第4話 ショウゴとタイシ

「靴……びしょ濡れだよ」


 ルリはエイタの足を指さしてただそれだけを言った後、微笑みを向けてから振り向きもせず公園の出口に歩いて行った…………。


 打ちつけるように降る雨の中を、まるでそよ風を受ける風車のように傘を回しながらゆっくりと……。


 ひょんな行動をとられて不意打ちをくらったエイタは何も言えずその光景を見ていた。雨に濡れた髪先から頬を伝って落ちていった雫が休憩所内のコンクリートに一つ染みを作る。


 急に振り出した雨は気持ちよいほど降り続いて、公園の土と木々がそれを飲み干し、染められていく……。



 ――遊び部屋に戻ると、さすがにこの雨音でショウゴとタイシが目を覚まして冷凍食品を食べていた。もう15時を過ぎていて、2人が食べているミートソーススパゲッティとチャーハンの香りがエイタの食欲を刺激した。


「エイちゃんどこ行ってたの?」


 タイシが口に入っている物を飲み込んで問う。


「2人とも寝てたからちょっと体動かしに散歩。急に雨降ってきたけど一応傘持って行っといてよかったわ」


「お前も早く飯食え。続きやるぞ」


 自然に冷蔵庫に向かいながら言ったがタイシにはウソを勘づかれたかもしれない。振り向かずチャーハンを食べ続けながら喋るショウゴは気にしなくていいと思った。冷蔵庫からたらこスパッゲティの袋を取り出し、開けて電子レンジに入れる。


「雨すごいですね」


「雪やら雨やら忙しいわ」


 ショウゴとタイシの会話が雨音と変わらなく聞こえる。頭の中は彼女のことでいっぱいで、電子レンジの数字が少なくなっていくのをじっと見ていた。ついさっき全く距離を縮めることができていなかった彼女に話しかけることに成功した――。


 同じ施設で暮らしているのにまだ自己紹介すらできていないが、長い間全く縮んでなかった距離がやっと縮まった。大きな一歩だ。


 電子レンジの数字が0になって、ピーピーという音が鳴り終わる前にドアを開けてトレーを取り出す。袋に記入されている時間よりも30秒長く温めたので、しっかり温まっているはずだ。


 棚から割り箸をとって席に着くと、2人はもう食べ終わりそうだった。


「5分で食べろよ」


「いいでしょう」


 ショウゴがニヤリと脅してきたので、エイタもニヤリと反抗した。実際お腹が空いていたし、大好物で気分も最高だったので5分もあれば余裕だと思った。


 エイタが食べ終わる前にゲームは起動され、コントローラーを足に置かれる。テレビがスタート画面になったときに最後の1口を口に含み、小走りでゴミを片付けるとゲームが始まった。


 ゲームをしている途中、ふと隣の2人を見る。今も笑って過ごしている昔からの親友と先輩。この2人との関係もこれから崩していかなくてはならないかもしれない――。



 夕食の時間になり3人で1階に降りると、ロビーに並べられているベンチの周辺に小学生低学年以下の子供中心に10人ほどが集まって思い思いの時間を過ごしていた。


 雨も弱まり静かになった窓の外を不思議そうに見る子、本を読んでいる女の子を邪魔する男の子。その中心には――この公民館のリーダー、最年長16歳のナナミさんが相変わらずホッとする笑顔で子供たちを見守っていた。


 エイタたちに気づいたナナミが口角を上げたまま、目だけ正して手を上げる。少し先が乱れた長い髪に厚手のセーターという風貌で柔らかい動きのナナミは彼女の周りの空気まで柔らかくしていそうだ。


「やっほー。ショウゴ君」


 ナナミが手を上げたままこちらに近づいてくると、それを追うように1番元気の良い少年が走ってやってきてナナミを追い抜いた。


「ショウゴ兄ちゃんやっほー。今日どこにいたの?一緒にサッカーしたかったのにー」


「わりぃわりぃ今日は忙しかったからな」


「じゃあ今からやってよー」


 ショウゴが駆け寄ってきた少年の頭を撫でながらご機嫌を取る。コミュニケーション能力男のショウゴは年上にも年下にも好かれる。昔から自然と周りに人が集まっていて、何をするのも先頭で一番にやりたがるような人だ。体は小さいがガキ大将という言葉がよく似合う。


「ちょっとまた持ってきてほしいものがあるんだけどいいかな?」


 ナナミに頼りにされているショウゴは副リーダーのような立場で、公民館をより住みやすい場所にするための物資を運んでくることを中心に様々な雑務を頼まれていた。


 エイタは途中から話を聞かずにルリを探して周りを確認していたが見つけられなかった。おそらくもうカフェスペースで座っているのだろう。


「……おっけー?エイタ君とタイシ君もお願いね」


 話は短いものだったらしく、すぐに終わっていた。ナナミさんの眼鏡の奥の瞳と目が合い、話を聞いていなかったが「はい」と答える。


 タイシは恥ずかしそうにうなずいていた。話が終わったナナミは振り返り子供たちをカフェスペースに誘導し始めて、エイタ達もその流れに乗る。


 タイシはショウゴとは反対に内向的で自分から目立とうとはしないタイプだった。気を許した相手には冗談も言う面白い奴なのだが、大勢の誰かとつるんでいるのは見たことがない。根が恥ずかしがり屋で大人しい。


 でも、それが一緒にいて落ち着くしエイタは世界が変わる前から何をするのもタイシと一緒で習い事なんかもお互いに誘い合って同じだった。


 開きっぱなしのガラスのドアを過ぎると、カレーの匂いがよりいっそう強くなった。多目的室から運んできた白くて大きなテーブルが部屋にちょうどよく並べられているカフェスペースでは、もうほとんどの人が席についていた。

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