三界の書 ―銀閃の聖騎士と緋剣使いの少年―

阿季

序章

あの日、あの場所で




 もう少しうまくできると思ったんだけど…………そんなに現実は甘くないね……


 ありゃ……今にも泣きだしそうな顔しちゃって……いつもは意地っ張りで無愛想なのに……




 ちょっと喋るのもきついので……とりあえず抱きしめてあげた。いつもなら嫌がるんだけど、今は大人しい。




 ――――ああ、やっぱりそうなっちゃうよね……変なところ真面目だもんね。あんたのせいじゃないって言ってあげたい。




 …………でもそれは自分じゃない。その役目はあの人たち……




 名前を必死に呼ぶ声が聞こえる……でももう返事もできそうにない……ごめんね……


 代わりに笑顔を向けよう……笑顔でいれば大抵はうまくいくんだから。いつも言ってたでしょ……?




 ……今いる空間が壊れそう……気づいてないなぁ…………まったく、手間のかかる弟ね……




 残ってる力も少ない……あんただけでも移動させなくちゃ…………








 ………………よし、うまくいったみたい。笑顔で送り出せた、と思う……よくやった自分。




 崩壊が始まった……でも不思議と怖くはない……きらきらしてて綺麗……




 ――――こんな時だからこそ……よくわかるのかなあ……肝心な時に役に立たないくせに……




 ………どん底にいるあんたを引っ張り上げるのは……あの子か……


 そっか……あの子と出会うんだね。いつか会わせようと思ってて……結局できてなかったけど、そっか。


 自分にはできないとわかって……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、寂しいし悔しい気がするけど……でも……




 あんたが前に進めるなら……私は―――――――








 ◇◇◇





 ――――……やめろ、やめてくれ……!!


 必死の思いとは裏腹に、蒼い紋様の刻まれた光のリングは輝きを強めていく。


 ――――ダメだ。それじゃ、――ルが……!!


 傷だらけで微笑むあの人の顔が霞んで見えなくなっていく――――


 ……わかっている。この声が届くことはない。もう二度と、あの明るくてどこか落ち着く声を聞くことはできない。

 背中を追いかけていたあいつも、幼馴染の彼女の兄代わりだったあの青年も。


 三年前のあの日――…………






「――――っ!!」


 声にならない叫びをあげて飛び起きると、やや冷んやりとした空気が少年の肌を撫でた。いつもより冷たく感じられるのは汗をかいているせいだろう。

 窓の外はまだ薄暗く夜明け前のようだ。少年は寝台の上でしばらく荒い呼吸を繰り返していたが、翳りのある瞳を伏せると片手で頭をかかえる。


 最近は、この夢を見る頻度は減っていた。三年前――あの後はそれこそ毎晩うなされて幼馴染の彼女にもひどく心配をかけたものだ。

 しかし、三年という月日の中で少しずつではあったが見る回数が減って来ていた。最近は一ヶ月に一回ほど……前回は一、二週間前だったか。

 それがなぜ今晩は見たのか――その原因に心当たりがあった。昨日、自分たちに下された任務のせいだろう。

 <聖域>から盗まれた数点の祭器の追跡と奪還。

 正式にこの組織に所属している彼女はともかく、自分にも話が来るとは思っていなかったが、事の仔細を聞いて理解した。

 少年は無意識に唇を強く噛みしめる。


 盗まれた祭器の中に、が含まれていたからだ。




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