第81話 聖遺物ハンター


「──エレナ!!」


 リリィがエレナを見つけるなり、花のような笑みを浮かべる。エレナはそんな愛らしい弟に微笑み返した。そしてこちらへ駆け寄ってくる彼を抱きしめようと両手を広げる。


 ──だが。


 エレナの頬に、突風が当たった。エレナは何事かと横を見るがそこにいるはずのサラがいなかった。一瞬、頭が真っ白になる。そしてドゴォッッ!! と正面から鈍い音が響き──


「サラ、さん……?」


 サラはたった今リリィが立っていた地面に、大槌のロイをめり込ませていた。エレナの喉にひゅっと空気が通る。一瞬で体温が下がったような感覚。しかしリリィの小さな身体が大槌に潰されているわけではなかった。異変に気付いたノームがリリィの腕を引いてくれていたのだ。そして同じくサラの敵意に気づいたサラマンダーがリリィとノームを背に隠す。


「おい、女。今、このちんちくりんに何をしようとした……っ!」

「あ? 見りゃ分かるだろうだよ。そのガキを寄越せ。そいつはオレの獲物だ」


 サラがリリィを鼻息を荒げて睨みつける。サラマンダーが拳に炎を滲ませながら、エレナに視線を移した。


「エレナ、この女は誰だよ」

「そ、そこで知り合ったひとだよ! さ、サラさんっ! どうして急にその子を襲ったんですか!? リリィは私の大切な弟です!!」

「!」


 サラはエレナの言葉にピクリと反応する。そしてノームの腕の中で怯えているリリィに舌打ちをした。ロイを一旦地面に下ろし、ため息を溢す。


「……あぁ、お前の弟ってこいつだったのか。ならわりぃな、エレナよぉ。オレ、


 サラの言葉をエレナは理解できない。先程まであんなに陽気に話しかけてくれた彼女の殺意に動揺を隠せなかった。「どうして、」とそれしか言葉が出てこない。ルーがエレナの足元から走り出して、リリィに背を向け、サラを威嚇する。そのルーの行動にようやくハッとなったエレナもすぐにリリィの下へ向かった。ノームがエレナにリリィを渡すと、サラマンダーと並んでサラと対面する。リリィは真っ青な顔でエレナに抱き付いた。……ふるふると身体を震わせながら。


「え、エレナ、リリィ、リリィ、……あの人、怖いよ、」

「大丈夫、大丈夫だよ。リリィは私達が守ってあげるから……だい、じょうぶ……だから、」


 エレナはそう言うものの、自分の心臓が未だに暴れていることを感じていた。失ってしまったと思った。この腕の中にいる大切な弟を。ノームとサラマンダーがいなかったら、今頃リリィは……。エレナはぎゅっとリリィを抱きしめる。


「サラさん!! どうして、どうして貴女はリリィを殺さないといけないの? リリィはただの男の子だよ! リリィが貴女に何かしたの!?」

「……いんや。オレは何もされてねぇよ。でもそいつはこれから何かをする可能性があるだろ。エレナ、嘘を言うな。そいつはただのガキなんかじゃねぇ。お前だって心当たりがあるんだろう」

「っ、そ、それは……」


 ふと、エレナの脳裏に大広間で暴れたリリィの姿が思い浮かんだ。他にも風だけではなく様々な魔法属性を持っていたり、性別を変えるなんていう治癒魔法以上の奇跡を難なくやってのけたリリィの異常さにも実はエレナは気付いていたのだ。敢えて知らないフリをしていたというのに。サラは大槌を肩に乗せた。


「さっき、話の途中だったな。オレはこの相棒と共に聖遺物ハンターとしてこの大陸中の聖遺物を破壊するために旅している。この大槌ロイは同じ神の気配を辿って散らばった聖遺物がどこに在るのかなんとなく分かるんだ。それでそのロイが今、こう叫んでいる。──そのピンクのガキが、聖遺物ソレだと。しかもただの聖遺物じゃねぇ。今まで破壊してきた奴らとはため込んでいる魔力量が桁違いだとな」


 「故に、」とサラは大槌を振りかぶりながら、高く跳んだ。そして原っぱの中心に再度大槌を打ち付ける。大森林全体が揺れ、鳥の魔物達が一斉に逃げ出していった。エレナはリリィを抱きしめながら尻餅をつく。立つことが困難なほどの地震。騒ぎをききつけたドリアードがエレナの背後に現れた。


「エレナ! 大丈夫か? すぐに騒ぎをききつけた魔王殿が来るはずだ。我の後ろにいろ!」

「ど、ドリアードさん……!」


 するとそこで、ノームが地面に触れて呪文を唱える。サラの周囲から数本の土の腕が生え、サラを叩き潰そうとした。サラは軽々とその腕らを大槌で吹っ飛ばす。その際の土埃を利用して、サラマンダーがサラへ突進していった。足に強化魔法でもかけたのか、凄い速さだ。まさに一瞬の出来事。サラマンダーがサラの顔面に向けて己の炎の拳を食いこませようとする。しかしサラはそれを予想していたかのように先にサラマンダーの腹に大槌を打ち込んだのだ。


「っ、がぁっ!!」


 サラマンダーの身体が一瞬の沈黙の後に直線を描くように吹き飛ぶ。彼はそのまま木を薙ぎ倒し、森の中へと消えていった。ノームが吹き飛ばされた弟の名を叫ぶ。


「わりぃな。このロイが勝手に動いてくれるもんで、オレは常人以上の速さにもついていけるんだわ。さて、次はそこの茶髪野郎だな。人間で魔法が使えるってことはあいつもお前も勇者か。流石噂の魔族姫だなエレナ。お前、勇者を二人も侍らせてるのかよ!」

「さ、サラさん……やめて、やめてよ! リリィは確かにサラさんの言う通り普通じゃないのかもしれない! でも、それだけで破壊するなんてあんまりだ! どんな存在にだって生きる権利がある! リリィは私達テネブリスと一緒に未来を生きていくんだから!」

「え、エレナ……」


 エレナは必死に声を張り上げる。サラはそんなエレナに頭をがしがし掻くと──苛立ちを隠せないといった表情を浮かべた。


「じゃあエレナ、一つお前に聞くけどよ」

「!」

「──お前、本当にそのリリィと一緒に生きる覚悟はあるのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る