悪役令嬢の運命打破論。
四季こよみ
第一部
第1話 王子に救いはないのですか?
乙女ゲームの世界に、前世の記憶を持ったまま転生する。
中々ファンタジックな夢物語ではないか。
微妙に技術レベルの把握しづらい、中世ヨーロッパ風のゲームの世界。
眩しく輝く美男子達がこそばゆい愛の言葉を囁き乙女の夢を叶えてくれる魔法の世界、それがファンタジー世界を舞台にした乙女ゲームである。
+ + + +
彼女前原香織は中小企業に勤めるごく普通のアラサー事務員。
事務員と言っても馬鹿にするなかれ、このご時世大卒がそのまま正社員でしかも事務の仕事をゲットできるなんて超ラッキーな話なのだ。
やりがいがあるとは言えないけど普段定時に帰れるし、残業代も出るし。給料が安いのは直接利益を生まない部署だからしょうがないと納得できる。
経費を使うが目に見えて成果が出る職業ではない。でも会社にとって必要不可欠な
そんな社会の歯車の一人を自負する香織。
彼女は最近発売されたばかりの乙女ゲームに没頭しアドレナリンらしき物体を大量放出している最中である。
「よし、シリウス真ED!
やっぱ乙女ゲーはファンタジーに限るわ~」
エンディングの一枚絵を鑑賞し、祝杯とばかりに発泡酒の缶のプルタブを開けた。
胡坐据わりで一気飲みをしても咎める者はいない。
一人暮らしなのをいいことにプッハァ、と濡れた口元を腕でぬぐう。
空調の利いた部屋でも夏はやはりビール……は予算的に厳しいが、発泡酒に限る。
現実世界におけるリアル生活は十分身に染みているので、せめてゲームの中でくらい幸せな感情に癒されたい。
着々と攻略を進めているものの、不満点も勿論ある。
高校生の頃から乙女ゲーという乙女ゲーを攻略しつくしてきた彼女は、贅沢にも目が肥えた乙女ゲーマイスターだ。
そんな肩書をリアルで吹聴するほど痛い人間ではないけど。
彼女が諸手をあげて称賛し「グラッチェ!」と意味不明な奇声を上げてスタンディングオベーションを惜しまなかったゲームなど、乙女ゲームに限らず人生で三本くらいだ。
何らかの矛盾、不満、解決されない疑問点のない作品などありえない。
「ちょいと奇をてらいすぎってトコあるけど、ま、絵と声が綺麗だから許す!」
数多の作品毎に差別化しなければいけない。
ある程度のお約束を守りつつ、いかにプレイヤーの予想を超える展開にするか――
これは創作に携わる者には永遠のテーマであろう。
「育成好きだからいいけどさぁ…数値管理マジ大変だわ」
ぶつぶつ。
呟きながら、メモをとる。その時に感じたことを箇条書きにし、あとで己のレビューブログに投稿するためだ。
こういうのは臨場感、その都度の感想が大事なのである。
このゲームは『黄昏の王国 純白の女王』というタイトルの乙女ゲーム。
設定やシナリオはそう捻ったものではないけれど、とにかく甘ったるくて砂を吐きそうなセリフがてんこもり。
その甘さに背筋がそくぞくする。だが、それがいい。
問題は、いかんせん育成パートが難しいことがまず一点。
パラメータゲームにありがちな、製作者のこだわりが遠慮なく爆発しすぎたがゆえの難度の高さ。
攻略サイトの掲示板が阿鼻叫喚なのは、数値管理の厳しさにある。
これ、内政ゲーっすか? と何度呟いたことか。
パラメータに意味が薄いのも困るが、意味がありすぎてもそればかりに傾注してしまう。
というか数字を成長させる育成ゲームも大好きだから困るのだ。
コツを掴めば効率的に上がっていく数値にニヤニヤして、本来の楽しいイベントの回収も「休日に来られたら困るんだけど!? 勉強の時間が!」とかわけのわからない叫びをあげることになるから。
イベント進めるための数値あげ自体にハマってしまうとか……
本 末 転 倒 。
剣と魔法のファンタジー世界、とある王国の王立学園で三年間生徒として過ごすゲーム。
王道だとも。それがいいのだ。
頭空っぽにして愛を詰め込めるからね。
なのに育成要素が凝り過ぎてスケジュール管理が大変、気軽に出来ないことにアンバランスを感じる。
「でもこの性格設定はいい、やっぱりいい」
攻略キャラは今のキャラで最後。
このゲームで特筆すべきところは、主人公に”性格”があるところだ。
よくよく考えてみたら、攻略キャラにだって女性の好みというものはあるだろう。
優しくて温和な主人公、元気溌剌な主人公、強気で押せ押せの主人公。
オープニング前に女神様から問われる質問に答えると、主人公の性格が決定する。
キャラグラも眉の形や会話ウィンドウのポーズが微妙に変わったり、台詞も変わったりと中々楽しい。
攻略対象にはタイプの好みというものがあって、合致していると好感度が上がりやすい! イベントスチルも多い!
