とある兄弟と狐の子
蘭歌
第1話 兄弟が、多いのです。
いきなりですが、僕には姉が三人と兄が四人います。一番上の姉とは十八才、直ぐ上の兄とは八才離れています。だからと言うのもなんですが、どうにも距離感がわからないのです。
「ただいま、帰りました…」
「あら、彦治さん。お帰りなさい」
「あ…淑子姉様。こんにちわ」
「ええ、こんにちわ。あ、そうでした。彦治さん、これ、お土産。アキさんと一緒に召し上がってくださいな」
「あ…はい、ありがとうございます」
淑子姉様は一番上の姉。今は横浜の貿易商の方のところへ嫁いでいます。なので、姉様はいらっしゃるとこうして、お菓子をお土産にくださいます。今日は、舶来品のチョコレイトでした。
「御姉様、そこにいたら治さんが上がれないわ」
「孝子姉様」
「あらあら。そうね、ごめんなさい」
「い、いえ…」
淑子姉様の後ろから声をかけたのは、二番目の姉、孝子姉様。静岡の御茶問屋へ嫁がれて、今は旦那さんと一緒に日本橋の支店を切り盛りしています。
「そうだ。治さん、これ、今度お店で出そうと思うの。治さんやアキさんの年頃の人の意見も、もらえないかしら」
「あ…はい」
孝子姉様がくださったのは、うす緑の…すあま?孝子姉様からは、よくこうして試作品の味見を頼まれます。
姉様達からもらった物を鞄にしまっていれば、表から声がしました。
「お、井戸端会議か?」
「治が餌付けされてるだけだろ?」
「餌付けだなんて」
「二人とも、治さんに失礼よ」
「へーい」
「はいはい」
「和彦兄様、彦幸兄様…ただいま帰りました」
「ああ、お帰り」
「お帰り。で、今日は何をもらったんだ?」
「チョコレイトとすあま?です」
和彦兄様は孝子姉様の次で長男で、うちの当主です。彦幸兄様は次男で、和彦兄様の補佐として、店では専務をしています。
この姉様、兄様たちは僕と十四才以上離れていて、嫌いではないのですが、どうにも苦手です。
四人に断って、その場を離れて部屋のある離れへ。
僕の家は江戸時代から続く海苔問屋で、品川では大きな分類に入ります。だから、家も広くて母屋に部屋はあるのですが、離れを自室にしています。
「治ちゃん、めっけ!」
「ひゃぁ!?ゆ、弓子姉様」
「相変わらず面白いなぁ。後、固い!」
背中から飛びかかってきたのは、弓子姉様。姉様は五番目で、今は山梨の宝飾品を扱う商店に嫁いでいます。孝子姉様と同じく、旦那さんと一緒に浅草で支店を切り盛りしています。上の姉様たちと違って、弓子姉様はその…すごくお転婆です。
「まぁた、治のこといじめてる」
「いじめてるだなんで。人聞き悪いよみっちゃん」
「そして、僕らも間違えんだよ」
「理彦兄様、彦重兄様…助けてください…」
通りがかりの理彦兄様と彦重兄様は、僕の直ぐ上の双子の兄です。二人とも頭がよくて、帝大の理彦兄様は文学部、彦重兄様は理工学部の学生です。
全く同じ顔なので、よその人どころか、僕らもよく間違えます。
「弓ねぇ、あんまりやってると怒られるのは、弓ねぇだぞ」
「そうそ。それに治の事、アキが待ってたからね。早くいかないと、また、悪戯されるよ」
「むぅ…」
「すみません…」
弓子姉様に放してもらって、理彦兄様と彦重兄様に頭を下げる。
やっと離れにたどり着いて、引き戸を開ければ上からお手玉が降ってきた。
「ひゃぁぁ!?こら、アキ!!」
『あははっ!だって、はる、おそいから』
にこにこケタケタ笑っているのは、アキ。
アキは自称管狐で、うちに住み着いてます。今もふよふよ浮きながら、どこか猫に似た細めの尻尾をゆらゆらさせている。
うちの敷地にいれば、誰でも姿が見えるけれど、外に出てしまえば、僕か一部の人しか見えません。声に至ってはうちの中でも、僕にしか聞こえません。
「だからってこれはないだろ!片付けないと、おやつなしだからね!」
『!?それはや!』
「なら、片付けてね」
はーい、と返事をして片付け始めるアキを横目に、部屋に荷物をおいて。
「うわぁっ!?アキー!!!!」
再び降ってきたお手玉に、また怒鳴ることになりました。
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