第十四章 鬼ごっこ

14-1 緋色

 次の日の朝。

 美邑は再び、鏡戸神社へと向かうことにした。


 目的は二つだ。


 一つ目は、御神鏡を間近で見て、なにかおかしなところはないか、探すこと。小一のときの「神隠し」に、なんらかの形であの鏡は関わっている――はずだ。それを、確かめなければならない。


 二つ目は、朱金丸か昊千代の、どちらかに会うこと。会って、彼らが知っている全てを聞き出す。



(とにかく……よく分かんないまま、なにもできずに、ただ鬼になんかなりたくないし。だったら……怖がってばかりいちゃ、駄目)



 モモの後押しを得てようやく、一歩前に進んだのだから。それを無駄にしたくない。


 まだ涼しい朝の空気を切りながら、自転車を漕ぐ。肺一杯に、ひんやりとした空気を吸い込むと、身体の中から浄化されるような錯覚を覚えた。


 角は、紅くなった目が黒に戻ったようには、引っ込まなかった。そのためだろうか、今朝は視界にちらちらと、人ならぬ者が入り込んでくる。



(目を合わせちゃ駄目……無視、無視)



 先日、朱金丸に言われたことを思い出しながら、美邑は真っ直ぐ前を見つめ続けた。のろっとした動きでついてくるモノもいるが、できるだけ無視をする。


 神社の麓につき、自転車を止めて急いで降りる。一つ目の鳥居をくぐり、階段を昇り始めると、ついてきていたモノは鳥居から先に進めないようだった。それをちらりとだけ確認して、ほっと息をつき、また階段を昇る。


 拝殿のある上まで昇りきるが、特に昨日から変わったような様子はなかった。早朝なためか、人気もない。なんとなくこめかみ上の角に触れながら、拝殿の方へと向かっていくと、視界の端でちらりと赤いものが揺れた。


 はっとして見ると、拝殿の裏手へと向かうヒトの後ろ姿が見えた。銀髪に、緋色の着物――。



「朱金丸……さん?」



 慌てて、美邑もその後ろ姿を追った。特に急いでいる足取りにも見えないが、なかなか追いつくことができない。


 拝殿の向かって右側には舞殿があり、拝殿とは渡り廊下で繋がっている。左奥には、神主や理玖らが住む家が、ここからでは見えないものの建っているはずだ。

 緋色の人影は右側をつつつと歩いており、渡り廊下を横切って奥へと進んでいった。美邑も、それを追う。


 境内の奥は、小さな森になっている。秋には紅葉し、参拝客の目を楽しませてくれるが、中はなかなかに広いらしく、参拝客が間違って入り込まないよう囲いがしてある。


 しかし美邑の追う対象は、迷うことなく囲いを抜けて森の中へと入っていった。


「ちょっと……!」


 声をかけようとするが、大声を出して神主一家に見とがめられても困る。美邑はきょろきょろと周囲を見回してから、少し唸って囲いを跨いだ。


 その間にも、相手はどんどん先へと進んでいっている。人が入らないのだから当然だが、足下が悪く歩きにくい。美邑がもたもたしている間にも、どんどん引き離されてしまう。もはや、木々の隙間からちらちらと覗く緋色だけが目印だ。


 おそらく、一度目をそらせば見失ってしまう。だが、それ以上の焦燥を、美邑は歩き進めるほどに感じていた。



(ここ……知ってる)



 小さい頃から、この森に入ってはいけないと。そう、何度も教えられ、破ったことなどないのに、何故。


 ずきりと、角と右目がまたうずきだす。ちらりと過る緋色に、鼓動が早くなる。



「朱金丸さん……」



 あえぐように名前を呼ぶが、その瞬間に痛みが増し、思わず目をつぶって足を止めた。



(まずい)



 慌てて目を開いたときには、案の定、人影を見失っていた。



「どっち……」



 辺りを見回すと、前後左右全てが、同じ景色に見える。痛みが思考を邪魔し、朱金丸の行き先どころか、自分自身がどちらから来たのかさえ、分からなくなる。



(やだ。こんなとこで、迷子とか)



 近所の神社の境内で遭難とは、笑えない上に、赤の他人にとっては良い笑い話になってしまう。いざとなればとスマートフォンをポケットから取り出すが、まさかの圏外だ。



(町の中で圏外とか……どんだけ田舎なの)



 溜め息と共にスマートフォンをしまい、改めて周囲を見回す――と。


 不意に、背後から右腕を引かれた。

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