何より、キャラルートの真エンディングに辿り着ける!
勿論タイプでなくてもパラメータ上げを頑張れば告白を受けることは可能だ。それはそれで、努力の成果が報われて充実感がある。
札束ビンタしてやった気持ちになれるとでも言おうか。
相手の好みじゃない性格だけど、鍛えぬいたパラメータでごりごり押して攻略するパワープレイ。
攻略対象が、嫌いなタイプなのに主人公の鍛えた数値に抗えず頬を赤く染めた瞬間
堕ちたな…
そう、ニヤりと出来る。
それに性格を決めることで、主人公にも無理なく愛着がわく。
この子はこのイベントでこういうこと言うよね! って納得できる。
ほとばしり過ぎた個性が前に出てプレイヤーの没入感を減らしてしまうことも、逆にいい子ちゃん過ぎて無味乾燥、無個性にもならないのもいい。
宰相の息子、騎士、公爵家の嫡男、そして共通バッドED相手として主人公の幼馴染。
幼馴染は平民だし、特に悪を打ち倒す必要がないからパラメータ管理不要、極論休日連打でたどり着けるED。
メイン攻略キャラは少ないが、その分一人当たりのシナリオは多い。
主人公の性格が分かれているから、それで分岐もある。
どれもこれも基本を抑えつつ、美麗なイラストに彩られるイベントは拍手を送りたい。素晴らしい。
攻略キャラに疑問を感じたのは、香織だけではないだろう。
何故攻略対象に”王子”がいないのか? と。
そう、これがこの作品で最もワケがわからんというか、奇をてらえばいいってもんじゃねーだろ、と現実を知って頬を引きつらせたゲームの仕様である。
金髪碧眼の王子が! 一番! 好みで美しくてキャラクターデザインも気合が入ってるのに…
王子ルートがない…
ありえるのだろうか、そんなことが!?
平民出の主人公が色んな困難を乗り越えつつ王子と絆を育みキャッキャウフフ、それがファンタジーの醍醐味だと思っていたがまさかの卓袱台返し。
ファンタジーの乙女ゲーで、王子が攻略できないようにしようとか…捻くれも度が過ぎればプレイヤーへの嫌がらせである。
まぁ、このゲームの設定では仕方がないのだろうと分かってはいるものの、釈然としない。
出来ればこの王子に甘く囁かれてみたかったが、それは似た感じの公爵家嫡男様で宜しくってことなんだろう。
「この悪役令嬢もねー、ハハッて感じ~。
可愛いとこあるんだけどさ」
豪華に盛った豊かな金色の髪をお持ちの侯爵令嬢、それがこのゲームでのライバルキャラである。
正確にはライバルと言うより、お邪魔キャラの方が正しいか。
このゲームにも、学園ものらしく断罪イベントがある。
攻略対象と主人公がくっつくかないよう、ありとあらゆる邪魔や嫌がらせを主人公にする悪役令嬢。
彼女は自身が主人公に行った悪事を公衆の面前で暴露され、婚約者との婚約を破棄された上追放される――という流れを総称して断罪イベントと呼ぶ。
この糾弾会、学園ものではよくあるシチュエーションだけど…
すっきりしないっていうか、婚約をしていたのに心移りして不貞したのは男の方じゃん! って庇いたくなる話も多い。
実際、現実なら非難されるのは攻略キャラの方ではなかろうか。
でもこのゲームは一回転半捻りしている。
この悪役令嬢、王子の婚約者だ。
攻略キャラではない王子と、この悪役令嬢が婚約している。
そのポジションは揺るがぬまま、悪役令嬢は主人公の邪魔をする。
王国の近い将来を背負って立つ有望な男性の妻が平民だなど外聞が悪い。
そう言いつつも、美男子である攻略キャラ達にふらふらと目移りし、隙あらば彼らとロマンスを…なんて考えるよこしまなお嬢様。
主人公がイベントを進めようとしても、パラメータが足りなかった時「ちょっとお待ちになって!」と颯爽とどこにでも現れてフラグをへし折る。
だからお邪魔キャラ。
攻略キャラも次期王妃の機嫌を損ねられないし、そりゃ困るだろうよ。
こっちが攻略できない王子の婚約者の癖して、こっちの男に手ェ出してくるんかこの女!
