第6話 全員で

 土日の練習は、基本的に両日とも行われる。土曜日は午前午後とも。日曜日は午前のみ。ただし、休日の練習参加は強制ではなく各自の判断に任されている。休みを部活に使うのか勉学にあてるのか、はたまた友人と遊びに出かけるのかは、個人の自由なのだ。


 とはいえ暗黙の了解で全員出席しなくてはいけない。ということもなく、定刻通りにみなこが部室に行けば、半数ほどの部員しか来ていなかった。


「お。清瀬、おはよう」 


「おはようございます。大樹先輩は来られてたんですね」


「お前にギター教えなあかんからなぁ」


「わざわざそのために……申し訳ないです」


「まぁ別にそれだけってわけちゃうけどさ」


 ギターやベースであれば自宅で自主練習が出来るが、トランペットやトロンボーンなどはマイ楽器を持っていないと難しい。もちろん、申請すれば持って帰ることは可能だが、アンプに繋げばヘッドフォンで音を確かめられるギターやベースと違い、あまり大きな音を自宅では出せないはずだ。


「なぁ、伊坂」


 練習の準備をしていたみなこの背後から声がした。ギターを抱えたまま中腰になっていたみなこは首だけで振り返る。そこにいたのは沖田先輩だった。今日は髪が三編みになっている。どっちの沖田先輩なのか、みなこにはまだ判別がつかない。


「なに?」


「月曜日の英語の小テストって範囲ここやんな?」


「えーと、そうやで。って、なんでお前がそれ聞いてくんねん、クラスちゃうやろ」


「里帆が聞いて欲しいって」


「そんなもん直接聞いてくればええやん」


「そんなん知らんわ。アンタがまたなんか怒らせるようなことしたんちゃう?」


「なんもしてへんって……なんで俺があいつに怒られなあかんねん」


「やから知らんし、姉に使われる妹の身になれ」


「すまん、すまん」


 大樹がへこへこと謝ると美帆は深々とため息を吐いて、小スタジオの方へと消えていった。


「今のは美帆先輩ですよね?」


「そう」


「大樹先輩即答でしたけど、見分け方あるんですか?」


「俺はパッと見で分かるけど……、すぐには難しいよな。アイツらホンマにそっくりやから。美帆は、眉毛の付け根に小さいホクロがある」


「えっ、そんな些細な差ですか」


「あとは持ってる楽器で判断するかやな。里帆の方は大抵、部活中なら首からサックスのストラップつけてるはずやから」


 里帆の話をしている大樹の表情はとても柔らかい。清潔感のある短い髪を搔きながら、大樹はスタンドに立て掛けられたギターに手を伸ばした。 


「今日はカッティング鍛えよか。次のイベントは難しくても、清瀬だって秋の大会には出たいやろ」


「それなんですけど、ギター二人ってありえるんですか?」


「まぁ基本的には一人やろなぁ。ベース、ピアノ、ドラムも同じく」


「ほんなら、私が出たら大樹先輩が出られないってことですよね?」


 大樹は少し困った顔を浮かべて、そっとギターを爪弾いた。アルペジオで奏でられた柔らかいメロディは、少し懐かしいJ―popのイントロだった。


「俺は中学時代吹部やったからトロンボーンも吹けんねん。去年は、花と音楽のフェスティバルにトロンボーンで出たんやで」


 少し自慢げに大樹の口端が緩む。だけど、そこには確かにみなこへの優しさが含まれていた。


「でも、私が弾くよりも先輩が弾いた方が演奏のクオリティは上がりますよね?」


「そうかもなぁ。やけど、俺は……ううん、たぶんみんな。全員で楽しく演奏したいねん。もちろん、勝負ごとでもあるからしっかり勝ちにもこだわって。だから、ビッグバンドへの参加に、最低限度のクオリティっていうハードルを設けてる」


「たとえば、基準値に達していなければ出られないってことですか?」


「そういうことになるな。少しは安心した?」


「はい……でも、結局実力でもないのに、大樹先輩のギターのポジションを奪ってしまうという事実には変わりないですよね」


 大樹よりもギターが上手くなって奪うというなら仕方ない。だけど、明らかにみなこの方がギターは下手だ。それなのにボーダーを超えればステージに上がれる。そこがみなこの中で少し引っかかった。


「バンドの演奏はみんなでカバー出来る」


 大樹はそう言うと、自分の言葉を噛みしめるように、うんと一度頷いた。


「うちは部員が少ないから音の厚みを増やすために出来るだけ全員参加が望ましい。その為には、別の楽器を出来るやつはそっちに回る方がいいねん。でもそれは、清瀬が外れて俺がギター弾くよりも、清瀬がギターをして俺がトロンボーンを吹く、その方が音楽的にもいいと判断出来る時。そこにボーダーを設けてあるから。俺からポジション奪うなんて気にしたらあかん……それに俺だってコンボは譲らんからな」


 にっこりと浮かべた笑みには、無邪気さと気恥ずかしさが混ざっていた。全員で大会に参加して結果も求める。それはとても理想的なことだ。この部の理想を実現するために、みなこが出来ることは一つしかない。ギターのネックをキュッと握りしめてみなこは立ち上がった。


「ちょっと悩みが晴れました! 練習頑張ります!」


「秋と言わず次のオーディションで合格できるくらい頑張れ! でも、ぐわぁーっと急に上手くなってコンボ狙わんといてや」


「覚悟しておいてください!」


 悪戯に口端を上げたみなこに、大樹は優しい笑みを返してきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る