第4話 狐の子の、暇つぶし

「じゃあ、学校行ってくる。姉様の所行くから帰りは遅めだけれど、お願いだから悪戯しないでね」


言い含めて彦治が出ていくと、アキはむぅ、と口をとがらせた。

できるならばついていきたいけれど、それが迷惑になることはわかってる。だから、学校へ行くとき、アキはいつも留守番なのだ。

屋敷神社のケヤキの枝に腰かけて、ぺこ、ぽこ、とビードロを鳴らす。以前、淑子がくれたもの。大概佐東家の兄姉は、彦治やアキに甘い。だから、一人で外に出ることを禁じられているわけじゃない。けれど、それをしてしまえば。

ぺこ、ぽこ、鳴らすのに合わせて、足と二本の尻尾がふらりふらりと揺れる。そうしているのにも早々に飽きて、木から降りればふよふよ浮いたまま、働く人たちの邪魔にならない様、母屋の表には回らず、そのまま台所へと回る。


「あ、アキちゃん。ちょうど良い所に。悪いんだけれど、床下でごそごそ音がしてて…ネズミかもしれないのよ」


和彦の妻、美世のネズミかも、の言葉にアキの目が輝く。床下収納を兼ねる床板を彼女が開ければ、そそくさとその中に潜り込む。

そうして数分。土と埃にまみれた顔に、ネズミを咥えて、アキが戻ってくる。狐の本能なのか、ネズミやヤモリなど動く小動物を追いかけ捕まえることが、アキは大好きで。ネズミが出た、と聞こえれば即座にそこへ行って天井裏や床下に潜っては、こうして捕まえてくる。

捕まえたネズミは、外に捨ててくることもあれば、自らが起こす狐火であぶっていることもある。あぶったネズミがどうなるのかは、おそらく、気にしないほうがいいのだろう。


「ありがとうね。でも、それおは外にポイしてね?代わりに、ふかし芋あげるから」


新聞紙に包まれた芋をもらい、こくこくと頷いてネズミは裏門の隙間から外へと放り捨てられる。ヂュ、と小さな鳴き声と共に走っていったが、戻ってくることはないだろう。

離れの彦治の部屋で、ふかし芋を齧りながらお手玉を投げたり、おはじきをはじいたり、一人遊びにいそしむ。どうしても暇になれば、母屋の居間で休憩をしていた彦幸の膝の上でうつらうつら、うたた寝をしたり、和彦の息子である照彦と遊んだり。

十七時を過ぎても、彦治は帰ってこず。暗くなってきたからと、和彦が離れの電燈を付けてはくれたが、これ以上暇をつぶす手段がない。

そうなれば、アキがすることは一つだけ。お手玉を集めると風呂敷に包んで欄間の隙間に。毎日のようにこの悪戯を仕掛けているので、どの角度ならば上手く行くかもお手の物。さらに同じ仕掛けをもう三つ。すべて仕掛け終われば、早く帰ってこないかなぁと、一人縁側でぶらぶらと足を揺らしながら耳を澄ませる。

どれだけ待ったか、外で車の音がして暫くしてから、からころ、下駄の音。


「ただいま。アキー?」


帰ってきた、と物陰で息を殺して様子をうかがう。

四連続で落ちてきたお手玉に、彦治が怒るまであとわずか。

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