第四話 嵐の前の……

 九月二一日正午、アドリア商業連盟海軍 地下総司令部

「ルーシ国内より弾道ミサイルとおぼしき飛翔体の発射を多数確認! 百は超える数です! 目標アウグスティヌス市街!」

「こちらもルーシ艦隊ミサイル母艦より巡航ミサイルとおぼしき飛翔体の発射を確認! こちら数は最終的に数百になるかと! 水平飛行を開始しました!」

「来たか……聞け! 本時点を以てルーシ軍と交戦を開始! ルーシ艦隊は以後敵艦隊と呼称する! 対地ミサイルの迎撃は地上軍に任せろ! 海軍の仕事は奴らを確実に仕留めきることだ!」


 オペレーターからミサイル発射の報が届くや、司令長官の檄が飛ぶ。


「敵艦のうち、空母とミサイル母艦、ミサイル巡洋艦が全艦、駆逐艦一部が速度落としています! 強襲揚陸艦と駆逐艦のほとんどはなおもそのままの速度で前進!」

「敵空母より艦載機の発艦を確認! 艦隊前衛に同伴するようです!」


「よしよし……ここまでは想定通りか……このまま迎撃ポイントまで泳がせるぞ!」


 アユミ・ウシオは鼻息を荒くしながらコンソール画面を見つめる。


「地上軍より報告! 敵巡航ミサイル多数撃墜も迎撃が追いつかず市街地に甚大な被害が!」


 ここまでの状況はアドリア軍の圧倒的不利であった。事前に待機させていた主力艦艇と戦闘機は損耗を抑える為に引っ込めている状態で、制空権と制海権は完全にルーシ軍のもの。


 都市外周にびっしりと配置された地上軍の高射部隊は奮闘しているものの、ルーシの国力にものを言わせて大量投入したミサイルの飽和攻撃の前では、少なくない数の撃ち漏らしが出ており、アウグスティヌス市街地に甚大な被害が出ている。


 辛うじて地上部隊の人員のみはアドリア側が上回っていたものの、ミサイルの雨あられの後でどれほど戦闘力が残っているかわかったものではない。


「敵上陸部隊なおも接近! あと一分で機雷原に突入します!」

「さあ来い……」


 無論アドリア側もやられっぱなしではない。

 オクタヴィア湾の沿岸は山岳地帯となっており、上陸部隊を展開できそうな平野部は市街地として利用されている箇所しか存在しない。更に湾口がかなり狭くなっている為、その湾口に機雷を敷設すれば敵はそこを通らざるを得ないというわけだ。


