聖剣?いいえ掘削器具です
「聖剣?」
「はい、だいたい8歳から12歳の洗礼前後までに稀に発現させる事ができる特殊な武具にございます」
話を纏めると聖剣とは何処でも呼び出せる個人専用の武器で能力はピンからキリまでだが持っていることが一つのステータスになるらしい……。
「そんなモノを振り回していいの?」
「あまりに良くはございません。本来は民草を守り魔物や害獣を狩るためにこそ使われるものでございます。
しかし、ビート様は洗礼のすぐ後に発現しましてそれで調子に乗られているようでしてこれまでも何度か御館様に諌められております。一応は反省するようですが聖剣を手にしたものがそれを使いたくなる衝動に駆られるのはよくあることでなかなか御止め出来ず……」
つまり自分は特別と思うだけの力を苦もなく手入れた上に元々の才覚と合致して手が付けられない訳か。
「聖剣、か」
「坊っちゃま、聖剣を持てるかは運次第で持っていない方のほうが多いので気にすることはございませんよ」
メイはそう言うがやはり元ゲーム好きからすればどうしたって気になってしまう。
「あ、別にそこが気になった訳じゃ、っ痛!」
否定しようとして首を傷口の側に捻ってしまい、首筋に走った痛みに思わず声をあげてしまう。
「御無理をなさらない方がいいので今日は此処までにして戻りましょう」
「イツツっ、そうするよ」
痛みを堪えながら返事をするとメイに支えられて屋敷へと脚を運ぶ。
「後で聖剣に関する書物をお持ちいたしますよ」
帰り際にそっとメイに耳打ち去れる。
ハッとして思わず顔を窺うと茶目っ気たっぷりに人差し指を唇に立てており、聞かぬが華と眼で告げられ此方も小さくありがとうと返すとそのまま帰路につくのだった。
その夜、やはり塩気の薄い食事を済ませると薄暗い蝋燭の灯りの下でメイが差し入れてくれた聖剣に関する書物に目を通す。
「聖剣あったら人生勝ち組か?いやあっても魔物退治に駆り出されるだけか…… 」
聖剣についての記述を読むと昼間メイに少し聞いた通り何処でも呼び出せて固有能力がある事以外にも色々解ってきた。
・8~12歳頃に呼び出せるようになるがこの範囲内に発現しなければ手にすることはできず持っていること事態が稀。
・固有能力はあるが全く役に立ちそうもないものから分かりやすく特化したものまで多岐にわたる。
・心身の成長にあわせて使いやすい長さや形状に変化していく。
・聖剣と銘打っているものの実際は槍や弓、斧、棍など剣以外に本人の素質に合わせて様々な形をとる。
うわぁ、前世なら絶対にあり得ないな。
正しくファンタジー武器なうえ、前半はともかく後半はエス⚪ード鉱かよと叫ばなかった自分を褒めたい……。
それに勝手にフィッティングしてくれるなら全ての人間に行き渡ったら鍛冶職が駆逐されるな。
新技術で既存の職に就いている人間が失業するというのは誰の言葉だったか。
「坊っちゃま、まだ起きていらしたのですね」
読み進めていると見廻りに来たのであろうメイに見つかり、夜更かししていたことを注意される。
「あ、うん。持ってきてくれた本の内容が気になっちゃって……」
元々本の虫ではあったが転生してからの数日
魔法にのめり込んでいて久しぶりの読書に夢中になっていた。
「興味を持っていただけたことは嬉しいですがお身体に触りますのでそろそろ灯りを消されてはどうです?」
燭台に目を向ければ蝋燭が大分短くなっており、時計が無いものの思った通りより長い時間が経っていたらしい。
「そうだね、ゴメン。おやすみ」
「お休みなさいませ」
そう言って部屋の蝋燭をフッと一目息に吹き消すと一礼し、燭台の僅かな灯りの下退室する。
メイがいなくなると暗闇に包まれた部屋の中でさっきまで読んでいた聖剣に関する本の事を思い出す。
(宝くじに当たるようなものだよなぁ。持てるだけでも贅沢なんだろうけど、死にたくないし欲を言えば戦闘以外で使えてそっちで悠々と生きていきたい)
そんな事を考えながらゆっくりと目を閉じると緊張と疲れですぐに眠気が襲い、そのまま睡魔に身を任せる。
「坊っちゃま、おはようございます。
あら?」
「う、…………ん。おはよう、メ…イ」
目が覚めるとすぐ傍に何か硬いものが手に当たる。
眠い目を擦り、回らない頭をお越しながら手で感触を確かめるとなにやら硬い棒状のそれはともすれば柄のようにも感じられ一気に目が覚める。
「え……これってまさか、嘘でしょっ」
「坊っちゃま!!落ち着いてください。ゆっくり、ゆっくりと布団を持ち上げて」
降ってわいた好運にテンションが上がって所をメイに一喝され
ゆっくりと布団を捲ると徐々にその全容が明らかになる。
最初に見えてくるのは石突き、そこから長い柄が伸び派手な装飾は無いが武骨で頑丈そうな印象をあたえる。
(なかなか刀身がでてこないな、剣じゃなく槍の類いなのか?)
