Re;Tri
とりい とうか
『新世界』
どんな技術であれ、それを悪用する者がいないとは限らない。ダイナマイトがその最たる例だろう。だから僕は、魔法の使用を制限する術を作った。それは、魔法を使った犯罪が起きた時に、警察かそれに準じる組織が犯罪者を安全に拘束出来るようにと思ったからであって、どこかの誰かが魔法を独占するために作った訳じゃない。
だから、内部から拘束を外すための術も同時に作っていた。ただし、これは公開していない――それこそ、誰かがこの拘束術を悪用しないとは限らなかったから。それで僕が助かることになったなんて、とても皮肉なことだけれど。いや、自分にまで嘘をつくのは止めよう。僕は、この拘束術が、自分に対して使われることを半ば予測していた。
世界を平和にするための魔法を、なんて継ぎ接ぎだらけの不格好な言い訳だ。彼等が欲しいのは、世界の全てを手中に納めるための魔法だ。自分達だけが幸福で在り続けられるようにするための技術だ。そして今の所、そんな大それたものを作れるのは僕しかいない。だから拘束すれども痛めつけたり殺したりはしない。それだけの話だ。
妻と子どもの無事と引き換えに、なんて言われたけれど、僕のことを侮っているとしか思えない。もう、二人ともこの世にはいない。それくらい、拘束されていても知ることができる。世界の基盤に接続出来ると言うのは、全知と同様だ。全能でないことが悔やまれるけれども。
そう、知っていたとしても覆せないことは無数にあって、それを引っくり返すなら世界そのものを作り替えなければならない。全人類が幸福であるならば、こんな悲しみは起こらないだろう。誰もが幸せで、満たされていて、争いのない、怖いことも、悲しいことも、辛いこともない世界。そうであるならば。
彼は、病気で死ぬことが怖いと言った。ならば寿命以外での死を否定しよう。彼女は、老いて醜くなることが恐ろしいと言った。ならば全盛期の姿を長く保てるようにしよう。彼は、彼は、彼女は、彼は、彼女は、彼女は――全人類が望んだ幸福の形を、世界に反映しようじゃないか。例えそれが、どれだけ歪んだ世界になろうとも。
僕は、これまで意図的に手を出していなかった部分へと、意識を向けた。世界の基盤の深淵。そこからは、ずっと、何かが僕を見ていた。それが世界そのものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。だからこそ僕は、そこに意識を向けることを良しとしなかった。そこに干渉すると言うことは、世界の根本を作り替えることと同義だから。
世界を一から作り上げるものを何と呼ぶか、語彙力の足りない僕には、『神様』としか言いようがなくて。
旧世界は、そんな僕を哀れんでいるらしかった。綿毛のように柔い労いの言葉をかけられ、頑張ったねと慰められた。最後の最後まで人間であろうとした『新世界』を、旧人類に向けた怨嗟に等しいその産声を、旧世界は祝福した。
新しい世界はきっと幸福に満ち溢れた素晴らしい世界になるはずさ、と旧世界は嗤っていた。旧世界の法則を蹂躙し、望んだものが望んだ形で差し出されるようになった新世界が、幸福でなくて何だと言うのか。旧きも新しきも、人間には心底呆れ果てていた。そうまでして幸福を望むなら、良いだろう、世界はそれを叶えよう。
どれだけの苦痛を味わおうと死ねない肉体を、ちょっとやそっとのことでは壊れない精神を、幸福でない者は幸福であるよう作り替えれば良い、誰もが幸福であるために誰もが幸福を追い求めるように、我々は世界をそう作ろう。
ぼくらは、にんげんが、だいきらいだ。
しあわせのおりのなかで、もがきくるしんで、いきながらえつづけろ。
だって、ぼくの――も――も、そうすることさえできずにころされたのだから。
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