第83話 共に生きる為の道筋


 部屋の外が騒がしい。リリィをサラから守る為に魔族達が慌てて準備をしているようだ。あと二時間ほどでサラが宣告した時間になる。エレナはリリィから受けた傷の治療もあって安静にしていなさいと私室に追いやられた。ちなみにノームとサラマンダーもリリィを守ると言ってくれたのだが、テネブリスの事情に巻き込みたくなかったので帰ってもらった。勿論二人とも納得はしていないようだったが「これはテネブリスで解決しないといけないことだから」とエレナが言い張って二人をどうにかシュトラールへ帰したのだ。


 そして城中がサラの襲撃に備えている中、エレナは必死に本を読み漁っていた。その内容は聖遺物や神話学についてのものだ。もしサラの言う通りにリリィの魔力回路が暴走してしまった時、それを食い止める為のヒントがどこかに眠ってはしないかと縋ったのだ。しかし書物に書いてあるのはそのほとんどが神の統合ラグナロクと、絶対神デウスの偉大さを謳う「四勇聖伝」についての事柄のみである。


(私はリリィとこれからの未来を生きていきたい。でも、その想いだけだったらリリィを傷つけるだけだ……)

(何か方法を見つけなきゃ。リリィの暴走を止める手段を。じゃないと、私にはあの子といる資格がないし、あの子自身にも信用してもらえない……!)


 エレナは必死にページを捲るが、やはり手がかりは見つからないまま。このままでは約束の時間までに間に合うわけがない。かといってリリィを引き渡すわけにもいかない。エレナの表情に焦りが浮かぶ。


 ……と、その時だ。部屋の窓がノックされた。カーテンを開けて見れば、随分と小さくなったドリアードがいた。すぐに扉を開ける。


「ドリアードさん? 森から離れてどうしたの? もしかして、サラさんに動きが?」

「いや、サラは原っぱで大人しくしているよ。監視はアスモデウスに任せてきた。わざわざここに来たのはリリィのことだ。ふと気づいた事があってな」

「気づいた、こと?」

「あぁ。まずは聖遺物の魔力回路の暴走についてだ。聖遺物がサラが言っていた例のように暴走するのは十分にあり得る話だろう。魔力には意思があるというのは知っているな?」

「う、うん。だから魔法を使う時には呪文を唱えるんだよね。明確な命令をしないと、魔力はそれ通りに動いてくれないから」

「そうだ。そしてその魔力が突然深い眠りから起こされると、驚いて本来進むべきではない回路の道筋を進む場合があるのだ。その動きによって魔力回路は乱雑に絡み合い、次第に魔力の巡回が上手くいかなくなる。故に必要以上の魔力が出力されてしまう……。これがおそらく暴走の仕組みだ」

「えっと、要は聖遺物が長年眠っていたせいで魔力の巡回が上手くいかなくなって暴走することがあるってことだね」

「あぁ。それを踏まえて思い出したのだ。リリィはエレナの治癒魔法を受けて心地よさそうにしていたな?」


 エレナは眉を顰める。ドリアードの言いたいことがまだ理解できなかったのだ。ドリアードは言葉を続けた。


「思い出すんだ。治癒魔法には魔力回路を、強化する効果もある。リリィは複数の属性の魔力回路を持っているので、通常の聖遺物より複雑に回路が絡まっているのだからその効果の恩恵を顕著に受けやすいのではないだろうか」

「っ! つまり私が治癒魔法でリリィの魔力回路を整えてあげれば、魔力も巡回しやすくなってリリィが暴走することもなくなるってことか!」

「そう。それどころかエレナの魔力で巡回を導いてあげるならばリリィの魔力が驚いて外れた道順を進むこともなくなるさ。意外に簡単な話だったんだエレナ。お前はリリィとこれからも共に生きていいのだぞ。むしろお前が傍にいてあげないといけなかったんだ。お前こそ、リリィの暴走を止める力が持っているのだから──!!」

「……っ!!」


 エレナは深い息を吐きながら、その場でへたり込む。ポロポロと涙が溢れ、震える腕でドリアードを抱きしめた。ありがとうありがとうと何度も頬ずりする。ドリアードはそんなエレナに愛しそうに微笑んだ。


「さぁエレナ、ひとまずは魔王殿に今の話をしよう。そしてサラにもその話をするんだ。胸をはって、“リリィの傍には自分がいるから心配するな”と言ってやれ!」

「うん!」


 エレナは部屋を飛び出した。そして中庭で武器の確認をしている魔王にリリィの暴走を食い止める鍵が自分にあったことを話したのだ。魔王は腕を組んで考える。


「──しかしエレナ。神の魔力回路を操るとなると、今までとは比べ物にならない魔力量が必要になるのではないか。それだけお前の負担が増えるということだ。しかもリリィの暴走は一度だけとは限らない。定期的に起こる可能性もある。その度にお前が無茶をするということだろう」

「何言ってるのパパ! 例え無茶をすることになったとしても、リリィと一緒にいることができるなら私は喜んで無茶をするよ」


 悩むまでもないと言いたげなエレナに魔王は彼女の頭を優しく撫でた。


「ならば。もしリリィが暴走したとしてお前が治癒魔法をリリィにかけるとする。その間、リリィを取り押さえる役割はわたしが引き受けよう。優しいあの子が誰も傷つけないように。……父親として、我もあの子の為に何かしてあげたいのだ」

「……うん。それがだもんね!」


 そんな魔王とエレナをアムドゥキアスが安堵を含んだ笑みで見守る。


 ──しかし、その時だ。


「──なに!?」


 エレナの身体が飛び跳ねる。いや、地面に跳ねさせられたというべきか。それほどの振動が城中に伝わったのだ。そしてエレナの傍らにいたドリアードが突然苦しみだす。どうしたのかと尋ねれば──


「森で、何かが起こっている!!」


 エレナはすぐに森がある方向へ顔を向けた。城門の向こう側で、炎特有の朱色の光が蠢いているのが分かった。同時にリリスが魔王の下へ走ってくる。


「陛下! 大変ですわ! リリィ様が、リリィ様が──部屋にいらっしゃいません!!」

「!?」


 その時、エレナはリリィの居場所を一瞬で理解した。そして魔王と共に城を飛び出したのだった……。

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