抱き枕の侍女と意地悪な騎士
ヴィルヘルミナ
第一話 始まりの朝
目が覚めた。いつもとは違うシーツの滑らかな感触と、腰に巻き付く温かな重さにぼんやりと疑問を覚える。
そもそも、ここはどこだろう。見たことのない豪華な部屋。ベッドの近くに置かれたテーブルの上には酒瓶や水差し、木のカップが二つ置かれていて、先程まで誰かが飲んでいたような有様。
「……おはよう」
低い声に振り向くと、灰色の髪と青い瞳の端整な騎士の顔。私の腰を抱いているのは騎士の腕。
「ひっ! あいたたたたた!」
腕をはねのけて飛び起きようとしたのに、筋肉質で硬い腕は動かない。それどころか、酷い頭痛に悶絶する。
「……大丈夫か?」
「だ、大丈夫に見えますかっ? いたたたた」
頭が割れそうな頭痛というのは、こういうことか。ずきずきと痛む頭を手で押さえてみても改善しない。
「飲めないのなら、正直に言えば良かったのに」
盛大な溜息が首筋に掛かる。ぞくぞくと背筋に奇妙な気持ち良さが走り抜けても、頭痛は容赦なく続く。
「いたたたた」
その時、突然自分の姿に気が付いた。
「きゃ……!」
叫び声を上げようとして口を手で塞がれる。私はキャミソールとドロワーズの下着姿、騎士は服を着ていない。
「う……ううっ……」
「安心しろ。女神に誓って、俺は何もしていない。……まさか、酒一杯で二日酔いか?」
私の口をふさいだまま一緒に起き上がった騎士は下穿きを着けていた。この国で女神に誓うのは真実を語る時だけで、確かに体に異常はない。掛け布を体に巻き付け安堵の息を吐くと、また頭が痛みだす。
「痛み止めの薬をやる。いいか、叫ぶなよ?」
確認の言葉の後、ゆっくりと手が離れる。騎士はベッドから立ち上がると、テーブルに置かれた水差しからカップに水を注いで私に手渡した。
「酒じゃないぞ。水だ」
柑橘で匂い付けされた水を一口飲んでも頭痛は取れない。騎士は引き出しを開け、白い粒の入った小瓶を取り出す。
白い粒を一つ渡されて、水で流し込むとすっきりと頭痛が消え去った。この効果の速さは、王族や高位貴族が使う魔法薬ではないだろうかと気が付いて血の気が引く。
魔法を使う者がいなくなったこの国で、遠い外国から輸入する魔法薬は高価な品。たとえ一粒でも怖ろしい金額のはず。一粒で平民が一年暮らせるという噂もある。
「どうだ?」
「あ、ありがとうございます……頭痛は消えました。あの……薬代は……」
「薬代?」
「こ、こ、こ、こ、高価な魔法薬なのでしょう?」
騎士は少し驚いたような表情の後、口の片側を上げて意地悪な笑顔を見せた。
「……そうだな。金は必要ないが、体で返してもらおうか」
「え?」
言葉の意味を理解することを耳が拒否した。体で返すとはどういうことなのか。思わず体に巻き付けた掛け布をしっかりと握りしめる。
「古城の夜は寒いからな。しばらく俺の抱き枕になってもらう」
「ええっ!?」
そして私は騎士の抱き枕を務めることになった。
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