コンビニの地縛霊は役に立つ

古新野 ま~ち

第1話 不機嫌な先輩と山田肇

山田肇は季節性の風邪をひいたもののアルバイトとはいえ休暇を申し出る勇気がなく、咳や微熱や筋肉のダルさといった典型的な諸症状を我慢していた。咽頭炎のヤスリがけされたような痛みもあった。


常に人手が足りないファミレスというところで、背負わなくてもいい責任を感じる人々からの、風邪で休まれては困るからなと冗談まじりに言う。一月前、肇の部門のリーダーは少し身体が重いなぁとボヤきながら働いていたことがある。一つの作業に二つのケアレスミスがつきまとうような状態であった。白紙のままの指示書を置いて帰るほどの乱れ具合であった。その翌日、彼の奥さんが無理やり病院に連れていった。しばらくして部門のメンバーを中心にインフルエンザが流行したのは去年の話だ。

ちなみに肇は一番最初に感染して、一番最後に別の型のインフルエンザに感染した。


咳をしつつキッズスペースを除菌シートで拭っていると、子供をベビーカーに乗せた女が激しい剣幕で怒っていた。

「風邪っぴきがここでうろちょろするな」という、真っ当なクレームであったが、そのうち店内にいた人達がざわめき始めたため、女は肩を震わせるほどの怒りの中の気まずさが生じたらしく注文を取り消して帰っていった。



喫茶店でホットコーヒーを飲みながら読みかけの漫画をめくっていた。

「それは、まぁ、お母さんの気持ちも分からなくはないかな」

鈴音さんはほつれ髪をかきあげた。濡れたように艶のある黒髪の毛先が少しだけ首筋に張り付いているのは彼女にしては約束の時間に遅刻しそうになり小走りになったからだという。胸のあたりを片手で押さえて息を整えていたため、完璧そうに見える彼女の隙を垣間見た気がした。

「平尾さんにけっこう叱られて困ったよ」

「まぁお客さんを怒らせるのはよくないよね」


平尾というのは肇よりもずっと前から働いているため、年下にも関わらず彼に対する言動は辛い。今年度で女子短期大学を卒業するというから、おそらくアルバイトを辞めるのだろうが、肇に惜しむ気持ちがわかない。

「そういうことを考える肇くんは嫌いかな」


店の中は暖房がよく効いている。効きすぎているほどで、鈴音はまだ汗がひかないらしい。

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