第31話

 金色に染まる世界が広がっていく。

 薄れ消える、僕を覆った暗闇。

 リオンは何を考えてる。僕を取り込んで人になるとか言うなよ。


 微笑む少女。

 ブルーのドレスと風に揺れる長い髪。


「マリー」


 花の群れの中見えだした屋敷。光に照らされて輝く窓、チョコレートを思わせる煉瓦の外壁。

 ここは……黄昏庭園?


 金色の空の下。風の冷たさを感じた時、マリーのそばに見えだした人影。

 白い髪と黒い衣。

 背中にある黒い翼。


「リオン」


 空を見上げる横顔。

 空に向け、伸ばされた彼の手に一羽の鳥が舞い降りた。鳥の鳴き声と彼が浮かべた笑み。不死を憎む彼が、命を慈しんだいつかのひと時。


 敷地を囲う黒い柵が見えだした。

 柵越しに見える人々の笑顔。

 町から逃げだしたかつての住人達。


 ——マリーお嬢様、綺麗なお花ですね。


 ——子供達にも見せてあげたいんです。旦那様に頼めば、お花を分けて頂けるでしょうか?


 親しみに満ちた声が聞こえる。

 住人達が噂に踊らされる前、何度繰り返されたものだったのか。

 マリーにだけ見えた死神の姿。

 黄昏に包まれ、喜びと悲しみを分かち合ったふたり。マリーの姿は召使い達を恐れさせ、生みだされた噂が人々を屋敷から遠ざけてしまった。




 屋敷には化け物が棲んでいる。お嬢様は化け物に惑わされ精神こころを壊されてしまった。




 たぶん、マリーは住人達を憎みはしなかった。

 彼女の優しさは、あるがままを受け入れ許せるだけの強さを秘めていたんだ。


 マリーの手が伸びてきた。

 頬に触れる温かく柔らかな感触。


「私は小さな頃から不思議なものが見えていたの。空を舞い虫と戯れる妖精や、宇宙そらから降りてくる声を持たない精霊達。みんなが地球を慈しみ、人に興味を持っていた。みんなは願っていたのよ、私達に声が届けばいいなって。声をかけた妖精はこう言ったの。『マリー、ボクのことをみんなに教えてくれる? ボクはみんなの笑顔が大好きだ。喧嘩はだめだよ、泣いてる子がいたら助けてあげてって。地球はねマリー、みんなを見守ってくれるお母さんなんだよ。ボク達の成長を地球は喜んでくれるんだ』って」


 住人達がいなくなった日々の中。マリーは願ってたのかな。見えないものと話す中、みんなが優しさと温もりに包まれる世界を。

 黄昏に包まれたひと時、リオンと語りあったのかもしれない。

 いつかの未来。

 願いが届いた先に続く、リオンと共に生きていける限りある世界を。


「私を天に導いてくれたのはカレン。私は彼女の想いを知らなかったの。斬り落とされた翼……彼女が私の前で、リオンの羽根をちぎり取った時ですら」


 マリーの目に浮かぶ物憂げな光。

 マリーとの絆を育んだリオン。

 黄昏に照らされたふたりのひと時はなんて温かいんだろう。だけどリオンを想い続けたカレン。カレンの気持ちを思うとなんだかやりきれない。


「君は救いたいと思っているのでしょう? リオンの翼から生みだされた彼と反旗を翻したリリス。そのために……君が望むことは何?」

「望むこと」


 僕の声はマリーに聞こえてるだろうか。

 リオンにも。

 ここが、リオンが作りだした幻だとしても。


 伝えなきゃいけない。

 願いを届けるんだから。


 大きな力となった願いが、変えられることがきっとあるから。


「彼にだけ見えるもの……僕も妖魔が見たいんです。リオンと彼の血が生みだしたもの。見なきゃどうすることも出来ない。いっぱいの願い、神と呼ばれる者に届けられるだけの何かを」


 リオンの目が僕に向けられた。

 風に揺れる髪と翼。

 ここが過去なのか今なのか。わかることは、リオンが僕の話を聞いていること。


 リリスを助けなきゃ。その先にあるものを見届けたい。


 種族を越えた繋がりや幸せ。限りある命が教えてくれる喜びと悲しみの鮮やかさを。


「彼に託されたノート。それはリオンの羽根から作られたものなの。リリスがカレンを説得し手に入れた羽根。リオンへの想いとリリスがカレンを苦しめていた。苦しみの先で、カレンは許してくれたのよ。神と呼ばれる者への……想いが届いた先にある私達の未来を」

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