第6話 期間限定の監禁生活
世界というものは、ひとりの個人が覆せるものではない。
ましてや、アタシ――
ストーカー行為が蔓延した、この狂った世界をアタシひとりで変えることはできない。
なので、アタシはとりあえずこの世界に順応してみることにした。
ゴールデンウィーク。
今年、アタシと彼氏の
その間、アタシは期間限定で自分を監禁していいと水上に告げた。
まあ、外に出られないお泊り会みたいなもんだろう、とアタシはたかをくくっていた。
水上の家には、水上本人と祖母しか住んでいないという。
両親はどうしたの、と訊ねると、
「二人とも、海外にいるんだ。仕事の都合で。別に事故で亡くしたとかじゃないから安心して」
と冗談めかして笑っていた。いや、笑えん。
「両親についていかなかったの?」
「ばあちゃんを置いてひとりにはさせたくなかったから」
水上は自宅の玄関のドアを開けた。
「ばあちゃん、ただいま」
「あら、お帰り、錦。お友達?」
水上の祖母はアタシを見てしわくちゃの顔で微笑みかける。アタシはペコリとお辞儀をした。
「前にばあちゃんに話したよね、俺の彼女」
「あらあらあら、恋人なの? ささ、上がってちょうだいな」
水上の祖母はニコニコしながらアタシを家に上げてくれた。
「ちょうどお茶を飲んでいたのよ。あなた達の分もどうぞ」
おばあさんは湯呑を持ってきて急須でお茶を注ぐ。結構年齢がいってそうなわりにはヨタヨタしていない、しっかりとした足取りだ。手も震えていない。
「あのね、ばあちゃん! 今日から俺、この子を監禁するんだ!」
水上は元気よくとんでもない発言をする。
「あらまあ、買い物は私が行ったほうがいいかしら?」
「大丈夫! 楓は逃げないから!」
……やはり、この世界ではストーカーのすることは許されるらしい。
「あっ、アタシ松崎楓って言います」
自己紹介を忘れていたことを思い出し、慌てて挨拶をする。
「あら、ご丁寧にどうも。錦の祖母でございます」
おばあさんは、深々と頭を下げる。
「錦、この子に乱暴しちゃいけませんよ」
「するわけないでしょ、俺の大切な運命なんだから」
そう言って、水上は私の腰を手で引いて抱き寄せる。
「ほら、楓。お茶飲み終わったら俺の部屋行こう」
水上に急かされ、お茶を飲み干したアタシは、おばあさんに一礼すると、水上に連れられて二階へ続く階段を昇った。
――ここが水上の部屋か。
手錠がつけやすそうな、おあつらえ向きの柵のついたベッド。壁一面にアタシの隠し撮り写真が貼られている。その写真に一緒に写っていた男らしきものはすべてマジックインキで塗りつぶされていた。
あまりにストーカーの部屋としてテンプレ過ぎて、思わず笑い出しそうになる。
「どしたの? お腹痛いの?」
「いや……大丈夫……」
お腹を押さえて笑いをこらえて、冷静に壁の写真を眺める。
「なにこれ、全然
背後から撮ったのであろうアタシの後ろ姿なんて見ても面白くないし、正面から撮ったものもブレてたり顔がちゃんと写っていない。
「実は胸ポケットのピンに隠しカメラを仕込んでみたんだけど、俺や楓が動くと全然上手く撮れないんだよね」
「いや、アタシに直接撮らせてって頼めばいいじゃん」
「……頼んだら、撮らせてくれる?」
「……何に使うかによる」
「やだなあ、壁を飾るだけだよ」
ははは、と笑う水上がわざとらしい。
「とりあえず、ベッドに座って」
言われたとおり水上が使っているのであろうベッドに座ると、水上が手錠を取り出す。
「……それ、使うの?」
アタシは最後の抵抗で壁際まで
「……ヤバ、ちょっとそそる……」
「変態」
「まあまあ、これオモチャの手錠だから、力入れて引っ張ればすぐ鎖がちぎれるようになってるよ。俺がなにか嫌なことしたらすぐ引きちぎっていいから」
手錠の鎖引きちぎるとかゴリラになった気分だな、と思っている間に、水上は素早い動きでアタシの手首とベッドの柵を手錠で繋いだ。
「そういえば、楓は親御さんに許可取った?」
「ゴールデンウィーク中はずっと友達の家に泊まるって言ってある」
紅葉に事情を話したらOKをもらえたので、紅葉の家に泊まっていることにしておいた。
私に何かあれば、紅葉がすべて喋ってくれるだろう。
「そのうち親御さんにも挨拶したいなあ」
「あー、アンタはパパと話が弾みそうだわ」
パパは未だにママの寝息を録音している、筋金入りの家庭内ストーカー(ドメスティック・ストーカー)である。ママも許容しているのだから恐ろしい話だ。
「それじゃ、監禁生活はじめましょー! 今日から七日間よろしく!」
「アンタ、そんなハイテンションでよくそんなとんでもない単語言えるわね……」
「?」
水上は笑顔のまま、言われた意味がわからない様子で首を傾げる。
――こうして、世界に毒された水上と、世界に順応しようとするアタシ、松崎楓の期間限定の監禁生活が始まるのであった。
〈続く〉
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