第105話 トカゲの化け物
その時、シュトラール王都エレミアでは異常事態が発生していた。十メートルの高さはある化け物が、咆哮を上げながら建物の間を押し縫って暴れていたのだ。レガンの背に乗って上空から様子を見ることにしたエレナとノームは唖然とする。ソレの咆哮はやまびこのように国中に響き、シュトラールを恐怖のどん底へと誘っていた。
「なに、あれ……」
それは血のように真っ赤な巨大トカゲであった。体表が熱いのか、蒸気が上がっているのが見える。そんな化け物が悲鳴を上げながら逃げるシュトラールの民達を次々と丸のみにしているのだ。ノームはすぐに我に返り、化け物の背に飛び乗って剣を突き刺そうとした。しかしその前にエレナが止める。真っ赤な体、琥珀色の瞳。そしてどこか苦しそうに発狂しているようにも見えるその不自然な様子からエレナはあることに気づいた。……いや、気づいてしまったのだ。
「まさかあれ、
「なに!?」
「ノーム、とりあえず降りよう!」
化け物から数メートル離れた地点に降りるエレナとノーム。ノームの方はすぐに上空へ逃げることができるように構えてはいた。一方エレナは迫りくる化け物をただ一心に見つめる。──化け物と、目が合った。その琥珀色の目玉にエレナとノームの姿が映る。化け物の巨体が動きを止めた。エレナ達に反応したのだ。
「さら、まんだー?」
「────、」
エレナの声に化け物は後ずさる。それを見たエレナは彼がサラマンダー本人であることを確信した。変わり果てた彼の姿に動揺を隠せない。
「サラマンダー、どうしてそんな姿に……! べ、ベルフェゴールのせいなんだよね!? 待ってて! すぐに私達が元に戻してあげるから!」
「おやおや聞き捨てなりませんねぇ。サラマンダーがあの姿になったのは彼の意思ですよ」
「!!」
グリフォンのレガンが突然何者かに威嚇する。その先にいたのはベルフェゴール、そしてレブンとトゥエルであった。ついに現れた彼らにノームが剣を構え、歯を剥き出しにする。
「貴様らぁ!! サラマンダーに何をしたっ!!」
「サテイにはベルフェゴールが所持していた聖遺物を与えてやっただけだよ。それを使って人間達の生命力を集めさせているんだ。そうでもしないと、既に心臓を食い散らかされた僕とレブンは死んでしまうからね」
「っ、それは、ウロボロスにってこと……?」
エレナの問いかけに双子は両眉を顰めた。
「──誰かに僕達の事情を聞いたようだね。まぁいいけれど」
「そうだ女! 俺達はベルフェゴールの呪いのおかげで今かろうじて生きている状態だ。サテイには一刻も早く聖遺物──『ザグレスの心臓』に捧げる生け贄を集めさせなければならねぇ。こいつ自身だって罪を償いたがってるしなぁ! それでもお前らは俺達に止めろというのか! それが俺達の死を表すことだとしても!」
「そ、それは……っ、」
エレナが言葉に詰まる。つまり彼らを止めることは彼らに「死んでくれ」と言っているようなもの。それに気が付いて、戸惑ってしまったのだ。ノームがそんなエレナの迷いを吹き飛ばすかのように声を張り上げた。
「だとしてもお前らがやっている行為は我がシュトラールの民を犠牲にし、そのサラマンダーを苦しめていることに変わりない。余はなんとしてもお前達を止める。それが余の、王太子として、兄としての使命だからだ!」
「ノーム、」
「エレナ。お前は下がっていろ。あいつらの相手は余がする」
「…………!」
エレナは唇を噛み締める。こんな時、何も力を持たない自分を恨むしかなかった。するとレブンとトゥエルがサラマンダーの頭部に飛び乗り、ノームを煽るかのように口角を上げる。
「はっ、面白ぇ。来いよ“兄上”! この
「……尤も、他の事に気を取られなかったら、の話だけど。いいの? 君の恋人から目を離して」
「っ!?」
ハッとしたノームがエレナに振り向いた。エレナの背後にはいつの間にかベルフェゴールが怪しく微笑んでいる。そしてエレナに手を伸ばした。しまった、とノームはすぐにエレナに叫ぶ。しかし、それでは間に合わない──!
「エレナぁっ! 後ろだっ!!」
「……え、」
──が。
エレナの体にベルフェゴールの手が触れることはなかった。ベルフェゴールの腕に巻き付く、“闇”。エレナが目の前に現れた大きな影の名を呼ぶ。
「──パパ!」
「っ、おやおや、あと少しだったんですが……」
「我の娘に触れるな、悪魔」
ベルフェゴールはエレナに触れる前に現れた魔王に舌打ちをした。しかし次の瞬間、ニタリと不気味な笑みを浮かべる。そこでノームは以前彼と戦った時の事を思い出した。……と、同時に魔王がベルフェゴールの腕を
「魔王殿!! そいつに触れてはいけない! そいつに触れては幻覚を見てしまう!」
「っ!?」
「ようこそ、怠惰へぇ──!」
一歩遅かった。ベルフェゴールが魔王の巨体を思いきり抱き締める。魔王の闇がすぐにベルフェゴールを離そうとするが、ベルフェゴールはしっかりとしがみ付いて魔王から離れなかった。十数秒後、ようやく闇がベルフェゴールを引きはがすことに成功したが、おそらくそれはベルフェゴールが満足したからだ。魔王が膝を崩す。エレナは慌てて魔王に駆け寄った。それを見ていたノームは去っていくサラマンダーと魔王を交互に見て──魔王の方へ駆け寄ろうとする。それをエレナが止めた。
「ノーム! 貴方はサラマンダーの方へ! パパとベルフェゴールは任せて!」
「し、しかし……っ」
「大丈夫、パパは幻覚なんかに負けない! だから早くサラマンダーを止めてあげて! サラマンダーに、シュトラールの民を襲わせるなんて酷いことを、させないためにも!」
「!!」
ノームは選択を迫られる。だがエレナの強い瞳を見て、拳を握り締めるとサラマンダーの方へつま先を向ける。精一杯のエレナと魔王への信頼を示して、背中を向けた。そんな後ろ姿にエレナは「サラマンダーをお願いね」と呟く。
ノームの背中をほんの一瞬見送ったエレナはすぐに膝をついている魔王の顔を覗き込んだ。今の魔王の瞳にはいつもの赤い輝きが見えない。ノームの言う通り幻覚を見ているのか、頭を抱え酷く苦しそうに唸っていた。何度も声をかけるがどうやら魔王にはその声は届いていないらしい。
(パパ、苦しそう……一体どんな幻覚を見ているというの……!?)
「──ふふ、今回は十分に呪いをかけてあげることができましたね。流石の魔族の王も、私の“
「“
ベルフェゴールは魔王を憐れむかのように、はたまた自分を慰めるかのように己の体を抱き震えた。そうして彼が語るのは今魔王の精神を侵し続けている彼の悪魔として力、いや──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます