがそういうならそうなんだろうね。ごめんよ、急にこんな重い話をして」
「いえ……」
「ない、とは思うけれど、一応気を付けて」
「はい……」
兄様の前を辞して、離れに戻りながらなんとか兄様の話を理解しようとする。正直、僕には理解し切れる気がしない。なんというか、いろんなことをいっぺんに話された気がする。
あぁ、でも、浅草で聞いた声と、あの時後ろからかけられた声。似ていたような気がした。
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