魔王 ヴァージルの素顔
「早速、始まってやがるな」
伯爵の屋敷周辺では、残党狩りが始まっている。伯爵子飼いの怪人たちが、屋敷から脱走を試みていたらしい。
「ゴハアア!」
牛怪人、たしか【ミノタウロス】といったか、その劣化版が街で暴れている。見るからに不完全体で、皮膚がただれていた。筋肉の量も少なく、痩せ細っている。
『まだ怪人がいたか!』
コウガは駆け出そうとした。が、ヒザを落として動けない。想像以上にエネルギーを消耗しているようだ。
「安心しなよ、街の平和を守るのは、あんただけじゃない」
アテムが指差した方向には、両手持ちの長剣を携えた剣士が、牛怪人を両断した姿だった。
戦闘員と、冒険者たちが戦っている。
ミニスカのエルフ魔女が、手のひらに火炎を呼び出し、「フッ」と息を吹きかける。それだけで、戦闘員たちが火だるまになった。
屈強なドワーフモンクが、戦闘員に囲まれている。だが、そのモンクは不利な状況でもニヤリと笑う。巨大な鉄球を振り回して、戦闘員の集団を粉砕していた。
「新手だ!」
今度は、コウモリ怪人の劣化版だ。翼は穴だらけで、滑空能力がないらしい。口からの超音波でモンクと魔女を苦しめている。
魔女が氷の壁を張り、音波攻撃を跳ね返す。こちらが本命である。
モンクが上空へと飛んだ。鉄球を振り回し、怪人へと投げつける。だが、これはオトリだ。怪人を後ろへ跳躍させるための。
ジャンプして後退した怪人の背後から、先程牛怪人を倒した剣士が、コウモリ怪人を刺し貫く。
生身の人間とはいえ、相当な実力を持つ冒険者チームのようだ。
「現時点では、イスリーブでもっとも強いとされる冒険者チーム『エース・スリー』だ」
アテムによると、世界中の冒険者からも一目置かれているらしい。
冒険者チームによる先導のもと、あっという間にデヴィランの戦闘員たちは殲滅する。
一匹狼のコウガでは、集団戦・物量戦で成果を出せない。仲間同士で助け合うのは、コウガには望めないことだった。都市の自衛程度なら、彼らに任せてもいいだろう。
「これで、この街も少しはマシになるだろうさ」
『人々に笑顔が戻ってくれるといいな』
しみじみと語るアテムに、リュートも答える。
「ドレイク様のところに行くんだろ? 連れて行ってやる」
アテムの先導で、安全なルートで屋敷へと向かった。
ドレイクの屋敷に戻る。
「魔王……ヴァージルだと!?」
敵の名を知って、ドレイク侯爵が驚きの声を上げた。
「ご存じなのですか、侯爵?」
「ヴァージル・イスリーブ。彼は、イスリーブの王子だ!」
二〇歳の若き王子で、国民からの信頼も厚い。
「もし王子が魔王だというのが本当なら、この国を裏で操っている可能性も」
「それはありえん。断じて!」
ドレイクは、テーブルを平手で叩く。
「なぜ、そう言い切れるのです?」
「王子は、一六年も前に死んでいるからだ!」
話によると、ヴァージル王子は一六年前、魔物との戦いで命を落としたという。
当時は、コーデリアの姉・ナタリア第一王女との婚約も決まっていたらしい。ナタリアは一五歳という若さだったが。
「当時の国王は大病を患って死に、第二王子が王位を引き継いだ。庶民思いのいい奴なんだが、いわゆるバカ殿でな。政治はサッパリなんだ」
そのせいで、ロデントスのようなクズをのさばらせてしまったという。
「民衆の間でも、『ヴァージル王子待望論』がささやかれているくらいの良識人だった。それがなぜ魔王なんかに!」
ドレイクは、頭を抱える。
「王子が生きているかも」
「だから、あり得ないんだって。なんせ、彼の死に目を見たのはオレなんだからな!」
騎士団の長だったヴァージル王子は、魔物の手で胸を貫かれ、ドレイクの胸に抱かれて死んだという。
「最期まで、民衆を気に掛けていたよ」
「申し訳ありません。知らなかったとは言え」
「いいんだ。耳障りな話だったよな」
とにかく、敵のボスは分かった。
「もし、ヴァージル王子が黒幕なら、まず外堀を埋めていたのかもな。ロデントスを隠れ蓑にして」
「外部から、徐々に食い潰す作戦だったと」
ドレイク卿も、コデロの推測にうなずく。
「頃合いを見計らって国民の前に立ち、自身が国民を扇動する算段だったんだろう。強かな現国王が立ちはだかっているから、そうはいかんだろうが」
相当に、国王は曲者らしい。
「どうなさるので? イスリーブ王に呼びかけますか?」
「それは、オレからやっておく。ヴァージル王子打倒、頼めるか?」
国の一大事だ。しかも、王子が魔王だと判明すれば、王は手心を食われてしまうかも知れない。
何の因縁もない冒険者に任せるのが、得策か。
「いざとなったら、私を斬り捨ててくださっても構いません」
「物騒なこと言うなって。オレに任せてくれ」
亡き王子の居場所は、例の冒険者チームに探させるという。
「ところで、月の石に関してなのですが」
話をラキアスに振ってみる。
「コウガがパワーアップしたようなのです。なにか、お心当たりはございますか?」
コデロが問いかけるが、ラキアスは首をかしげるばかり。
「さて。ドワーフの一人なら、なにか分かるかも知れませんが」
「その方の名は?」
「ハイデンという、男勝りの女ドワーフです。風の向くまま気の向くままを地で行く風来坊で、どこにいるのやら」
ラキアスでさえ、ハイデンの居所はつかめないという。
「なら、こちらはハイデンさんを探すことに致します。情報ありがとうございました」
「お役に立てず」
コデロは、ラキアスが気を落とすと、首を振った。
「いえ。あなたの技術と勇気に、私は助けられています」
「ありがとう。必ず世界に平和を」
「お約束致します。ラキアス様」
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