予選編 1 君は鬼ごっこの好きなフレンズなんだね!

 はぁはぁはぁっ


 荒い息遣い、俺は走っていた。


 リィィイン、ゴォォオン


 遠くで鐘の音が鳴り響く。


「クソッタレ!!」


 あの鐘の音は10人プレイヤーがキルされる度に鳴る。


 急いでマップを開く。


 右上端にあるマップ名は『廃の都カンターブル』


 東、聖アーガスティン修道院

 西、西城門庭園

 南、カンターブル城

 北、カンターブル大聖堂


 と、点在するランドマークに囲われたかなり広いマップだ。


 自然あり、市街地あり、水場もあるし、森もある。


 複雑な地形は入場時の俺をワクワクさせてくれた。


 そう、だ。


 開いたマップにはプレイヤーの位置を示す赤い点と、俺を示す青い矢印がある。


 俺がスタートした東エリアには、もう赤い点は


 何故なら、


「また、近付いてきてやがるっ?!」


 鐘の音で点が示されるのは1分間のみ、その間に見て分かる程の勢いで他の赤い点を消してく点がある。


 アイツだ、アイツが全員殺した。


 消耗や、疲労を一切感じさせない、殺戮機械キリングマシーンがいる。

 アイツ一人で何人殺したんだ?


 地図に映る赤い点の中で一際不気味にさえ見える。


 スタート直後、東の修道院にいた頃に遠くで悲鳴が聞こえた。


 その瞬間、俺のオリジンスキル『逃げるは恥だが必須スキル』が発動。


 『索敵』スキルと違って、敵の強さも分かる自慢のスキルだ。

 コストはパッシブスキルとして作る為にだいぶ高くついたし、デメリットとして『自分より強い相手からは逃げ出さなければならない、追い詰められた場合のみ抵抗可』という強制力のある『行動』を強いられる。

 こいつは強いやつから逃げてデスペナを避ける為のスキルだ、そこまでデメリットでもない。


 聞こえてきたあれは断末魔だ。助けを求める様な声とともにアイツの笑い声がした気がした。それから俺は東からマップを見つつ逃げ回っている。


 あの忌まわしい赤い点は、今も3つの点が集まってる場所に直線で向かっていっている。三つ巴の乱戦、もしくは3人チームの可能性がある中に嬉々として突っ込んだんだ。


 マップを確認してなるべく人にかち合わない方向へと俺は走り出した。


 少しでも、アイツから離れるんだ。


______________________


 さっきマップに点が表示された時に、別の方向を選ぶべきだった。


「おいおいっ、随分とお急ぎの様子じゃぁねぇか、ちっと俺と遊ぼうぜ」


 城の南東辺りの森の中、オーガ種の大剣使いと対峙してしまった。


「やめろっ!俺達は戦ってる場合じゃないんだっ!アイツが、アイツが来ちまうぞっ!!」


 俺の必死の懇願にも、大剣使いは怪訝そうな顔になるばかりだ。


「アイツだぁ?何をそんなビビってやがる??ハッタリか?」


「恐ろしく強いナニカが俺の後ろにいるんだっ!逃げるべきなんだっ!」


 どうだ?頼む、聞き入れてくれ。


「……はーん、なるほど」


「よかった、わかって「つまりは、逃げ回って生き残りたい卑怯者ってわけだな」


「馬鹿野郎っ!なんでそうなる!」


「今回のイベントはこういうゲームだからさ」


 ブンッと風切り音を立てながら、大剣が構えられる。


「ちくしょう!速攻で終わらせてやる!」


 AGI(素速さ)に多く振ったステータスと、獣人の種族値が瞬間的な加速をもたらす。


 オーガは力には秀でてるモノの速さはコチラにがある。


 正面からぶつかり合わなければっ!


 背後、側面から斬りかかる。


 が、


 ギャリリッ


 金属の擦れる音が響く。


「なっ!?」


 大剣と籠手ガントレットに弾かれた。


「反応出来るさ、北門のウサギ共に揉まれてきたからなっ!」


 北門からの生存者か?!

 レベル帯的にまだまだ攻略の進んでいない、あの領域で修行していたのか。


 とんだ猛者と当たっちまったみたいだ。


「クソッなんて反応速度してやがるっ!」


「お前こそ、中々速いじゃないか。もっと愉しませてくれよ」



 対峙する俺達の間にあの音が響いた。


 リィィイン、ゴォォオン


「ヤバイ、マップ表示が来た!アイツが来る!アイツが来ちまう!」


 こうなったらオーガは置いといて逃げ出すしかないっ!


 俺は、オーガに背を向けて走り出した。


「おっと、逃げるなよ。」


 バシュッ


 空気の抜けるような音


「ガッハ?!」


 背中に衝撃、肺の中の空気が押し出される。

 衝撃に押され湿った土の上へ倒れ込んだ。


 なんだこれ、背中が重い。


「驚いたか?コイツは『トリモチワイヤー』。ウサギに使えば速度を殺せる便利なアイテムさ。つってもウサギには中々当たらんかったがな。」


 ガントレットの手の甲に射出機がついていたのか。ワイヤーがそこから俺の背中へと続いている。


「ちくしょうっ!死にたくないっ!」


「フハハッ、今の生存者は半分くらいか?臆病者にしちゃいい数字けっかじゃぁねぇか。


 それにしてもすごい必死だな?俺に殺されるのがそんなに怖いか?」



「お前じゃねぇっ!」


『逃げるは恥だが必須スキル』がさっきから五月蝿うるさいくらい発動してる。


逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ


 逃げなきゃだめだっ!


