普段は御淑やかですがスイッチが入ると鬼教官になる母は大丈夫ですか?
某筋密度八倍の人の訓練のような解しを経て漸く筋肉痛が普通に運動できる程度まで回復した。
その過程で拷問なんじゃないかって言うくらいのえげつない柔軟をやられ、関節の構造限界まで曲げながらマッサージして無理矢理体を整えられるなんて……。
確かに終わってみれば筋肉痛は収まったけどメイがあんなに震える筈だ、というか関節決めながらツボ押しするのは新手のサブミッシヨンいや普通に殺人技にカテゴライズされるだろう……二度と味わいたくない……。
「ううぅ、まだ節々に指がある感じがする……」
「あの整体術は奥様が尋問よぅ……、もとい考え編み出したもので効果は絶対でございます、効果は!」
若干憂鬱な足取りながら俺の手を引いて大事な事なので二回言いました、的な明らかに誤魔化しが入ったメイの話を聞く。
「兎に角、坊っちゃま!訓練中は奥様の言うことには絶対に従って下さい、絶対ですよ。張り切ったあの状態の奥様は確実に昔の凄腕傭兵時代に戻っております。」
「傭兵時代?しかも凄腕って……」
確かに時折見せる凄み、というか圧が出せるので何か只者ではないのは判るけどそこまでは想像が付かない。
「待っていたわよ。待ちきれなくて少し始めてしまっていたわ!」
訓練所に到着すると普段着ているゆったりとした服装とはまるで違う、それこそ実用性一点張りの軽鎧にバックラーといういかにも実戦重視な出で立ちの母が男らしく仁王立ちで待ち構えていた。
辺りには兵士たちが死屍累々に倒れ付してしている。皆一様に呼吸を乱して土にまみれて、時にはコヒューゥコヒューゥという疲労困憊の時特有の怪しい呼吸音まで聞こえてくる。
(一体何をされたんだ?)
「あの……母上、この惨状はいったい?」
「言ったでしょう、始めてしまったと。待ちくたびれたんで準備運動がてら軽く揉んであげたのよ」
それでどうやったらこの惨状ができあがるのか……。
明らかに母上の細腕ではどうにもならなそうな巨体の兵士も鎧姿のまま殺人被害者の如くうつ伏せに倒れこみ、そのまま指で遺言を書くように大地に母の名を刻んでいる。
「いや、其れだけでここまではならないかと……メイもそう思うよね?………………あれ、メイ?」
メイの方を振り返ると額に手をあてながらガタガタと小刻みに体を震わせ、圧し殺した声でブツブツと呟く。
帰って来た……帰って来てしまった……許して赦してユルして……もう限界です……。
虚ろな眼をして口から延々と漏れ続けるそれに思わず後ずさってしまう。
「ど、どうしたのさメイ?」
話しかけても反応1つ無く壊れたスピーカーのように呟き続け、軽く叩いたりもしてみたがブツブツと許しを乞うようなうわ言を垂れ流す
(な、何この人間レコード状態?!え、母上ってそんなにヤバいの?!)
「はぁ、仕方ないわね……」
「メイっ!お前はそこら辺に転がってる腑抜けどもを片付しときな!それでアンタへのお仕置きは勘弁してやる。他の連中は後でアタシがミッッッッチリと鍛え直してやる」
いきなり鬼軍曹、それも海兵隊系のそれに変貌する。
下ネタワード入りの罵倒こそ入らないものの
「それじゃあこっちも…………………………
ソロソロ始めようじゃないか」
「え?!あの、ちょっとっ……」
メイの脅えようと周囲の惨状、それに今しがた発せられた普段からは考えられないセリフにおもわずヒィッという声が口から漏れる。
「そう身構えなくても大部分さね、病み上がり相手に無茶をさせるなんて流石に私もしないよ」
「ソ、ソウナンデスカ」
おもわず棒読みな声がでてしまったが「無茶はしない」と言質が取れたことに一先ずは安心する。
「さ、わかったらとっとと準備して覚悟決めな」
「はい」
――――――――――数十分後…………
「ホラホラッ!此のくらいでヘバッてんじゃないよ!!」
「ガヒュッ……ゼ、も、もう無理です……」
無茶はしない、軽く試すと言う言葉を甘く見ていた。
基準のハードルがあまりにも高過ぎる。
「無理?戦場でそんな事を宣っても敵は待ってくれん!弱音を吐いたやつから順にくたばっていくんだっ!わかったらもう一回!!!」
1度目は自分に向かって覚えた魔法を放ってみろと言われて足下に詠唱するが唱えている間に一瞬で首元にナイフを突きつけられ、「舐めているのか?」と一蹴。
2度目は無詠唱で足元を崩そうとしてあっさり飛び越えられる……
3度目の正直と時間差を付けての落とし穴に加えて跳んだ瞬間に『砂の柱』を放ってみるが空中で軽く身を捻る曲芸染みた動きで躱される。
ここでようやく「悪くない」と誉めてくれるが魔法の連続使用により脳髄から目の奥が蠢き始め、精神の疲労から呼吸が乱れて足元が覚束無くなってきていた。
「ふぅん、体力は年相応だけど筋は悪くないね。それじゃ次は聖剣出して同じようにやろうか」
息切れしている俺に事も無げにそう告げると今度はさっきまでよりも距離をあける。
そして此方が立ち上がるよりも速く空いた距離を詰めてナイフを目の前の地面に突き立てる。
「立て」
短く、それでいて反論を許さないそれに慌てて
思わず母の顔を見上げると全ての表情が消えた冷たい視線に打ち抜かれ思わずヒィッと声が漏れる……。
(メイが……メイ達があんなになったのはこれかよ……スパルタ過ぎじゃないか)
「もう一回」
感情なく機械のように告げられるとまた距離を取るため歩きだす。
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