第32話 冥界の入り口

 死者の国ネクロポリス一帯では不気味な曇り空が常に広がっていた。辺りはうっすら霧がかかっており、地面は乾いている。死者の国というだけあって、あちこちに誰の者かも分からない墓地が点在していた。怖がりのレイが翼で身体を覆いながら、エレナの後ろをついてくる。


「ぎゃう……」

「もう、レイの方が身体大きいのに怖がりなんて変なの!」

「エレナ、あまりズンズン先を急ぐな。ここはアンデッドやスケルトンの生息地なのだろう?」

「でも周りに何もいないよ? ノームは心配しすぎだよ──あいてっ!」


 エレナがそう揶揄おうとした時だ。何かに躓いた。ノームがすぐにエレナの身体を支える。男性特有の力強さにエレナは一瞬だけ心臓が昂った。


「こういうことになるから気を付けろと言ってるんだ、まったく」

「な、何よ。ノームだってさっきまで泣いてたくせに! それに私はただ手に躓いただけだもん。……、……。……ん? 手?」


 エレナは嫌な予感がした。恐る恐る自分の足元を見る。そこには──生気のない色をした人間の手が生えているではないか! 手はエレナに蹴られたことでピクリと反応する。そしてぐぐっと地面を押し出し、己の身体を地面から引き上げた。エレナは思わずノームに抱き付く。


「あ、ああ、あ、あああアンデッドだぁあああああ!!」


 気付けば数人のアンデッドがエレナ達を囲んでいた。レイがパニックを起こし、その場で硬直してしまう。エレナとノームはそんなレイを背に、剣を構えた。アンデッド達がゆったりとした動きでこちらに近づいてくる。


「エレナ! どうする!? 戦うか!?」

「土地を荒らしたのは私達の方だからあんまり戦いたくないけど、レイがこれじゃあ逃げられそうに……あっ」


 エレナはふと何かを思い出したようにポケットを漁った。そこから巾着袋を取り出すと手の平に小さな何かを転がす。その正体は種だ。


「エレナ、それは?」

「へへ。樹人エントさんの種だよ! さっきテネブリスを出るときにドリアードさんがくれたの! 何かあったらこれに頼りなさいってね。この種に私の魔力を一気に含ませて……咲けブルム!」


 エレナがそう叫ぶなり、種を地面に投げつける。するとみるみる種から苗が生え、三人の立派な樹人に進化していくではないか。エレナは一瞬立ちくらみを起こしたが、なんとか踏みとどまる。少し前の彼女であればきっと今の魔力消費で気を失ってしまっていただろう。こんな場面でありながらも、半年の修行の成果を実感したエレナは自分を誇りに思った。


「樹人さん! レイを連れてきて!」

「──!!」


 エレナによって作り出された樹人達は頷いて、怯えるレイを持ち上げる。そしてエレナ、ノームに続き走り出した。ルーがエレナの肩から飛び出して先頭を駆ける。エレナ達はルーの宝石の輝きを目印に前に進んだ。

 十数分、ひたすらにアンデッドやスケルトンから逃げたエレナ達がたどり着いたのは高さ五メートルはある大きな墓だ。墓は丘に埋まっており、その周りには数えきれないほどの頭蓋骨が飾られている。その全てがエレナ達を睨んでいるような不気味さがあった。墓には人一人分の入り口があり、そこから冷気が漂っている。エレナとノームは顔を見合わせた。


「なぁ、エレナ。もしかしてここは、」

「うん。ここが冥界の入り口みたい。ほら、本にも載ってる! 沢山の骸骨が周りに埋まってるって書いてあるし……ほら見て! ここの壁に文字が書いてある! 本に書いてある通りの文字! えっと、見たこともない古代文字のようだけど、これは『どんなに絶望しようとも、ひたすらに前に進むべし。さすれば冥界の主の謁見は許される』って書いてあるらしいよ」

「なんだそれは?」

「分かんない。それしか本には書いてないの。本を書いた人も流石に冥界に行く勇気まではなかったみたい。それにしてもレイと樹人さんはここでお留守番だね。この入り口に入らないもん」

「ぎゃうううう……」


 怯えるレイを樹人達が慰める。ノームは剣の感触を改めて確かめながら、先に入り口へ足を踏み入れた。


「一つ気付いたんだが、エレナ。お前、実は剣を握ったことないな?」

「え、ば、バレた?」

「さっきの構え方でバレバレだ。そんなんでよくこんな恐ろしい所に来ようと思ったな」

「だ、大丈夫だよノーム。樹人さんの種はまだあるし、何かあったら引き返せばいいんだから! ね?」


 ──と、エレナがそう言いながらノームを追って墓の中へ一歩踏み出した時だ。


 突然地面が揺れる。あまりの揺れに思わずその場で尻もちをついたエレナが見たものは、現れた壁ですっかり塞がってしまった出口だった。ノームがそっとエレナに手を差し伸べる。


「──で、何かあったら、なんだって?」

「…………、」


 エレナは正直、ほんの少しだけこのネクロポリスに来た事を後悔したのであった……。

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