 ここから遠く!から遠くへ!


 ドォん、ドォん、ドォん…


「あ、」


「なんだ?この音?」


 大型のモンスターが走り回る様な、質量のある足音が遠くから近付いてくる。


 木々が揺れ、大地が震える。


 ドォん、ドォん、ドォん……


がくるっ!逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃっ!」


 半狂乱になりながらも逃げ出そうとする。

 が、ワイヤーが繋がっているオーガは訝しみ、足を止めている。

 ワイヤーがピンと張るだけだった。


「おいっ!!逃げるぞ!逃げなきゃダメなんだ!」


「あ、あぁなんだかヤバそうだな」


 ようやく分かってくれたようだ、


「よしっ!よし!逃げるぞ!はやく!はやく!はやく!」


 ドォん…


 木々の隙間にそれは現れた。


 巨大な手だ。


 真っ黒なその手は無数の目玉を表面に幾つも備え付け、テラテラとした表面ひふは血油で汚れているようだ。


 目があった。


 歪められたそれは嗤っているような、同情しているような複雑な色をしていた。


「モンスター?!」


 驚愕に目を見開くオーガに応える声があった。



「無礼な、人間様だよ。」


 ひどく軽薄な、の若い人間の声だ。


 次の瞬間、黒い腕に引っ張られるように腕の持ち主が出てきた。


 その瞬間『スキル』が叫ぶように警鐘を鳴らしてきた。

 だ。この少年が殺戮機械キリングマシーンだ!


 紫のレザーコート。

 鋲を打たれ、安全ピンの刺さったダメージ加工のあるマトモなセンスじゃない胴装備を複数のベルトで拘束するかのように身体に纏めている。

 脚装備に関しても揃いの色合いのレザーパンツにツンと尖ったレザーシューズ。


 1970年代のパンクロッカーのような、おかしな出で立ちだ。


 でも、一番イカれてるのは


「ようやく追いつけた、獲物251番っ!!」


 ニィっと牙を見せるように嗤いかけてくるその顔に、爛爛と輝いているその目だ。


 俺を指差す右手はただの人の手なのに、心臓を刺し貫かれるような寒気が背筋を駆け抜けた。



「散々逃げ回ってくれたせいで東側にいたプレイヤーで君だけは中々、殺せないでここまできちゃったじゃないか!」


「ラティがつまみ食いしてたからでしょ」


「それは置いとこう!」


 左腕から聞こえる中性的な声、あの腕喋るのか?!



「おいおいおいおい!俺を置いてけぼりにしないでくれよ!

 この獣人は俺の獲物だ!手を出すんじゃねぇぞ」


 オーガがキルスコアの為に前に出る。

『トリモチワイヤー』の端を篭手ガントレット

 から手に持ち替えて所有物アピールも忘れない。


 一瞬、庇われたと錯覚しそうになったわ。



 そして、少年から表情が消えた


「へー、まぁアンタが死ねば文句は言え無いよね」


 ドゥん


 と


 異形の左腕が少年の前の地面に伸ばされ振り下ろされる。


「なんだそれ?脅しのつもりか?」


「有言実行」


 グィンと腕を少年が引き戻す。

 俺に見えたのはそこまで、あとは耕された地面が残るだけだ。


「へ?」



「グワァァァァァッ?!」


 後方から絶叫。


 振り返ると森の木に槍ではりつけにされたオーガが見える。


 異形の腕のSTRで砲弾の様に加速したのか。



「外した?いや、避けたのか。まぁ同じ事だね。」


 必死の形相でオーガは槍を抜こうとしているが、そっちよりも優先すべきことがあった。


「あ、ちょっ」


 オーガの顔面に陰が差した。


 あのおぞましい左腕に包まれて、俺からは顔が見えなくなった。


「ごキュッ」


 硬いものが砕ける音の後には静かになった。


「あぁ、エルの言う通り。つまみ食いは程々にしよう。」


 オーガの頭を握り潰した体勢からグルリと首だけ回してこっちを見てくる。


「次は貴方メインディッシュだ。」



 宣言とともに、血飛沫をあげて引き抜かれた槍。

 頭部に『規制描写』がかかって、もう元の顔も分からないオーガは無雑作に投げ捨てられた。



「あぁ、ぁぁあ!!『完全獣化』!!」


 恐怖に震える喉で切り札を使う。


 ブチハイエナ獣人の俺の『完全獣化』は速度とスタミナに重点を置いた逃走特化ビルド。


 堅実なスキル構成にオリジンスキル。更にはこの逃げの『完全獣化』で今までノーデスでこの世界を生きてきた。


 あの異形の腕による爆発的な加速は所詮は一瞬のモノ。

 継続的に速さを出せる俺についてこられる道理は無い!


 必死に駆け出した俺の後ろから


「いーち、にー、さーん……」


 間の抜けたカウントダウンがはじまった。


 ふざけやがって!



 PU○Gやりにきたのに

 DbDをやらされてる気分だ!


 少しでも生き延びるべく、俺はカンターブル城城下町エリアへと走り出した。



______________________


 少年と遺体だけが残った森にカウントダウンが響く。


「……きゅー、じゅーう! もういーかーい?」


 返事はもちろん無い


「黙秘は肯定とみなす!さぁ、鬼ごっこの続きといこうじゃないか!」


「理不尽だなぁ」


 左腕のボヤキも虚しく、異形腕の少年は動き出す。



 ドォん、ドォん、ドォん……


 腹の底から響くようなその音は、まるで怪獣の足音のようで聞く者を不安にさせた。


 轟くソレはまさに暴力の誇示であった。

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