第1話 シャルナーク王国
俺の名前は石田勇作。・・・っと名乗ってみたのはいいものの、もうすでに死んでいる。
大学を卒業して、しがない経理サラリーマンとして10年間働いてきた。関心はお金に関すること全般とシミュレーションゲームだ。特に徳川の野望、サムシティというゲームは大のお気に入りである。日々慎ましく生きていたはずの俺は32歳のとき、西暦2015年に原因不明の伝染病によって死んでしまった。平穏と無縁な生活が訪れるとは露とも知らずに。
ーーーーー
「「「おおお」」」
一同が歓喜の声をあげる。
「成功だ!これでサミュエル連邦を見返すことができるっ」
その中でもひと際興奮している男の声が聞こえてきた。
(うるさいなぁ・・・)
率直にそう思ってしまった。そこで、冷静になった俺はようやく理解した。自分が生きていることを。
「おお、勇者様が目を覚まされたぞ!皆の者、丁重にお迎えするのだ」
目を開けると石で作られた灰色の天井が目に入った。ステンドグラスからはちょうどよい陽が差し込んでいる。俺の視界の端には、ローブを着た壮年の男がいた。
(石造りにステンドグラス・・・さらにローブを着た男・・・あれ、ここどこ?)
あまりにも異常な状況で頭が混乱する。
とりあえず起き上がって辺りを見回すと、近くに5人のローブを着た男、奥には階段があり、その上に王?あるいは皇帝?と思われる人が傍に何人かを従えつつ鎮座していた。
建物は中世ヨーロッパをほうふつとさせる立派な石造りの広間。おそらく宮殿かなにかだろう。ここは日本ではない。当たり前のことだが、強く確信した瞬間であった。言葉が通じるかわからないが、話しかけてみることにした。
「えっと、こんにちは」
とりあえず挨拶から始めるのは礼儀だよな。うんうん。
「ようこそおいでくださいました。勇者様。我々はこの時を長い年月待ち望んでおりました」
どうやら言葉は通じるようだ。見るからに魔導士風の老人が言っていることも理解できる。言語は問題なさそうだ。
「あの・・・どうして俺はここに?というよりここはどこですか?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
「おおお、そう思われるのは無理もありません。順を追って説明しましょう。勇者様がそこにいらっしゃるのは我々の魔法によって召喚されたからです」
「え、魔法!?」
思わず声に出してしまった。
「左様にございます。我がシャルナーク王国の技術の粋を集めた魔法によって勇者様をお迎えいたしました」
なるほど・・・どうやらここには魔法があるようだ。俺が俗にいう転生を遂げていたとはっきりした。
趣味のラノベでよく読んでいた物語と似た展開で正直驚きが隠せない。
「次の質問ですが、ここはシャルナーク王国の王都へルブラントにございます。あちらには、我が国の王であらせられるティアネス・シャルナーク様がいらっしゃいます」
面白いようにラノベで読んだような展開である。
死んでいた俺がこうして生きているだけでも感謝しなければいけないね。なんて思って細かいツッコミは入れないことにした。詳しいことを聞かないとわからないし。
「勇者よ、よくぞ参った」
やや野太い威厳ある声でティアネス王は声をかけてくれた。
さて、こういう時はなんて返事をすればいいものか。まいいや、てきとーで。
「お初にお目にかかります。ティアネス王」
「うむ、さて早速だが、勇者には名はあるか」
いきなり名前かよ。まあいいや、日本では石田勇作だけど、明らかに日本の名前だと変だしな。ということで、俺は名前がないと答えることにした。
「そうか、勇者のためにとっておきの名前がある。今日からおぬしはフェンリルだ。誇り高き名前ゆえ自慢して良いぞ」
うわーあの国王凄い自慢げに言ってるんですけど。にしてもフェンリルか。神話やラノベでよく聞く名前の気もしたけど、かっこいいからよしとしよう。
「フェンリルという名、頂戴いたしました。王よ、ご厚情感謝いたします。」
こうして俺はフェンリルという名前を持つことになった。まあ、すぐに俺は名前を変えることになるのだが。
「おお、気に入ってくれたか。それはよかった。さて、早速だがフェンリルよ。なぜそなたを呼ぶことになったのかワシの口から説明しよう。フェンリルには、我がシャルナークを強国にしてほしいのだ。そのための支援は、できる限りのことをすると約束しよう。どうだろうか」
