第49話 君を想う


 夕方、エレナの誕生日祭によって城中の従者達が大広間に集まった。大広間は誕生祭開始直後から炎属性のエルフ達による火炎ショーやハーピー達の合唱など、様々な出し物で盛り上がっている。エレナはその中心の席で魔王と並んでアドラメルクお手製のジャッカロープの丸焼きを味わっていた。味付けはゴブリブスというゴブリンの鼻くそに非常に類似している豆を煮たスープだ。エレナの大好物だった。


「うーん! やっぱりドワーフさん達の料理は最高! おかわり!!」

「あいよ! ちょっと待ってなお嬢!」

「エレナ様、こちらの大蜘蛛綿菓子も非常に美味でございます。はい、あーんっ」

「あーん」


 エレナはアムドゥキアスからもらった綿菓子を口いっぱいに含んで、その甘みを舌に滲ませる。アムドゥキアスはぽっと頬を赤く染めて「エレナ様にあーんしちゃった! きゃっ!」と喜んでいた。とてもテネブリス国王右補佐官とは思えない彼の表情に周りのゴブリンは若干引いている。

 ……すると、そこでハーピー達の音楽がピタリと止んだ。何があったのかとエレナが首を傾げれば、魔王が立ち上がる。そしてエレナに膝をついて、その手を取った。


「──エレナ、わたしとダンスを踊ってくれないか」

「!? え、パパ踊れるの!?」

「あぁ。練習したのだ。お前と踊りたかったからな」

「魔王様、ノーム王子とエレナ様が踊ったことを未だに引きずってたんですね!」


 マモンが容赦なくそう言い放つと、その言葉は魔王の身体にグサリと刺さる。しかし魔王は何事もなかったかのように「エレナ、わたしとダンスを踊ってくれないか」と言い直してみせた。若干声が震えてはいたが。エレナはクスクス笑うと、その手を握る。


「えぇ、喜んで」


 そんなエレナの言葉と同時にハーピー達の美しい歌声が再び大広間に響いた。エレナは魔王と寄り添い合い、その歌声に合わせてステップを踏む。


(──幸せ、だなぁ)


 大切な家族に囲まれ、大好物も満腹になるまで食べ、大好きな父と踊る今日という素敵な日。エレナはその日をじっくり味わいながら、そう感じた。


 ……しかし。


 どうして、自分の心はほんの少しだけ傷ついているのだろう。寂しいと思ってしまうのだろう。何かが足りない。その何かを、エレナは踊りながら探してしまう。実は、この大広間のどこかに、がいるんじゃないかと。勿論大広間にはエレナの望んでいる人はいなかった。エレナは強引に脳内をかき乱して、ダンスに集中することにした──。




***




「おやすみなさい、エレナ様」

「おやすみ、リリスさん」


 テネブリス城には「エレナにおやすみを言う係」が存在する。日替わりで担当を決めなければ多くの魔族達が寝る前のエレナの部屋に駆け込むことになるからである。今日の担当はサキュバスであるリリスだった。しかし、リリスはおやすみを言ったというのに部屋から出て行こうとしない。エレナは首を傾げる。


「リリスさん?」

「エレナ様。貴女、

「!」


 エレナはぱちくりと目を丸くすると、半身を起こして眉を下げた。


「……もしかして、私がずっとノームを探しているの分かりやすかった?」

「いいえ。きっと気づいたのは私だけよ。こういう事に関してサキュバスは鋭いんだから。……最近会っていないそうね、彼と」


 そう、リリスの言う通りだ。枢機卿を治癒してからもう一月が経つが、その間エレナはノームと会えていなかった。ペルセネ王妃が亡くなった時のようにノームがパッタリとテネブリスに来なくなったのだ。だからこそ、エレナはバンシーにお願いしてノームに誕生祭の招待状を送った。そうすれば彼がテネブリスに来てくれると、そう信じて。


 ──だが、ノームはエレナの誕生祭に来なかった。


 彼の身に何か起こったのかもしれない。だが、それを確認する勇気がエレナにはなかった。怖くなったのだ。もしかしたら彼に恋人でもできてしまったのではないか。自分の事を嫌いになってしまったのではないのか。考えれば考えるほど、どんどんマイナス思考へ陥る。


「私、自分がこんなに臆病だとは思わなかったよ」


 エレナの脳裏では、彼と冥界を下ったことやパーティで踊ったこと、枢機卿を治癒した際に支えてもらったこと……様々な記憶が溢れていく。それを思い出している時は胸が温かくなるけれど、またすぐに彼が隣にいないことに気づいて虚しくなる。

 エレナは自分の理解不能な変化に思わず涙が零れた。理由は分からないのにどうしようもなく泣きたくなる。そういう感情をポロポロ吐き出していくと、リリスがエレナを抱きしめた。赤ん坊を宥めるような優しい声でリリスは言葉を紡ぐ。


「──エレナ様。その気持ちこそが『』ってことなのよ。貴女は間違いなくノーム王子に恋をしているのだと思うわ」

「私が、ノームを、好き?」

「貴女自身、本当は気付いているんでしょう?」


 リリスは頬に伝うエレナの涙を細い指で掬った。そしてそのままエレナの額にキスをすると部屋を出ていく。

 静かになった部屋。チラリと窓から顔を覗かせる月。ドクンドクンと踊る心臓。エレナはぼぅっとリリスの言葉を脳内で反芻していた。ルーがそんなエレナを心配そうに見上げている。


(好きとか、恋とかはよく分からない。そんなの、ウィン様にも抱いたことのない感情だもの)


 だけど、一つだけ確かなこと。エレナはルーを抱きしめて、目をきゅっと瞑った。


「──会いたくて会いたくてたまらないよ、ノーム……。貴方に会えない時間が、こんなに恐ろしいものだなんて知らなかった……っ、」


 こんなの自分らしくない。エレナ自身がそれを一番分かっていた。


「きゅ! きゅきゅきゅ!」


 ルーが鼻でシュトラールの方向を指し、アピールする。エレナは「そうだね」と涙を拭いた。


「明日、ノームに会いに行ってみよう。パパに許してもらえたらだけどね」

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