という経緯があるので、このゲームでの断罪初見時は爽快だった。
積年の恨み、今ここに!
まさにクライマックスイベント。
心置きなく没落ぶりを堪能できる。
良心の呵責一切なく! 人の男に手を出すなと衆目の前遠慮なく非難できる。
言いがかりでもなく、明確な王家への反意だからね、追放されてもしょうがないね!
など、終始晴れやかにイベントを見れた。
ちなみにパラメータ管理だフラグだなどと一切関係ない幼馴染君のエンドに向かっていると、悪役令嬢が悪役していないゆるーいルートに入る。
このルートだと、カサンドラはたまに出てきて嫌味を言っていくだけのキャラに成り下がる。
幼馴染君相手に彼女は全く興味がないので他のキャラを相手にしている時のように邪魔はしてこない。
が、主人公のパラメータ数値によってカサンドラの態度が微妙に変わる。
ツンツン嫌味のカサンドラがパラメータが高くなっていくに連れデレてくれるのが面白くて、つい暇な休日にカサンドラに会いに行きたくなる不思議。
「断罪のないルートだと、カサンドラいい子なんだけどなぁ」
でも主人公が宰相の息子や騎士や公爵家嫡男を選んでしまうと――
彼らは卒業パーティの時、壇上から指をさして非難するのだ。
王子の婚約者という立場でありながら、二心持つ不埒ものめ!
そしてその告発によって、王子との婚約を破棄されるという。
三年間もこのお嬢さん野放しだったのかよ、誰か止めろよ、と思わなくもないけど。
まぁ、侯爵家の後ろ盾が絶大だったのでしょう。
婚約者の追放を以て、満を持して王子ルートも開放!? って浮かれたよね、一周目は。
…………製作者は鬼だ。
香織はゲーマーというほど筋金入りではない。
一週目は攻略対象の誰ともくっつかない幼馴染エンディングを迎えることになった。
だが最初からトゥルーEDが存在すると聞いていたので、二週目はそれを目標に主人公の全パラメータをセーブ&ロードを駆使してカンスト近くまで鍛え上げ、数々の必須フラグを回収。
どんな条件でもばっち来い状態で、最終局面を迎えた。
物凄く頑張った。
主人公、純白の聖女が愛する者とともに打ち倒す本ゲーム最後のイベント――ラスボス。
王国を滅ぼそうと暗躍するのが、なんと王子!
鍛え上げた腕力パラメータで聖剣ぶん回す主人公が、悪の王子を木っ端みじんに打ち倒す!
えええ!?