お決まりの魔王を倒せという展開ではなく、どうやらこの国を強くするために呼ばれたようだ。てかさらっと言ってるけど、できる限りの支援をするってかなりの好条件じゃないか?いきなり現れた人をそこまで信用していいのかと俺は思わずにいられなかった。
「シャルナーク王国を強国にせよということはわかりました。しかし、いきなり現れた自分を信用してよろしいのですか」
思っていたことを率直に聞いてみる。
「うむ、それなら問題ない。我が国はもはや風前の灯火、藁をもすがる思いでワシが命じて召喚させたのだ。当然その責を負うのもワシである。そう、何度も召喚を失敗して、ようやく上手くいったのだ・・・。うぅ・・・誠に嬉しい限りである」
そういいながら若干目を湿らせている国王であった。そんなに失敗したのかよ。とはいえ、責任はワシがとると断言できるあたり、この国王はリーダーに向いているのだろう。
口先だけで責任を取らない上司や部下の成果を我が物顔で横取りする上司と比べたらはるかにリーダーの器だ。
と、そこでふと疑問が生じた。なぜそれほどの王が率いている国が風前の灯火という状況になってしまったのかを。それを王に尋ねるとその経緯を話してくれた。
ーーーーー
シャルナーク王国はオスタリア大陸の最東にある小国で、隣国には聖カテリーナ国があったらしい。なぜあったらしいという曖昧な表現になったかというと、もうすでに滅びているからである。
かつてこの大陸にはウェスタディア帝国と聖カテリーナ国という2つの巨大な国家を中心に成り立っていた。そんな中シャルナーク王国は、長年の間、聖カテリーナ国の属国として過ごしてきた。ところが今から100年ほど前に東側諸国が飢饉に見舞われたのである。聖カテリーナ国は、飢饉に対応するために属国から重税を取り立てるようになり、シャルナーク王国も例外ではなかった。
飢饉で庶民の生活がままならない中で即位したのが現王より3世代前の国王フェンリル・シャルナークである。20歳という若さで即位し、飢饉と重税に疲弊した国を憂いていたという。そんな中、転機が訪れた。聖カテリーナ国の属国のいくつかが連合を組んで反乱を起こしたのである。もちろんその後ろ盾は聖カテリーナ国と覇を競うウェスタディア帝国である。
聖カテリーナ国は討伐軍を結成し、その反乱を鎮圧しようと大軍を差し向けた。圧倒的大軍で持って会戦に臨んだ聖カテリーナ国だったが、大軍ゆえの慢心からか、反乱諸国の奇襲を許してしまう。反乱諸国による奇襲により、聖カテリーナ国の国王が討ち死にしてしまう。聞けば、反乱諸国は正面きっての戦いに勝ち目はないとして端から奇襲狙いであったようだ。
国王の死により聖カテリーナ国は大混乱に陥る。大軍もあっという間に各個撃破され、多くの者が死んでいったらしい。聖カテリーナ国敗れるとの報を聞いたフェンリルは、即座に従属破棄を宣告した。
破棄を宣告した翌日には、宣戦布告し、聖カテリーナ国へ攻め入った。聖カテリーナ国の国王の死からわずか5日の出来事である。
混乱の最中にある聖カテリーナ国は、フェンリルの進撃を阻むことができず、続々と都市が陥落していく。
西からは反乱諸国、東からはシャルナーク王国、内政は混乱とまさに内憂外患の状態である。内通者も相次ぎ、国王の死からわずか半年で聖カテリーナ国は滅亡した。
それからのフェンリルの働きは目覚ましく、常勝無敗、瞬く間に反乱諸国を併合して大陸最大の国家となった。フェンリルの名声は、全土に轟いており、“覇王”と呼ばれるほどであったという。
しかし、覇王と呼ばれたフェンリルも病には勝てず、40歳と若くしてこの世を去った。諸行無常とはまさにこのことである。
フェンリルの後を継いだのは、子のテレーズ・ティアネスである。現王の祖父にあたるテレーズは、まさに暗愚ともいえる人で、滅ぼした国の一部で反乱が発生し、版図の3分の1を失ってしまった。
反乱を起こして独立した国は、サミュエル連邦と名乗り、シャルナーク王国の宿敵となった。連邦という名の通り、反乱諸国の共同体として設立されたものである。
ここにシャルナーク王国、ウェスタディア帝国、サミュエル連邦の三国鼎立の時代を迎えることとなった。
