3-4 理玖

「もう元気そうじゃん」



 体操着から着替え、ランチバッグを片手に廊下を歩いていると、向かいからビニール袋を持って歩いて来た理玖が、声をかけてきた。一瞬、なんのことか分からず首を傾げると「ボール、めっちゃ弾いてたからさ」と理玖がにやりとする。



「昨日、具合が悪いって早退してたのに。逆に今日は、力が有り余ってんじゃねぇの?」


「そうかな」



 見られていた。

 そのことに、やや速まる心臓を宥めつつ、美邑はへらりと笑い返した。



「それ、お昼ごはん?」



 美邑がそっと話題をずらし、理玖の持っているビニール袋を指すと、理玖はあっさり「そう」と頷いた。



「学食で買ったの?」


「それが昨日のことでさぁ、めっちゃ怒られて。今日も弁当抜きにされてさ。マジ怒りすぎだっつーの」



 口を尖らせる理玖に、思わず美邑の笑顔が素のものに変わる。



「結局、怒られたんだ。昨日の御神鏡のこと」


「そもそも、拝殿で飯を食うとは何事だ、だってさ。それも、十年近く秘されてた大切な御神鏡を汚した上に勝手に開けるとは、けしからん! って」



 普段は優しげな神主が大声を出すのを想像し、思わずくすりと音が漏れる。だがそれ以上に、心に引っ掛かった言葉があった。


――十年。


 胸元を空いた手でぎゅっと握る。「川渡?」と首を傾げる理玖に、美邑は「ちょっと、時間良いかな?」と上目遣いに訊ねた。



「訊きたいことがあるんだ。一緒に、お昼食べない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る