みちるちゃんと花火をもう一回、もう一回。

橋本鴉

第1話 15の夏

 僕の名前は蒼 月(あおい らいと)。都内でその日暮らしをする22歳のフリーター。

夏が来ると必ず思い出す出来事がある。あれはそう、7年前のことだ。


 第一志望の高校に無事入学し、浮かれ気分で高校生活を送ってた僕。

部活はマンガ研究部に入り、そこで出会った隣のクラスのみちるちゃんに一目惚れした。

みちるちゃんは、BL漫画が好きないわゆる「腐女子」だ。

仲良くなれた僕らはLINEのメッセージも徐々にエロいやり取りがエスカレートしていく。


『男の子がイくところリアルで見てみたい 初めては月くんがいいな』

こんなメッセージがみちるちゃんから来た。

僕は興奮を抑えきれず、部屋で一人飛び跳ねる。その夜はみちるちゃんに見せながら彼女の顔に出す妄想で3度も果てた。


 そして、期末テストを終えた僕らに高校生活初の夏休みが迫ってきた。

周りの友達はバイトを始めるだとか、親戚の家に遊びに行くなどの予定を楽しそうに話す。

僕は、この夏が勝負だと思った。みちるちゃんをデートに誘うならこの夏休みしかないんだと自分に言い聞かせた。

そんな時だ。マンガ研究部のグループLINEに3年生の先輩からメッセージが来た。


『みんな期末お疲れ!7月22日、夏休み初日!三角公園でBBQ&花火大会を開催したいと思います!