三国鼎立により均衡が取れ始めた頃、シャルナーク王国のテレーズ王が世を去り、現王の父であるシャルル・シャルナークが継承した。
サミュエル連邦は東にシャルナーク王国、西にウェスタディア帝国と大陸の中央に位置する連邦国家である。ところが、ウェスタディア帝国とサミュエル連邦は盟友関係にあり、サミュエル連邦は後顧の憂いなく攻めてくることができた。
その結果、サミュエル連邦との戦いで一進一退を演じつつもじわりじわりと領土を削られていった。気づけば聖カテリーナ国の属国であった頃の領土のみを支配する小国となってしまった。
シャルナーク王国発端の地を攻略しようとサミュエル連邦は試みるが、屈強な反撃に遭いなかなか手を出せず膠着状態に陥った。
先王の後を継いでこのような状況を改善しようと試みているのが現王ティアネスというわけだ。
ーーーーー
こうして振り返ってみると、壮大なようで実にあっけない。一気に版図を広げたまではいいものの、地盤固めに失敗し、元の大きさに戻ったというだけの話である。
サミュエル連邦が一気呵成に攻め込まず堅実にシャルナーク王国を攻めているのと対照的である。
しかし、なぜ俺にフェンリルという名前をくれたのだろうか。聞いてみると、覇王フェンリルのように国を強くしてほしいと願ってその名を与えたと返ってきた。うーん、それは名前負けするからよろしくないよなってことで、俺は国王へ丁重にお断りを述べて、ジークと名乗ることにした。
国王がちょっと悲しそうな顔をしていたのは、心が痛むが、いきなるそんな名前を付けるなよ!というツッコミが勝った。
なぜジークという名前かというと、ふと思いついたことにほかならない。ようするにてきとーである。
俺はひとまず現状を把握したいってことで、国王の下を離れることにした。案内してくれるのは魔導師長デルフィエという老人である。俺が最初に話したのはこの人で、その周りにいた4人は配下の魔導師らしい。
「ちなみにデルフィエさん、俺って本当に勇者なの?」
思わずため口で話してしまった。まあ、これが素だから王以外はため口でもいいか。
「はい、ジーク様は勇者であらせられます。おそらくジーク様の剣技はこの世界の何者にも勝るでしょう。 魔法に関しても不自由はないかと思われます」
やっぱり勇者というだけあって、剣や魔法の力はずば抜けているってことか。
「ちなみにほかの国に勇者がいる可能性は?」
「もちろんございます。我々が成功した以上は、他の国でも同様のことが起きてもおかしくありません。」
ごもっともな話である。他国に俺のような存在がいるという認識で間違いないなさそうだ。ともあれ、すば抜けた剣技や魔法と聞くと、試したくなるのは誰だってそうに決まっている。そこで、デルフィエにお願いして、一番強い戦士を呼んでもらうことにした。
通された部屋で少し待っていると、ダルニアという人が入ってきた。この国の騎士団長をしているそうだ。
「失礼いたします。ダルニアにございます」
「おお、待っておった。こちらにいらっしゃるのが勇者のジーク様である。丁重にご挨拶を」
「はっ、私はシャルナーク王国騎士団長のダルニアといいます。以後よろしくお願いいたします」
頑強な筋肉、綺麗に髭を貯えた様子は絵に描いたような騎士団長だった。
「えーと、俺はジークっていう名前だ。
まだまだこの世界のことはわからないが、どうかよろしく頼む。
単刀直入で申し訳ないが、試しに相手してくれないかな。
俺自身の強さがどのくらいかわからなくさー」
「はっ、国王陛下よりできる限り支援せよと仰せつかっておりますゆえ、喜んでお相手させていただきます」
おお、俺の乱暴な話し方でも動じることなく、丁寧に返してくれた。俺の中ではダルニアは三国志の英雄である趙雲のイメージが湧いた。武人はやっぱりこうでなくちゃと俺の好感度はうなぎ登りだ。
「では、ジーク様と騎士団長の模擬試合は闘技場でおこなうこととしましょう。ジーク様、その場に国王陛下をお呼びしてもよろしいですかな?」
「うん、いいよ」
俺は何も考えずにそう返答してしまった。これが原因で模擬試合どころじゃなくなるとは知らずに。
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