33:小休止

 ハナコは小屋の外に出て、朽ちかけた三人掛けのウッドベンチに腰を下ろして、見張りをしながら川に目をやった。川は茶色く濁り、どんな生き物がいるのかすら分からない。


「この川の上流へ行くと、アンバ山がある」


 マクブライトがとなりに座りながら言って、懐から酒瓶を取りだした。


「飲むか?」


 首を振ると、マクブライトは一口飲んでから、手持ち無沙汰にそれをもてあそびはじめた。


「だいぶルートを外れちまったが、このまま下流まで川沿いに進めば、引き渡し場所の《四番街》の手前の荒野に辿り着く。それなのに、わざわざ明後日の方向のアンバ山まで行く気か?」

「そのままアリスを渡しちゃったほうが、楽なんだろうけどね」

「性分ってやつか?」

「性分なんかじゃないさ。いつもは依頼のブツに興味を持つことなんて無いからね」

「じゃあ、なぜだ?」

「気にくわないだけ、《446部隊》も《ピクシー》も」


 言って、ハナコはマクブライトに視線を移した。


「ずっと、気になってしょうがないの、なぜ奴らはアリスを狙う?」

「『好奇心は猫を殺す』って、ことわざを知らんのか?」

「『虎穴に入らずんば虎児を得ず』なら知ってる。あんたはどう思うんだ?」

「そうだな……とりあえず、お前の疑問も含めて、気になることが多すぎる」


 酒をあおるマクブライト。


「おれのいちばんの疑問は、『なぜ今頃になって、《赤い鷹》はアリスを手元に置きたがっているのか?』ってことだ」

「そこがいちばん安全な場所だからなんじゃないの?」

「それなら、最初からずっとそばに置いておけばいい話だろ?」

「……確かにそうだね」

「恐らく、《赤い鷹》、《446部隊》、《ピクシー》の三者の目的は同じだろう。それがなんなのかまでは分からんがな」


 マクブライトの予想が当たっているのなら、仕事とは言えアリスを《赤い鷹》に引き渡すことが正しいのかどうかすら、怪しくなってしまう。


「……ますます疑問が増えちまったよ」

「まあ、アンバ山に行けば、少しはその答えに近づくだろう」

「すまないね、あんたまで巻きこんじゃって」

「気にするな。村に引き返したとき、すでに腹は括ってる」


 言って、マクブライトは諦めるようにして笑みを浮かべた。


「そういえばあの時、なんで戻ってきたの?」

「……傭兵の頃にな。私情に走る仲間を、任務遂行のために見殺しにしたことがある」

「そう……」


 謎の多いマクブライトの過去も、やはり哀しみに満ちあふれているのだろう。


「まあ、過去話さ」


 いつものおどけた表情に戻るマクブライト。


「とりあえず見張りはしててやるから、体力温存のためにも夜まで寝ておいたほうが良いぞ」


 マクブライトがひとりになりたがっているのが分かり、ハナコはその言葉に甘えることにして小屋に戻った。


 寝袋の中でスヤスヤと寝息をたてるアリスの横に寝そべって、天井を見上げたハナコは、それからしばらく様々な疑問について考えを巡らせてみたが、旅の疲れからか、すぐに瞼が重くなっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る