第十二話 魔道具屋の少年
美味しい昼食の後、ようやく裏通りの魔道具屋にたどり着いた。朝とは違い、扉の前には営業中と書かれた木札が下げられている。
扉を開けると、がらんがらんと不気味な鈴の音が響き渡る。いきなりの大きな音で飛び上がる程驚いた。扉に鈴が付いている店は時々あっても、涼やかな音色しか聞いたことはない。見上げると、角を持つ動物の骸骨が加工された鈴がぶら下がっていた。
「悪趣味だな」
口をへの字にしたクレイグの呟きに全力で頷いてしまう。薄暗い魔法灯が照らす店内に人はおらず、様々な商品が雑に並べられていた。焼け焦げたような跡がある壁に作られた棚には、広口のガラス瓶が並び、色とりどりの石や乾燥させた花や草が詰まっている。
天井からは動物の革や珍しい木の枝、布や黒く染められたレースや鉄の鎖が吊り下げられていて、網に入れられた茶色の瓶にほのかに光る玉が入っている。
落ち着いてみると匂いがほとんどないことに気が付いた。悪臭がしそうな物がいろいろ置いてあるのに、ほぼ臭わない。何が香りの元なのかと見回すと、あちこちに置かれた艶の無い白い陶器が目に付く。
「これは……?」
手近にあった薔薇の形をした陶器を手に取る。ざらざらとした手触りを感じながら匂いをかいでみても何も匂わない。
「消臭してくれる置物ですよ。ご入用ならお安くします」
店の奥から出てきたのは、茶色の髪の十五歳くらいの少年だった。赤に近い茶色の瞳が印象的で、黒いシャツにズボン。瞳に合わせた赤茶色のベストがお洒落。
「店主か?」
「まさか。僕は店番です。店主は外国へ仕入れに出掛けていますが、それなりに商品知識は持っていますので、何でもお伺いいたします」
もしも自分がわからないことがあれば、精霊を使って店主に聞くという。
「精霊!? 本当にいるのですね!」
遠い外国にはいるという精霊も、この国ではお伽話の中にしか存在しない。
「ええ。ほら。ここに、土の精霊がいます」
少年の肩の上を示されても、私にもクレイグにも全く見ることができない。
「残念ですが、私には見えないようです」
本当に残念。古い血を持つ一族の末裔であっても、魔力を持たない私には精霊の息吹さえ感じ取れない。
「本日は何をお求めですか?」
笑顔で少年に問われて、ようやく当初の目的を思い出す。
「香油を作る為の蒸留装置を一式買いたいのです。取り扱いはありますか?」
「ございますよ」
少年は棚の箱から、蒸留装置の絵型を出して卓に広げた。
「部屋で使用できる小型の物がいいのですが」
「それならこちらですね」
広げられた絵型には、テーブルの上でも使える寸法の蒸留装置が描かれている。すべてガラスで作られていて、祖母が使っていた物とほぼ同じだった。懐かしいとみているうちに、隅に書かれた値段を見て驚愕する。……私の一年分の給金と同じだ。
「えーっと、その……」
侯爵家の自室では、鍋や焜炉を使った自作の蒸留装置で香油を制作していた。ガラスの蒸留装置とは違って効率と精度が悪い上に時間が掛かっても、自分の物だから問題なかった。……器具は諦めて材料だけにしよう。
「じゃあ、それで。付属品も必要な器具も全部そろえてくれ」
絵型の前で固まる私の後ろから覗き込むようにして、クレイグが少年に告げる。がちがちに固まった首だけで振り向くと、やたらと爽やかな笑顔のクレイグが片目を閉じる。
「俺の石けんの為だからな」
普通の石けんの何百倍の値段になるのか、恐ろしくて計算するのは止めた。この器具が届いたら、三カ月で可能な限り石けんと香水を作ろうと思う。一生分の石けんを作っても、費用を回収することはできないと思うけれど。
「わかりました。取り寄せ品になりますので、五日かかります」
「五日で届くのですか?」
「ええ。どこでもお好きな場所にお届けいたしますよ」
昔、祖母が蒸留装置を買い替えた時には新しい物が届くまで一月掛かった。十数年が経つと時間も短縮されたのだろうか。
「石けんをお作りになるのなら、材料も揃っております。いかがですか?」
店番の少年は、私たちを奥の部屋へと招き入れた。
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