11話 発表会②

 マリオが孤児院でしばらく働く事については、肩透かしを食らう程あっさり承諾された。任務と孤児院の往復で少し大変かもしれないとドンが心配していたが、マリオ自身も覚悟が決まったらしく「出来ます!」と力強く答えていた。


 そしてさっそく次の日にマリオが孤児院に初出勤した。

 ガチガチに震える彼を、子ども達に紹介する。


「マリオ・マクエルです…よ、よろしく…」


 それこそ二週間前の私の姿と重なってくる。いや、私以上の怯えようだ。

ウルヒムとオルレリを始め、キラキラと目を輝かせる子ども達。今にも興奮していつもの飛びつきの気配を感じたので、私は手を叩いて大きな音を出す。


「はい皆!マリオさんはお勉強に来ているだけですからね。一緒には遊べないのよ」

「えー」

「やだーあそぶー」


 予想通り、ウルヒムとオルレリが頬を膨らませて不満そうにしている。

 ぶーぶーと文句を言う彼らを見て、マリオは顔じゅうに汗をかいている。恐らく冷や汗だ。


「マリオさんはしばらくお椅子に座って、皆が私の話をしっかり聞いてるかな?発表会の練習は出来てるかな?って観察してるからね。遊ぶのは、また今度」

「はーい…」

「あーい…」


 渋そうな表情ではあるが、二人とも駆け出しそうな体を静めてくれた。

 マリオがもしも慣れて一緒に遊んでくれれば、きっとこの子達は大喜びだろう。しかしそれは自然の流れに任せよう。無理を言ってはいけない。


「マリオさんそこでずっとただ見てんの?」


 様子を窺っていたイオーラが声を上げる。「そうねぇ…」と伝えると、彼女は棚から布の山を取り出して彼の前に持っていく。


「暇だろうからこれ繕っといて。説明書きはここにあるから」

「う、うん、わかった」

「ちょ、ちょっとイオーラ…そんな突然に…しかもそんな大きな布何に使うの…」

「あぁいいんですよ、僕いつも皆の洋服も縫ったり直したりしてるんで」

「マリオさん上手なのよ」


 穏やかな笑顔で答えるマリオと、全く悪びれないイオーラ。

 アルクやイオーラは孤児院の外でマリオと雑用を一緒に任される事が多く、仲は良いらしい。

 私は軽くため息を吐きつつ、発表会の練習を始めることにした。





「それじゃぁ今日の練習は終わり。皆一生懸命頑張ったね。お外に遊びに行きましょうか」

「はーい!」


 たった一日の練習でも簡単な曲なら歌えるようになってきた。覚えがよくて助かる。

 しかしあまり根を詰めすぎると、発表会までに練習が嫌になってしまうかもしれないため、そこそこで終わらせる。「明日もやりたい」と思わせるぐらいが丁度良い。


「今日は私とオルレリが先頭で、イオーラとウルヒムとエル、アルクとカントが手を繋いでね」


 私は先日やっと出来上がった手縫いのおんぶ紐でキルンをおぶってから、オルレリとしっかり手を繋いだ。「わーいママとー!」と、オルレリは飛び跳ねながら笑っている。


「マリオさんはどうしますか?後ろから付いてきます?」


 先ほどの繕い物に一所懸命に向かっているマリオに声をかけると、ハッとした表情で顔を上げた。慌てながらこちらにやって来ようとしたので、塗り針はしっかり片づけるようにお願いする。


「もしも落ちたりしたらとっても危険なので、ゆっくり片づけて下さって大丈夫です。縫い針は5本入っているので数えるのもお願いします」

「ご、ごめんそうだね…」


 相変わらず冷や汗をかきっぱなしの彼に対し、


(気分転換の軽い散歩だし、留守番してもらってもよかったんだけど)


とも思ったが、折角来てくれるつもりらしいので、それは口にしない事にした。

片付けが終わるのを待って、マリオには最後尾についてもらう事にする。


「マリオさん、大丈夫っすよ。落ち着いてください」

「あ、ありがとうアルク君…」

「よしじゃあ出発!」

「はーい」


 私は歩幅を小さくしながら、子ども達との散歩に出かけた。今日は快晴で、過ごしやすい。散歩日和だ。

 教会を出て、家がいくつか並んでいる方向へと歩を進める。


「こんにちは、リンダさん」


 すぐに『不滅の灯』のメンバーの一人をすれ違う。赤毛のポニーテールが印象的だ。今日の昼食担当は彼女らしく、鍋とパンの入った箱を一緒に抱えている。


「こんにちは、今日は天気がいいよね。今日は時間が早くなりすぎちゃったかな」

「いえ、私達が発表会の練習をしていたので」


 リンダはゴブリンの子ども達にも笑顔で接してくれるようになった数少ないニンゲンだ。”児童憲章”を彼女に渡した際とても感動していたとドンから聞いた。なんでも『不滅の灯』に加わったのは戦争で子どもさんを亡くしたからだとか。


「リンダさんのご飯楽しみだなー」

「ありがとう、ウルヒム君。残さずに食べてね」

「うん!」

「リンダさん教会まで持っていけますか?僕良かったら手伝いますよ」


 大荷物の彼女に、マリオがそう声をかける。リンダは「これくらい大丈夫!お散歩いってらっしゃい」と元気に答えてさっさと歩いて行った。

 

「リンダさんやさしいからだいすき!」

 

 オルレリが微笑みながら素直にそう口にする。意味が無かったかと不安に思っていた”児童憲章”だったが、こうやって変わってくれた人もいると思うと心強い。

その時、後列にいたカントが後ろを振り返って、マリオに話しかける。


「マリオさんもリンダさんのごはん、すき?」

「!」


 私は思わず歩を止めて彼らの様子を窺った。

 マリオは目を見開いたまま固まってしまっている。比べてカントや他の小さな子ども達はきょとんとした表情だ。

私や年長組の二人がハラハラしながら見守っていると、次第にマリオはぎこちない笑みを作ってカントの顔を見る。


「…そうだね、おじさんも好きだよ」


(ま、マリオさん…!えらい!)


 私は内心拍手を送りたい気分だったが、子ども達に詳細を話せない以上また後にしようと思い、私は前を向く。

 しかし背後からは、


「フーン」


という特になんの興味も示していなさそうなカントの声が聞こえた。


「え、それだけ…?」

「……どんまいっす」


 切なそうなマリオの声の響きとアルクのフォローを背中に受けて、何故か私が申し訳ないような気持になるのだった。



(マリオさん、子どもとは…そういうものです)


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