第2話 現れる異変

 その日の帰り道、帰宅部として全うな務めを果たすべく球児はどこにも寄り道せずに真っすぐに一人で家に向かっていた。実に模範的な帰宅部ではないかと自己陶酔してしまう。

 そんな自信と誇りを持つ彼の前に不思議な物体が現れた。

 そこは人通りの少ないいつもの通学路の狭い路上。そのアスファルトの上にそれはうつぶせで倒れていた。背に蝶のような羽を生やした幼い少女のように見えた。

 人間か、はたまた動物か。その正体が何であれ車に轢かれたら大変だと思って周囲を伺うが、前を見ても後ろを向いても車どころか人っ子一人いない。さすがは田舎だ、帰宅部として早く帰りすぎているせいもあるだろうと思ったが、呑気に考えている時間は無い。

 誰かが倒れているのだから早く起こしてやるべきだ。球児は警戒しながら蝶の羽を避けるように回り込んで彼女の体に近づいた。

 もしかして桜の言っていたのはこれだろうか。連絡を取ろうとして思い直す。それだとすぐに桜がやってきてこの少女と会話して終わりではないか。自分はただ何も分からず傍観しながらじっと立っていることしか出来ない。

 それに今彼女は部活のはずだ。間違って呼び出しては迷惑を掛けることになるだろう。

 少しでもこいつの情報を得て、頼れる自分を演じるべきだ。今日彼女と話が出来た自信を胸に、球児はそう決めて不思議な少女の肩を揺さぶって声を掛けることにした。


「もしもし、君。大丈夫かね」


 ちょっと偉そうになってしまったが仕方ない。コミュ症にまともな会話を望む方が間違いなのだ。彼はカウンセラーではない。

 慣れないながらも思い切って声を掛けると、彼女はアスファルトにへばりついたまま答えた。


「もう一歩も動けません。右も左も、初めて来た場所で分からないのです」

「そっか」


 どうやら彼女はRPGでたまにある目的地が分からなくて立往生の事態に陥っているようだ。

 ならば救いの手を差し伸べよう。少しでも意思疎通する為に、目的を与えよう。子供の喜びそうな物と言えば……


「なら、家に来るかい? 僕の家スイッチがあるんだ」

「行く! 行きます!」


 少女がパッと顔を上げる。その顔はとても晴れ晴れと輝いていた。羽はピコピコと動いている。

 何者かは分からないが正体を突き止めれば憧れの丸井桜に喜んでもらえるだろう。電話で連絡すればそこから仲が進展するかも。

 その為には情報が必要だ。さすが凄い男だと認められるような。

 球児は子供はちょろいと思いながら野心を胸に秘めてその少女を家に連れていくことにした。

 少女は逆らう事はせず喜んでついてきたので何も気を揉む必要は無かった。




 歩き慣れたいつもの通学路。平日のこの時間帯に人は少ない。いつもと違う連れがいても誰にも声を掛けられることなく、間もなく家に到着した。

 妖精のような不思議な少女とは話す話題が無かったが、ゲームするのが楽しみなようでずっと何かのゲームの歌を歌っていた。


「ファミコンウオーズが出~るぞ。うおっ」

「そのゲームそっちにもあるの?」

「動画で見ました」

「動画かよ。今時のヤングだな。ほら、着いたよ」

「おお、ここがこの世界で人気のゲームが出来る家なのですね!」

「普通の家だけどね。ただいまー」


 さて、ここからどう話を持って行くか。とりあえずゲームをさせて落ち着かせてから訊けばいいかと玄関を上がる。

 目的のゲームは実は球児の持ち物では無く妹の私物なので、妹の部屋に行かねばならない。

 この時間ならまだ部活をしているか友達と遊んでいるはずなので(何というリア充か! この兄と違って!)、黙って部屋に入って借りて来ようと思ったが、その必要は無かった。

 当の妹の茉莉本人が顔を出したからだ。


「お兄ちゃん、お帰り。その可愛い子どうしたの!?」

「えっと、お前何で家にいるの?」

「質問に質問で返すな。あたしの質問に答えなさい」

「実はそこで拾ったんだ」

「拾ったんだ。良いなあ、あたしも拾いたかった」

「で、お前は何で家にいるんだ? 部活や友達との遊びはどうした?」

「今日は欲しいゲームの発売日なので早く帰ってきたのです」

「さよか」


 まあ、妹の事情はどうでもいい。こちらの目的を進めよう。

 発売日のゲームを買ったのなら貸してもらえない危険性が増した。計画をどう進めようかと考えていると、後ろにいた蝶の羽を生やした少女が騒ぎ出した。


「早くゲームやらせて、ゲーム~」

「おい、お前。それを今考えているから……」

「うん、いいよー。お姉ちゃんたくさんゲーム持ってるからねー。今日買ったのも同時プレイ出来るんだ」

「いいのか。……って、ちょっとそいつをどこに連れて行く」

「だから一緒にゲームするんだよ」

「ゲームだゲーム~」

「それは分かるが」


 少女を連れていかれては情報を得られなくなってしまう。球児は慌てて妹を呼び止めるが、彼女はただ笑顔で答えた。


「お兄ちゃんも来ていいよ。せっかくだから3人プレイをやってみよう。3Pだよー」

「3P楽しみ! 早くやりたい!」

「誤解を招く言い方は寄せ!」


 球児は3P3Pやかましい少女達を恥ずかしく思いながら二人の後をついていくことにした。

 ともあれ情報を得るためにはついていくしかなかったし、妹が一緒なら何か話してくれるだろうと思って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る