「AD級と思われる敵駆逐艦が触雷! 左舷への浸水を確認しましたが損害は軽微!」

「AD級更に一隻触雷! 底部を損傷した模様!」

「敵上陸部隊速度を落とし始めました。陣形を組み直す模様です!」

 しかしルーシ艦隊の対応は早かった。機雷原となっていることを知るや、すぐに足を止め体勢を立て直す。


「SD級が二隻一組で先頭に回っています。あれは……網!? 敵駆逐艦掃海ネットを展開しました!」

「掃海ネットか……小洒落たものを……」

 機雷原を突破すべくルーシ艦隊が取り出したのは駆逐艦二隻の間に張って航行し、機雷を引っかけて除去する掃海ネットであった。

 掃海艇での掃海に比べれば不完全かつ場当たり的なものだが、揚陸艦が通過する隙間をつくるには十分だ。


「敵艦隊海岸から五キロの地点まで接近!」

 オペレーターが呼吸を荒くしながらそう告げる。結局、機雷では随伴の駆逐艦幾ばくかを損傷させたのみで、上陸作戦の要たる強襲揚陸艦へ手傷を負わせることは出来なかった。



「……全軍に通信を繋げ」

 しかし、そのような状況にも関わらず、アユミ・ウシオは慌てる気配を見せない。むしろ楽しくて楽しくてたまらないのを堪えているような様子でオペレーターにそう命じた。

「何をするつもりだ! 予定にはねーぞ!」

「まあまあ聞いてろ。ちょっと士気を上げるだけさ」

 まったく予期しない司令官の行動にピコット中将が慌てて制止しようとするが、それを聞くアユミではない。


「通信繋ぎました」

「ごくろう」

 そう言って深く息を吸ったこの少女の顔を、何を言い出すんだとばかりに参謀達が見つめる。


 周囲の心配など意にも介さず、若き司令長官は口を開いた。



「おはようゲテモノども。作戦の指揮を執らせて貰ってるゲテモノの親分アユミ・ウシオだ」


 初っ端から部下をゲテモノ呼ばわり。

 慌てた一部の将官は通信を切らせようとしたが、残りの将官達が彼らを羽交い締めにしたり組み伏せたりしたことによって失敗した。


「喜べ諸君! これから君達は故郷くにに残してきた親父さんからの電話でこう言うことができるんだ『俺はクソッタレのイワンどもをハンバーグにして魚に食わせてやった!』ってな。ここで忘れちゃいけないのは、お袋さんにはきちんと『僕はルーシから祖国を守った』って説明することだ。気をつけろよ」


 スラングをふんだんに使用した演説に、取り押さえられている将官達は気が気でない。しかしそんなことをものともせずアユミは話し続ける。


「さて、本題に入ろう。君達が軍隊生活でかなり苦労したのはすなわち自分の慰め方だろう。休暇もあるがだいたいはダチと飲みに行ったりしてそれどころではないだろう。かと言って四人部屋の二段ベッドで右腕の先にいる恋人としっぽりやるのも勇気のいる話だ。仮に相部屋の奴らと共犯関係にあったとしても今度は巡回に怯えることになる。六時のラッパで起床しなければならないのにあんまり夜更かしするのも考え物だしな」


 将官達は思わず呆気にとられる。まさか軍用無線で性的行為について言及する指揮官がいようとは誰が予想したであろうか。

 ものが言えなくなっている将官達を差し置いてアユミはどんどんボルテージを上げていく。


「よって今夜は特別に夜間外出し放題だ。上官に許可を取りに行く必要はない。明日の正午に自室にいれば何も言わん。明日も全日休みだ。ただし明後日の起床は普段通りだから気をつけてくれ。よって今夜はピンク色の看板のお店に行くもよし、恋人と久々に二人の時間を楽しむもよし、恋するあの子を思い浮かべるもよし。ただ警察のお世話になるのは勘弁してくれよ。私が引責辞任する羽目になる」


 あまりに独創的すぎる演説に床に抑えられてる面々は考えることを諦め、組み敷かれるなら司令部にカーペットでも敷いておくんだったと思うようにしていた。


「そうそう、もしオカズに困ったら私を使ってもいいぞ。私だってカワイイ子をオカズにしてるんだ、お互い様さ。さあ、事前に決めた順番通りに行ってこい! 達成感に満ちた状態でマスかくと最高だし、イワンどもを血祭りに上げたと聞いたら玄人のお姉さんだってひっくり返るぞ! イワンどもは気の毒かもしれないがもちろん同情はいらん! やっちまえ!!!」

「うおおおぉぉぉぉ!!!」


 直後、幾人かの歓声が司令部を包んだ。


「パトローニさん……俺にも休暇はあるんですよね? 柔らかいベッドでぐっすり眠りたいです。タイルじゃなくて」

 途端に騒がしくなった司令部の床で、抵抗する気力を失い陸に打ち上げられた鯨のようになっていたピコットが、軍令部と繋がっているインカムのマイクに語りかけた。


「安心してください。さすがにあります。それと胃痛がするなら内科を紹介しますが……」

「いやいい、かかりつけがいる。ただカウンセリング部門を常設する必要性を感じた」

「わかりました。それと司令長官閣下が部下をネタにふしだらな行為を行っていたのを公表した件についてはトファーノ少将に報告しておきます」

「恩に着るよパトローニさん」

 後事の心配をしなくても良いと知ったピコットは大きくため息をつくと、ルーシ艦隊を追い払えればどうでもいいやと思うことにした。


 ピコット中将がぼんやり眺めた先のスクリーンでは、五十機にもなる地面効果翼機が洋上を疾走していた。

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