第16話 フレンド第1号は農民でした

 特殊クエストを終え南西の名もなき村に辿り着いた私は、とりあえずどんなクエストがあるのか確認するため、村の中を歩き回っていた。


 だが、どうやらただの農村のようで、2軒の民家と広い田んぼがあるのみだった。


 一通り歩き回ったが、民家の中と田んぼの世話をしているNPC以外に誰もいなかった。


 ローナで南にある村には何もないと噂には聞いていたが、まさか本当に何もないとは……。

 だが、何もなければ作る意味がない。

 見つけられてないだけで、何かあるのではないだろうか?


 私はもう一度、村の中を念入りに調べる。といっても、民家2軒など対して調べるところはない。片方の民家には、お婆さんが一人。そしてもう片方には、老人と呼ぶにはまだ早いくらいの、おじさんとおばさんが住んでいた。


 おじさんとおばさんのコンビは、家の中と外を行ったり来たりしている。話しかけると、「何もないただの農家だけど、ゆっくりしていってね」などと、ゲームでよくある台詞を返される。


 そしてお婆さんの方はと言うと、


「最近腰が痛くてねぇ」


 と、これしか言わず、それ以上進展がなかった。


 あとは、田んぼでもくもくと作業してる人が一人。


 よく見れば、他のNPCとは少し違う服装で、なによりも赤い髪に地面まで付きそうなポニーテールという、明らかに作り込みが違うデザインをしている。


「あの、お手伝いしましょうか?」


 邪魔しては悪いと思いつつも、田植えを進める赤毛のNPCさんに話しかける。


「あー、クエスト受けに来た人かな?」

「はい!」


 やっと見つけたクエストNPCに喜び、思わず勢いよく返事してしまった。


「じゃあ、こっち来て」


 田んぼから出てきて私の目の前に来れば、私よりも頭一つ分くらい背が高く、可愛いというよりも、美人という表現が似合うお姉さんだった。


 彼女に言われるがままに付いて行けば、そこはお婆さんが住む方の家。


 もしかしたら孫か何かで、この人を起点にクエストが進む仕掛けだろうか。


 彼女が先にお婆さんと話をする。その後、「どうぞ」と言われお婆さんに話しかけると、


「最近腰が痛くてねぇ。もしよかったら、外の田んぼの世話をしてくれないかい?」


 前の時と台詞が違う!?


「はい!」


「それじゃあ、こっち来て」


 返事を返すと、赤毛のお姉さんが私を誘導する。

 クエストが複雑で、それをアシストする用のNPCなのだろうか?


 先程の田んぼの方に戻れば、さっきは緑の苗が植えられていた土地が、今は田植え前の荒れ果てた土だけの状態となっていた。


「まずは土を耕すところから」

「な、なるほど。すごい本格的だ」


 渡された鍬を両手でしっかり握り頭上へと持ち上げ、


「ちょっと待って! 田起こしの前には肥料を撒いた方がいいんだ」


 そう言って赤毛のお姉さんが田んぼに、どこから取り出したのか肥料を撒いていく。


 元肥というやつだ。ちょっと前にやったゲームで、やたらリアルな米作り体験が出来るゲームがあったが、そこまで本格的にやる必要ある? って、思ってしまう。


 その後は田植えを行い、水温を見ながら田んぼに張る水の量を調整する。雑草抜きや害虫駆除をしながらひたすら日が経つのを待つのかと思ったが、ゲームの中であるためそこは都合よく短縮してくれた。


 豊かな稲穂が実れば収穫。その後は稲架掛けを行い、次に脱穀、籾摺りの過程を経て玄米が出来上がる。それを米搗き臼にて精米し、やっと普段食べている白米となる。


 お米作りは大変だ。

 ゲームの中だからまだいいが、リアルではとても進んでやりたいとは思わない。

 お米農家の人達に感謝しないとね。


「よし炊けた。はい、どうぞ」


 一から自分で作った白米を、赤毛のお姉さんが釜で炊いてくれた。

 

 今は始めのお婆さんの家に戻り、座布団に正座して大人しくお米が炊けるのを待っていた状態だ。


 私は目の前に置かれた一膳の白米と箸に手を伸ばす。


 ゲームの中とはいえ、これは自分で一から作り上げた米。そう思うと、いつも当たり前のように食べていた物なのに、なぜか思うように手が動かない。


「い、いただきます」


 手を合わせてから思い切って一口。


 あ、結構美味しい。

 お米の品種はよく分からないが、少なくともいつも食べているものと同じくらいに感じる。


「うん、まぁまぁかな」


 赤毛のお姉さんが食べて感想を述べる。


 何度もやって美味しく作れれば、どんどん評価が上がっていく的な感じだろうか?


「よくやってくれた」

 

 気が付けば、すぐ側にお婆さんが来ていた。


「いえ、それほどで――」

「これでお主も立派な農民じゃ!」


 私の言葉を遮り、お婆さんが急に声を張る。

 そして、一つのメッセージが目の前に現れた。


『農作業の全工程を終了。

  特殊クラス<農民>にクラスチェンジできます。

   クラスチェンジしますか?』 


 ……………………はっ! 