今の身長では良くて短槍だなと思いながら捲り続けると尖端が姿を現す。
黒光りする刀身は頑強さを誇示するかのように鈍色々光沢を放ち、左右に大きくせり出した穂先は鋭い嘴のように一点を差して弧を描いた重厚な刃を持つ……。
見事なまでのツルハシだった。
「…………」
「…………」
その予想外に過ぎる散々たる形状に二人して言葉を失い呆然とその聖剣という名目のツルハシを見つめる。
「いや、イヤイヤイヤ。これは、チャットナイノデハナイデスカ」
「坊っちゃま!?お気を確かに。言いたいことは分かります、分かりますがまずは落ち着いてください」
普通想像されるような聖剣、拡大解釈しても通常考えうる武具とはかけ離れたあまりにもあまりなその事実に取り乱すもメイのツッコミに強引に現実に引き戻される。
「確かにこういった形状になるのは珍しいですが何か強大な力を持っているかもしれません、ですからどうか自棄を起こさないでくださいまし」
「そ、そうだよね。見た目で判断するのは良くないし……外見と能力が合致しないのは良くあることだ、よね?」
俺は半ば自分に言い聞かせるように言い放つとイヤに丁度良い、ともすれば手に馴染むそれをベッドから床に立て掛ける。
「その通りでございます。朝食後に中庭で練習してみましょう」
そう言ってメイは室内に持ち込んだワゴンのクロッシュをあけ
相も変わらず味の薄いそれを啜り、さぞや凄い能力を秘めていると皮算用しながら乞い願うのであった。
朝食後、身支度を整えると俺はメイを伴いいつも魔法を練習している中庭に赴いていた。
「それでは坊っちゃま、集中して武具に語りかけてください」
「わかった、やってみるよ」
とは言ったものの実際のところどうやるのかは判らず、資料を調べてもメイに聞いてもどうやら完全にフィーリング任せらしく詳しいことは全く不明だった。
(ツルハシさん、貴方は一体何ができるんです?)
とりあえず言われた通り語りかけてみると、ぼんやりと頭のなかに何かが浮かんでくるのを感じる。
『聖剣 ディグモール』
『特性:万物掘削
形状変化
土魔法効果増強』
どうやらこれが出来ることらしい。
「坊っちゃま、如何でしょうか?」
「あ、うん。見た目通りの能力みたいだった」
脳裏に浮かぶツルハシの特性をメイに告げると哀れみと一縷の称賛が混じった複雑な表情される。
確かに土魔法の強化に掘削という見た目通りの効力しかないというのは若干がっかりもするが土魔法に適正の有る身としてはマ魔法の効果が強化されるのは嬉しい。
「とりあえず試してみてはどうでしょう」
「そうだね。じゃあまずは……」
一番気になる『万物掘削』は一旦置いておき、『形状変化』から試してみることにする。
(しかしどう変化させればいいんだ?)
そう頭を捻ったところで再び脳裏にメッセージが浮かぶ。
・形状変化
採掘道具に限り形を変化させることができる。
現在変化可能な形態は
・シャベル
・???
・???
頭の中に表示される言葉に従い、子供の頃良く遊んでいたシャベルを思いだしながら「変われ」と念ずるとツルハシは淡い光を放ちながらその姿を変えていく。
一瞬のうちに肉厚の鉄塊が薄平たい刃へと変貌し石突きに取っ手の付いた使い勝手の良さそうなシャベルになる。
そして本命の『万物掘削』に意識を向ける。
・万物掘削
どのような岩盤、鉱脈であろうと打ち砕き採掘することができる。
「……いや!ザックリし過ぎて逆に分かりにくい!!」
「坊っちゃま?如何いたしましたか」
あまりのシンプルさに思わずツッコミをいれてしまいメイに不審がられる。
「あ、いやべつに……ちょっと自分でも呑み込み切れてないだけだから心配しないで」
そう言いながらとりあえず
「ふぅ……よし!じゃあ本命を試してみるけどこの辺りでやっても大丈夫?」
両頬を叩き、気合いを入れ直すと念のため思い切りやっても良いか確認する。
「はい、元々古い演習場だったのである程度なら無茶をなされてもどうということはありません」
メイのその言葉を聞き、安心してツルハシを振りかぶる。
せっかくなんで景気よく、先端の唯一点に魔力を集中する。
そして腕も痺れよといわんばかりに振り下ろせば
振り下ろした箇所から亀裂が入り、大地が放射状に割れ始める。
「え?!」
「坊っちゃま!」
渾身の力を込めた一振りは深々と地面を割り、崩落が足元まで及んでしまう。
寸での所でメイに手を引かれ何を逃れるも直後に崩れ落ちる足場に思わず身が
暫くして我に帰ったのはメイの方だった。
「これは……。坊っちゃま、流石に少しやり過ぎでございます」
「ごめんなさい。初めてやったから加減がわからなくて……」
流石に不味いと思い素直に謝ってみるがメイは表情を変えないまま感情の読めない声で、あくまでも静かに咎めてくる。
「それでもです。
旦那さまに報告してきますので坊っちゃまは修復しておいてください」
矢継ぎ早に告げると姿勢を崩さないままとは思えない速さで屋敷に戻っていく。
「この現場を一人でどうしろと……」
残された俺はその惨状に一人粛々と修復を始めるのだった。
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