俺たちも引退だし、後輩たちにぜひ盛り上げてもらいたい!参加ヨロシク!(`・ω・´)』

僕はこれがチャンスだと思った。ここでみちるちゃんとより仲良くなって、夏休み中ごろには二人きりでデート。

理想的だ。頭の中で計画を練った。


 当日。夕方6時の公園に集まると、みちるちゃん含めほぼ全員の部員が参加している。

あまりにも無口だったり教室の陰にいるような奴が数名来ていないだけだ。

既に食材は先輩たちが用意してくれているようで、僕らはお金を渡すだけだ。

牛肉やシイタケが焼けて美味そうな匂いがあたり一面を包み込む。

青春している。今僕は漫画のような青春の真っ只中にいるんだ。そう思いながら肉を食べた。

ふと、みちるちゃんに目をやると唇を尖らせてウィンナーをふうふうしている。

なんてエロいんだ。この夏休み中に、僕だけにその仕草を見せてくれ。

そんなことが頭の中をずっとグルグル回ってた。


 ほとんどの食材を食べ終わった僕らは、そのまま池の周りで花火大会を開いた。

線香花火はチリチリと小さな炎ながら勢いよく燃えている。

今、僕の隣にはみちるちゃんがいる。

「ふふ、綺麗だね。」そう笑いながらみちるちゃんは花火と僕の顔を交互に見る。

心臓が高鳴る。今にも花火を落としてしまいそうなくらい、こみあげて来るものがあった。

「そこ、イチャイチャするなー!」「ヒューヒュー!」

先輩たちからやじが飛ぶ。慣れてない僕らは下を向きながら笑う。

悪くないな。この感じ。付き合うまでのドキドキ感っていうんだろうか。今まで色んな漫画で見てきたな。


 そうしているうち、時刻はもう9時半を回っていた。

「では!ここで毎年恒例の儀式はじめちゃいます!」3年生の先輩が叫ぶ。

何も聞かされていない僕ら1年生は訳も分からずポカンとする。

次の瞬間先輩がクーラーボックスを開けると、そこには缶ビールやら缶チューハイといった酒が入っていた。

まさか、と思い僕たち1年生は顔を見合わせ、重い空気が流れる。

そんな空気を切り裂くように2年生、3年生の先輩たちが「さぁ後輩たちよ、周りの同級生よりも一足早く大人になりなさい!」と

はやし立てる。

違う、こんなのは高校生の青春じゃない。酒なんて大学生にでもなってたくさん飲めばいいじゃないか。

そう心の中で叫んではいたものの、雰囲気に流され、気付いたら僕も缶チューハイを手にしていた。

15歳、初めての飲酒。法律を侵す背徳感と緊張で鼓動が速くなる。さっきのドキドキ感とはまったく別物だ。

みちるちゃんも不安そうな顔でチューハイを飲んでいる。

しばらくすると、3年生の先輩たちは慣れた様子で2本目にビールを開けたりしている。

少しずつだが、体が熱くなり「酔う」感覚が分かってきたような気がする。

僕はさっそく1本目を飲み終わる。それを見た先輩が言う。

「ライトいいね!再来年、幹事任せられる飲みっぷりだわ!」そして2本目に渡されたビールを飲み込む。

苦い。父や祖父もこんな不味いものが何故好きなんだろうか。そんなことを考えながら飲んでいた。

みちるちゃんはまだ不安そうな顔で僕を見ている。理性を失いかけている僕はみちるちゃんに近づき、耳元で言う。

「ねぇ、前LINEで言ってた、イくところ今から見ない?」

みちるちゃんは驚いた表情で「え?今?」と僕に言う。

みちるちゃんの酒はなかなか進まない。よく見たら、アルコール度数が7%と強めのチューハイだ。

「みんな酔い始めてて気付かないよ。トイレに行こう。」僕はそう誘い、みちるちゃんの手を引いて男女共用トイレに連れて行った。

思えば初めてみちるちゃんの手を握った。これも全て酒の力か。そう考えると少し悲しくなるが、

少し汗ばんだ手の感触をしっかりと覚えている。

「きょ、今日は見るだけだよ?」みちるちゃんは声を震わせながらトイレの床にしゃがみこむ。

僕はズボンのベルトを外し、パンツも下ろす。僕の僕が露になる。

「大きいね・・・。」みちるちゃんはそう言うと呼吸が荒くなる。興奮してるのだろうか。

僕もまた、みちるちゃんの妄想で何度も果てた時を思い出しながら、ついに現実になったのだと実感しながら

今までにないような興奮を覚える。

最大限に上向きになった僕の僕をシゴき出そうとしたその時だった、しゃがんでいたみちるちゃんが横に倒れた。

何やら苦しそうにしている。僕は、この状況がただ事ではないことを瞬時に理解する。

そしてすぐさま救急車を呼ぶ。もちろんこれで、僕らの未成年飲酒はバレて先輩共々、停学または最悪退学処分かもしれない。

部活は廃部になるだろう。

だけど一刻を争う状態だ。みちるちゃんを助けたい。守りたい。救急車のサイレンが近くなるまで僕はずっと祈った。

公園に救急車が来た。担架に乗せられていくみちるちゃん。

救急隊員のおじさんが「話はあとでゆっくり聞かせてもらおう。」と言い残し、救急車は病院へと去っていった。

おじさんのギロリと睨むような瞳が脳裏から離れない。

一部始終を遠くから見ていた部員たちが僕のほうに駆け寄ってくる。

「何があったんだ?」口々にみんなが言う。僕は重い口を開く。

「実は、みちるちゃんが倒れて・・・。救急車を呼びました。」空気が一瞬凍った。それからガヤガヤとみんな騒ぎ立てる。

一斉に喋るから何を言っているのか聞き取れないが、どうせ自分を守るためのことしか言ってなかったと思う。

誰もみちるちゃんの心配をしてないんだ。先輩を立てて自分だけいい子に見られようとしてるんだ。

僕は心底失望した。ちょうどその時だ。パトカーが来た。僕らは補導され、学校・家全てに連絡が行った。

あっという間の出来事だった。ずっとうわの空のような感じだったけど。

親には酷く叱られ、小学生ぶりに父に殴られた。

みちるちゃんは急性アルコール中毒で一時的に意識を失っていたそうだ。無事助かり、すぐに退院したようで安心した。

そして僕らの処分が決まった。停学だ。夏休み中も学校に通い、自習室で勉強をさせられる日々が続いた。


 9月も下旬になる頃、僕らの謹慎は解かれた。しかし、あらぬ噂が流されていた。

僕がトイレでみちるちゃんが倒れたのを発見したという不可解さから、僕がみちるちゃんをレイプしようとしたんじゃないか

という話が広まった。

「オタクっぽい部活の奴らがやることやってんね~。」「お前酒持ってないだろうな?リュック開けろよ。」

などとクラスの男子からからかわれるようになった。

移動教室の時間、みちるちゃんとすれ違った。僕は声をかけようとしたが、すぐさま目をそらしてみちるちゃんは

走り去ってしまった。無理もない。謝罪のLINEメッセージも既読はついてない。あの日のことは忘れてしまいたいんだろう。

僕は、男友達とも距離を置くようになった。学校生活を送りづらくなり、退学を決意する。

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