 

 思わず一瞬思考が停止していた。

 クラス『農民』って何!? って、一瞬好奇心に駆られたが、普通に考えて農業スキルばっかだったら戦闘の役に立たないので、迷わず「いいえ」と答える。


「えぇぇぇぇぇぇっ!」


 驚きの声は、お婆さんではなく、赤毛のお姉さんから上がった。


「なんで農民にクラスチェンジしないの!?」

「なんでって言われても、絶対戦闘で役に立たなそうじゃないですか!?」


「え、でもほら、美味しいお米作れるようになるよ?」

「別にゲームの中でお米作りたいと思ってないんですが……」


「冒険もいいけど、お米作りもね! って言うでしょ?」

「いいません」


「テストに出るよ?」

「農業高校じゃないです」


「就職に有利になるよ?」

「それもう農家行き決定してますよね。

 ――って、もう! しつこいNPCだなぁ!」


 延々と続く押し問答に、思わず文句が零れる。

 

 だが、その一言により、赤毛のお姉さんの口が止まった。表情もキョトンとした顔をしている。


「NPC?」

 

 しばらくして、赤毛のお姉さんが口を開くと同時に自分を指差す。


 私はそれに無言でコクコクと頷き返す。


「あっはっはっはっはっはっはッ!」


 今度はなぜか盛大に笑い出した。


 なんかヤバイぞこのNPC!


「あたしのことNPCだと思ったんだ! あたしはプレイヤーだよ」


「………へ?」

 

 今度は私がキョトンとした。


 たしかに、言われてみれば挙動があまりNPCっぽくなかったかもしれない。

 しかし、そうならそうと言って欲しい……いや、それはただの言い訳か。

 NPCとプレイヤーを間違えた事実に変わりはない。


 ならばやることは一つ。


 私は両手を上に伸ばす。そして、腰を視点に体を前に倒す。


「ドウモスミマセンデシタ」


「あっはっはっはっはっはっはッ!」


 また大笑いした。

 笑いの沸点低い人なのかも。


「ゲームの中で土下座する人初めて見た。あー、可笑しいぃ」


 赤毛のお姉さんは目に涙を浮かべて笑いながら、先ほどの白米を口の中に運ぶ。


 この状況でご飯食べるってどういうこと!?


「もぐもぐ。大丈夫、別に怒ってないよ」


「そ、それはよかった……」


 恐る恐る顔を上げれば、彼女はまたご飯を口の中に運ぶところだった。


 どんだけ食べるのこの人……。


「質問いいですか?」

「ん? そんな畏まらなくていいよ。あたしもこんな性格だからさ、気楽に話してよ、ゲームの中なんだしさ」  


 そう言われて私は、調子を戻すために一度軽く咳払いする。


「えっと、この村にはこれ以外のクエストってないの?」

 

 これというのは、もちろん農民クエストのことである。


「そうだね。あたしは結構ここにいるけど、これ以外のクエには出会ったことないね」


 やはりか。もうクエストがないなら、ここにいる意味はない。

 お婆さんのお手伝いが出来ただけでも良しとしよう。


「そうですか。それなら、私はもう行きますね」

「もう行っちゃうのか。って、まぁクエがないここにいても、普通の人はつまらないだけだよね」


 私は「はい」と小さく頷いて立ち上がる。


「あっ! なら、せめて友達登録しようよ」


 予想していないいきなりの誘いに、立ち去ろうと踏み出した足を元に戻す。


「君、面白いし」


 やはり断ろうか……?


「無駄に連絡したり絡んだりはしないから安心して」


 本当だろうか? どうでもいいメッセージとかすぐ飛んできそうなイメージなんだが。


 私の目の前に彼女からのフレンド登録申請が届く。


『サユカ=神楽坂 さんからフレンド申請が届きました。承認しますか?』

                       

 「はい」と答えると、フレンド登録が完了しましたというメッセージの後に、フレンド画面が開く。そこには、今しがた登録した彼女の名前と、その横には『オンライン』という、ログインの状況が書かれていた。


 フレンド登録するとその人の簡易ステータスを見ることが出来、とりあえず彼女のレベルとクラスを確認してみる。


 『Lv68 クラス:農民』


 やっぱ農民なのか……っていうか、レベル高っ!


「夜桜アンリちゃんね。これからよろしくね!」


 農民のサユカさんを念願のフレンド第一号に加えた後、彼女に別れを告げて私は名もなき小さな村を後にした。


 最後に、村からさらに南にある一本の木に寄ってみた。

 だが、天辺に烏が一羽いる以外は何の変哲もないただの木だった。


 これ以上南へは崖になっていて進むのは不可能であり、その一本の木以外は他に何も見当たらない。


「特に何もないか……」


 私は天辺の烏を見上げる。


 しばらく見ていたが、置物のごとくピクリとも動かない。


 やはり、ただのオブジェクトだろうか。


「カラスさん困ったことはありませんかー?」


 ゲームの中なのでもしかしたら喋るのでは? と思ったが、特に反応はない。


 ここで無駄に時間を過ごしてもしょうがないので、私は踵を返し来た道を戻ることにする。


 だが、数歩歩いたところで――


『我ガ声ガ聞こえるカ?』


 突如、謎の声が耳からではなく、直接脳内に響いたのだった――。

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