パッケージを二度見した。
タイトルは、純白の女王。
そう、このゲームのキャラごとのトゥルーエンディングは、主人公が女王になることだ。
腕力、気品、知力、評判などのパラメータを高レベルで維持した状態で悪の王子を倒すと――
王子を失い跡取りの居ない王国の新しい女王になってくれ、と国王陛下と全国民から請われて戴冠するエンディングを迎えるのだ。
ともに戦った恋人は王配、つまり王の配偶者となり生涯女王を支えてくれるという。
女王へ至るまでのパラメータ管理は、本当に面倒だし難しい。要求値が足りなければ、真エンディングとは言え即位には至らない。
パラメーター管理がかなり大変だからこそ、これだけの能力値で女王ならだれにも文句言わせないぞという達成感もある。
でもいいの、これ?
そりゃ王子と結婚しちゃったら、 女王陛下にはなれないもんね!? 王妃殿下になっちゃうもんね!?
正統な王位継承者を差し置いて女王にはなれないよね。
だからと言って王国唯一の王子をラスボスにして合法的に抹殺するって鬼畜過ぎない!?
王子いない設定じゃダメだったの?
主人公の奇跡パワーで救えないの!?
色々と奇をてらい過ぎとはこういうところだ。
香織はどういう風にレビューを書いたものかな、とボールペンで紙面をトントンと叩く。
まさに第二の問題点。
「王子を救ってあげるルートないんだよなぁ。
大減点だよ。
あ、そういえばDLCで王子ルートが追加されるかもって情報がどっかに……」
正直王子のことは全然わからないのだ。
あまり感情移入しないようにとの要らん配慮のせいか、終始笑顔の謎の存在だ。
突然黒幕って判明して「国ごと滅びるがいい!」とか言われる。
そこにいたる流れがまさに悪役!って感じで怒涛の展開。
シナリオでの正体不明の悪事が全て王子に収束し、繋がる。
人の不幸を喰らう恐ろしい
主人公達に追い詰められ、最後には人格さえ乗っ取られて悪魔を喚び出してしまうことになるのだ。
国を救うには聖剣で倒すしかないとはいえ、折角の美形が闇落ち確定救いなしとか浮かばれないわ…
王子と言う立場でより多くの不幸を生み出すことを呪いにより強いられ、本意ではない悪行に走る。
だが徐々に本物の悪魔に思考を乗っ取られ、最終的に聖剣で消滅してしまう。
本意ではなかったとて、彼のしたことは悪の所業だったから。
流石に放火や殺人、奴隷売買までは擁護できないし、悪行三昧の彼だけ奇跡パワーで救ってハッピーエンド!ってのはモヤモヤする……のはわかる。
国庫横領して悪い奴らを手駒にして国を混乱させる、どこからどう見ても完璧な悪人ムーブ。王子なのに。
画面の向こうでたまに会ったらほれぼれする天使の笑顔なのに、実は心は真っ黒で暗躍中と分かる二周目以降はちょっとしたホラーである。
真実を知った後、改めて序盤に爽やかな笑顔で手を振る彼の姿は、操られていると分かっていてもサイコパスを感じずにはいられない。
彼が王になったら国民の暴動で国がヤバい。
ま、ゲームだしね。
制作側も、王子に生きててもらったら都合が悪いってだけだろうし。
このゲームの王子はお邪魔キャラの婚約者かつ黒幕ってだけで思い入れがあるわけじゃないし。
悪役コンビで婚約者なら、綺麗に収まるしね。
後腐れなく女王陛下になってね! そんな配慮なのかも。
なら王子を美形にする必要なかったね?
悪魔に乗っ取られ中の王子、是非正攻法で落としてみたかった。外見だけは凄く好みだから。
「……ん?」
タ スケ テ
画面の中のキャラクターの声、じゃない。
ぎょっとして、ゲームのパッケージに視線を遣る。
そこから聞こえた気がしたからだ。
「え? え?」
何故か何もしていないのにパッケージが発光している。
一体何のドッキリ? 仕掛け?
その光は突如香織に向かい、胸元を貫いた。
驚愕で声も出ない香織。彼女の記憶は、ここで一度途切れてしまう。
誰もいない一人暮らしのアパート、煌々と照る室内灯の下で液晶テレビはずっと同じ画面を照らし続けている。
ずっとずっと同じ字幕。
真っ赤な字幕。
――たすけて。
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