12:ファットマン
「まだ生きていたとはな」
まるで死に神のような痩せぎすの男が不気味に笑う。
「こっちのセリフだぜ」
マクブライトがそれに応えて死に神と握手を交わした。
男が、マクブライトの後ろに控えているハナコたちをちらと見やり、目顔で「誰だ?」とマクブライトに訊ねる。
「ああ、ああ、心配するな」マクブライトが微苦笑し、「コイツらはおれの仲間だ。まあ、どこからどう見ても政府筋のヤツには見えねえだろ。あのドン・イェンロンのとこの運び屋だ」と続けた。
「運び屋ね…… まあいい、入れ」
男に促されて、棚へ無雑作に日用品が並べられた木造の雑貨店に入ると、「こっちだ」と言われ、そのまま地下室へと案内された。
「知らないヤツは、あまり歓迎したくないんだがな」
渋々といった顔で言いながら男が部屋の灯りをつけると、回りはじめたネズミの鳴き声のような換気扇の金属音とともに、四方の壁すべてに隙間なく銃器が掛けられた、穏やかでない光景が現れた。上階とはちがい、無機質なモルタル作りが夏の暑さを退けている。
「これ、もう置いてもいいですかね?」
マクブライトとともに木箱を運んでいたトキオが言って、主の許可を得ないうちにそれを冷たい床に置いた。
「なんだ、それは?」
「ナットウだよ。お前の好物だったろ?」
マクブライトが笑う。
「好物じゃねえが、最近は健康に気を遣わなきゃいけないからな」
男は木箱を開け、中のひとつを取りだしてその臭いを嗅いだ。
「忘れられんかぐわ芳しい香りだ。久しく食ってねえ」
「それで、武器を安くしてくれるんでしょ?」
ハナコが言う。
「早いとこ武器を手に入れて出発したいの。あたしたちには時間がない」
「まずは名乗りな。名無しに売るモノはここにはねえぞ」
じらしているのが丸わかりだったが、
「ハナコ・プランバーゴ。九番で《運び屋を》やってる」
と答え、ハナコは壁の武器を見渡した。
五年前の《血の八月》の際には、ハナコも武器を手に取って死に物狂いで戦ったが、それほど詳しくはないため、どれが今回の仕事に最適なものなのかは分からない。もっとも、壁の一面の中央に物々しく掛けられた、いかついロケットランチャーが必要ないのはさすがに分かるが。
「ハナコね。いい名前じゃねえか。おれは、ヤミで《ファットマン》と呼ばれている男だ。よろしく」
言って、男――ファットマンが右手を差し出してきた。
ハナコは、力を込めるとすぐにでも粉々になってしまいそうな骨と皮だけの手を握りかえし、
「そんなにガリガリなのに?」
と、さっきのお返しとばかりに皮肉めかした。
「コイツは七年前に胃癌になってな」
マクブライトが言う。
「それで胃袋の四分の三を切除したんだよ。今じゃ見る影もないが、これでも前はブタの総元締めみたいなヤツだったんだぜ」
「ブタってのはひどすぎるな。遠近感が分からなくなる程度のデブだったのは認めるが」
ファットマンは黄色い歯を剥いて笑い、壁に掛かる狙撃銃を顎で指した。
「MA―73がひとつだけある。お前のために長い間とっておいた代物だ」
「懐かしいな、どうやって手に入れた?」
マクブライトは嘆息しながら狙撃銃を壁からはずし、嬉々としてスコープや銃身を丹念にチェックしはじめた。
「トキオ・ユーノス、お前はこれを使え」
言って、ファットマンがトキオに小ぶりのアサルトライフルを手渡した。
「あんた、トキオを知ってるの?」
「
「この銃、やけに小さいですね」
トキオがファットマンを遮るように言って、銃を眺めた。
「車での移動が多いんなら、コレがいちばん扱いやすいんだよ」
ファットマンが当然のように応える。
「六番で知るものがいない」という過去が気になって、相棒に目を向けたが、トキオはどこ吹く風ですっとぼけていた。
