プロローグ

プロローグ:魔眼の少女紅空と暁紀美枝

 私が思い出せる記憶は遡ってみれば、あまりにも頼りないのだが、恐らく先生に出会ったその日だろうと思う。あの日なら昨日のことのように、ハッキリとクリアに思い出せる。

 私の眼は一体どうなっていたのか、いつからか魔眼と呼ばれるものになっていて、それがどうやら暴走していたらしい。


 その故にか、私は両親からも見捨てられ、その時にいた一室もボロボロになっていたんじゃないかと思う。そういう訳で、私には実の両親の記憶はないのだ。


 その日は何故両親がいないのかと泣いていた所に、大勢の大人が乗り込んで来て、それも強面の男の人ばかりだったから、相当怖かったんだろう。

 所構わず、恐らく無意識にだろうが、そこら中を“視て”誰も近寄れないようにしていた。思い出すだけでもおかしな話だと自分でも思う。そんなことが自分に出来たなんて。


 それに多分、その被害に遭ったエージェントだって被害はどれだけだったのだろうと、想像しても自分のやったこととは言え恐ろしくなる。


 そして、そのどうしようか戸惑っている男達の間から、眼鏡を掛けた先生の様な口ぶりで、白衣姿に腰まで垂らした長髪を上手く揺らしながら、その女の人がすうとやって来たのだ。


「なるほど。うむ、君。その眼は不便に感じるかな」


 私は突然割って入って、端的に言うその人に、呆然としながらも、どこか安心感を抱いたのか、こくりと訳も分からず頷いていた。


「ふむ、そうだろうな。時々ね、視てはいけない所にチャンネルが合ってしまう人間がいる。そして、君はそれに合うばかりか、外に働きかけてしまうチャンネルも持っているらしい」


 意味が分からなかったけれど、そのクールに振る舞いながらも、真剣に私のことを考えてくれているであろう女性に引き込まれて、我を忘れて私は話に聞き入っていた。


「それはこの世界にとってはとても貴重なものだが、体に良くない影響もあるし、制御が効きにくいということで、君は危険に晒される怖れがある」


 そこで一拍置いて、彼女は気が進まないという心底複雑な表情をしてから、こう私に言った。私の肩に手を軽く置きながら。


「――――ああ。君さえ良ければ、私達が君を保護しよう。悪いようにはしない、とは保証出来ない環境だが、とにかく君の不都合は何とかしてあげられる。ほら、まずはこれでどうかな」


 ふ、と何か目元に掛けられる。これは眼鏡だ。そう思っていると、


「また後で処置はさせて貰いたい。そうやって常に平常の世界にピントを合わせる媒介にその眼鏡はなるはずだ。さあ、私と共に来るか」


 それとも、と更に告げる。


「ここで対処方法なしと、処分される運命を選ぶか。どのみち、その眼をそのままにして置けば、君の脳には負荷が掛かりすぎて永くは生きられまい。――哀しいことだがね」


 それは決定的宣告だった。だが、私にはそれは福音であるかのように。

 眩しいものを見るかのように。この世への呪いなど忘れたかのように。

 夢への入り口のように。幼い子供が玩具を与えられてはしゃぎ回るように。


 その普通ではない世界への道のりである、彼女の手を取ったのだ。それが彼女にとってもまた選ぶことが出来ない道だったのかもしれないが、ある意味で私にもそれは運命であったのだ。


 そうして私、紅空くれないそらは先生こと暁紀美枝あかつききみえの名義上の養子となったのだった。なので名義上は実は私は暁空だという訳。


 今から考えると、先生はまだ若かっただろうに、そんな選択をすることに少しも葛藤はなかったのかと思う。


 だが、ともあれ、私の出自はこういうものだ。ここからは時間が少し飛んで、また平和に暮らしていた私の転機ともなる吸血鬼事件のことを話そうと思う。


 恐らく、それがまた彼女との出会いでもあり、私が生涯付き合うことになる彼女との始まりの時であり、長く続く地獄へ片足を突っ込むことになる契機でもあったのかもしれない。



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