ファットマンはハナコに拳銃とスタンガンを渡し、その他にトキオにもう一丁拳銃も手渡して、さらに予備として二丁の拳銃と数個の手榴弾などを用意してくれた。
正直、拳銃の扱いは苦手だ。愛用している警棒の方がよっぽど信頼ができる。しかし今回はそうも言っていられない事態になるかもしれず、この旅のあいだは、命取りになるかも知れない美学は胸にしまっておいた方がよさそうだ。
ハナコはうしろに拳銃を回してベルトとの隙間にしまいこみ、初めて触れるスタンガンを物珍しさから作動させてみると、クワガタの角のようになった先端部のあいだに青白いものが走った。
「女でも、それを使えばじゅうぶんに男と渡りあえる」
ファットマンの言葉に、
「ネエさんは、そんなもの無しでも充分ですよ」
と、トキオが笑いながら応えた。
「人をバケモノみたいに言うんじゃないよ」
トキオに言って、ハナコはスタンガンを前方のベルトの隙間に挟み込んだ。
「使える物はなんでも使うさ」
ファットマンはさらにそれぞれの銃弾をカウンターに並べ、「これだけあれば十分だろう」と言って、「全部で二百五十万サークでいいぞ」と代金を請求してきた。
「桁をまちがえてない?」
「バカ言え、かなり良心価格にしてやってるんだぜ。これだから素人は」
その言葉をいぶかってマクブライトへ視線をやると、「そうだな、良心価格だ」とうなずかれた。
腑に落ちないながらも代金を支払うと、「毎度あり」と言って、ファットマンはそれを舐めた親指で丁寧に数え、壁に備えつけの、整然と札束が積み上げられた金庫へ大事そうにしまった。
「上でもなんか買ってくか? 食べ物ならなんでもあるぜ」
「いや、いい。食べ物まで高く売りつけられたくないからね」
「如才ない女だな、ハナコ」
「名前で呼ばないで」
強く言って、銃器をふたつの大きな迷彩色のバックパックに分けてしまい、一階に戻ると、遠くから打ち上げ花火の賑やかな音が聞こえてきた。
「お祭りでもやってるの?」
「ああ、今日から三日間、カーニバルだ」
ファットマンは煙草に火をつけ、「祭りのなにが楽しいのか、おれにはさっぱり分からんがな。人混みはゲロの臭いしかしない」と紫煙を吐き出した。
「最近、指名手配書なんて回ってきたか?」
マクブライトが訊く。
「いや。なんの話だ?」
ファットマンが
「そのかわいいお嬢ちゃんが関係しているのか?」
「回ってきていないのならいいさ。余計な詮索はするなよ」
「分かってる分かってる。これでもプロの端くれだ」
両手を挙げておどけるファットマン。
「まあ、なんにしろ気をつけろよ。お前ももう若くはないんだ」
「それはお互い様だ。じゃあな。行くぞ」
もう若くはない旅の同行者に促されて外に出ると、ファットマンが「またいつでも来な。お前なら大歓迎だ」と、マクブライトにしわくちゃの紙袋に入った2カートンの煙草を手土産に持たせた。
「ああ。じゃあな、戦友」
マクブライトがファットマンとあつい抱擁を交わす。
店を離れ、坂道を下った先の路地裏に停めてあった軽トラックに乗り込むと、トキオが運転席のマクブライトに、
「手配書が回ってきていないってのは、どうしてでしょうね?」
と、小窓越しに訊ねた。
「お前らを追っているとかいう政府軍のヤツら、ドンさんの話じゃ、正規軍じゃないらしいからな。ああいう特殊部隊ってのは、そもそも表向き存在しないことになってることが多いが、今回は、それがおれたちにとってプラスに働いているってことさ」
「なるほど、ヤツらは正規軍を動かせないってことっすね」
「
「その間に、あたしらはできるだけ距離を稼がなきゃ、ってことね」
「急がば回れ、まだ車の調達が終わってない」
言って、マクブライトは車の速度を上げた。
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