一章 ひとり至上主義者 VS その2
サトシがオフ会の場所に提案したのは、陸奥大学から三駅ほど離れた場所にあるファミレスだった。
僕が知っている店は、一人メシを楽しむ大衆食堂や
地下鉄に揺られながら、考える。
(サトシと会う、か)
ひとり至上主義者の僕だが……
オフ会は初体験。しかもサトシはWCOで何度も共に死線をくぐりぬけてきた仲間。興味がないといえば噓になる。
目的の駅に到着。休日はよく一人で街ブラするが、この街には来たことがない。
少し歩いてファミレスの入り口に到着したとき、サトシから再びRINEが来た。
『先に入ってます。禁煙席の、窓側の一番奥にいるっす』
ファミレスに入ると、女性店員さんが「いらっしゃいませ! お一人様ですか!」と元気いっぱいに話しかけてくる。
その光のオーラに圧倒されつつ、
「あの、待ち合わせで……」
では中へどうぞ! と言われたので、禁煙席側へ歩く。
席はほとんど埋まっていて、カップルや家族連れで
(ええと、窓際の一番奥──)
改めて、サトシがどんな人間か思い返してみる。
彼とは以前、こういうチャットをした。
『妹に、私服がダサすぎるって怒られたっす』
『いやー、居間でVRのAV見てたら、いきなり帰ってきた妹に見つかっちゃって、大げんかっす』
これらのエピソードから、さえない男子高校生をイメージしていた。
だが……
全く正反対の、派手な女子高生がそこにいた。
染められたセミロングの、ふわふわと柔らかそうな髪。
首には赤いリボンタイ。ワイシャツは第二ボタンまではずしており、大きな胸が少し見えていた。だがだらしなさは全くなく、
(……お、女の子??)
スマホを見ながら前髪をいじっていた彼女が、顔をあげた。
視線がぶつかる。
長いまつげに
イメージとの、あまりの落差に混乱。
このままトイレに飛び込んで、状況を整理しようと思ったとき──
目の前に、女子高生が回り込んできた。
「もしかして、ガウェインさんですかっ?」
少し鼻にかかった声とともに、まっすぐに僕を見つめてくる。身長は僕より低いだろうが、目線の高さは同じくらいだ。姿勢がいいのだろうか。
目をそらして、何度もうなずく。
少女が深々と頭を下げた。ふわりと舞う栗色の髪から、シャンプーと香水が入り交じったような、甘い香りがした。
「私がサトシです、初めまして! いつもお世話になっています!」
(え、どういうこと?)
力なく引っ張られ、くずおれるように
「何を召し上がりますか?」
向かいに座った『サトシ』が、メニューを僕に正面が向くように見せてくれた。彼女も覗き込んでくるので、きれいな顔が超近い。ぜんぜんメニューに集中できない。
(ギャル……とまではいかないけど、派手目な子だな)
高校時代、こういう子はスクールカーストの最上位グループだった。僕みたいな陰キャラをよく馬鹿にしていたものだ。あいつら『キモい』しか
そういう過去から、当然イメージはよくない。
(もしかしたら……この子は
周囲を見回して警戒していると、『サトシ』が不思議そうに見つめてくる。
それから『サトシ』はベルを押し、店員さんにハキハキと注文した。
「『四種のチーズ入りドリア』をお願いしますっ」
一方、僕はオレンジジュースを頼んだ。
固形物をとらないのは、万一美人局に腹パンされたときに備えるためである。備えあれば
店員さんが去ると、『サトシ』は大きな胸に手を当てて、
「改めて自己紹介をします。私がサトシ──本名は
申し訳なさそうに、上目遣いで、
「実物見て、びっくりしましたよね。これにはちょっと事情がありまして」
『サトシ』──朝日奈さんは理由を説明してくれた。
彼女は以前、WCO以外のオンラインゲームをしていたらしい。
だが女子高生だと公表したら、男プレイヤーが
「なのでWCOでは、苦肉の策として男を
「い、妹とのエピソード、よく教えてくれたけど……」
「その『妹』は私です。私にはサトシって兄がいまして、名前やエピソードを使わせてもらったんですよ」
そういうことだったのか。
『演技うまかったなぁ』とか『びっくりしたよ』とか色々な感想が
だが僕はボソボソと、これだけ言った。
「そう……なんだ」
朝日奈さんは、肩すかしを食らったような顔。
だがすぐニコッと
「ガウェインの本名は、なんて
「月岡草一」
「へー。私が朝『日』奈、ガウェインが『月』岡。太陽と月で、いいコンビって感じですねっ」
「そう、だね……」
「あ……あはは……」
彼女の笑い声がフェードアウトしていき……
沈黙が訪れた。
朝日奈さんは前髪をいじり、視線をさまよわせる。落ち着かない様子だ。
(気まずい時間を、過ごさせてしまってるな)
せっかくのオフ会なのに、それは悲しい。
(何か話題を振らないと)
必死に頭をひねる。
そうだ。以前本で読んだ、この話をしてみよう。
「知ってる? こういう飲食店の店員さんって」
「あ、はい! なんですか?」
「お客さんが不快に思わないよう、ゴキブリが出たとき『太郎さん来ました』と言うんだよ」
「…………」
そのとき店員さんがドリアと、オレンジジュースを持ってきた。
朝日奈さんが、これ以上なく顔をしかめて、
「な、なんでファミレスでそんなことを……」
内容もタイミングも、最悪極まりなかった。
朝日奈さんがため息をついたあと、ドリアを食べ始める。猫舌なのか、何度もフーフーする姿が愛らしい。
……それはいいが、会話がない。
朝日奈さんが食器を鳴らす音。そして周りからの、楽しげな会話だけが聞こえてくる。
しかも時折、僕たちのテーブルを見て、クスクス笑う客もいる。
(何か、変な所があるのか?)
ガラス窓に映る自分たちを見る。
そこには、ダサいシャツを着た頭ぼさぼさのブサメンと、光り輝くような美少女が映っていた。なるほど、変な所は僕か。
十五分ほどして、朝日奈さんが食べ終えた。彼女は口を紙ナプキンで
僕を軽蔑するどころか、なぜか気遣うように、
「ガウェイン──いや、年上なのでセンパイって呼びますけど、大学生活、どうですか?」
「どう、って?」
「あの、たいへん失礼ですけど、お友達とか、います?」
どうやら僕がコミュ障気味なので、心配になったらしい。
僕は、こう
「ずっと、一人で過ごしてるよ」
「それは
僕はキョトンとしつつ、か細い声で、
「いや全然。なぜなら一人こそ至高。いわば僕は『ひとり至上主義者』なんだ」
朝日奈さんは
「誰かといることは、楽しいですよ」
「楽しくないね。なぜなら僕は高一のとき、エグいほどイジメられていたし」
「そ、そういうヘビー級の話題、さらっと出さないでくれます?」
朝日奈さんは
「ちなみに、イジメ大丈夫でしたか?」
うなずき、説明する。
「イジメの首謀者は、野球部のレギュラーだったんだけども……」
そいつが率いるグループから、イジリという名の悪口、そして暴力を受けた。他のクラスメイトも、遠巻きに笑っていた。
僕は高校に入るまで、親の仕事の関係で転校の繰り返しで、友達が一人もできなかった。ようやく腰を落ち着けたと思ったら、これである。
僕は学校に行き続け、イジメの記録を録音やメモなどで集めた。
そして一ヶ月後、証拠を首謀者につきつけ、逆に脅迫した。
『これを
首謀者は
その要領で、僕をイジメていたヤツ全員に
「むろん修学旅行も、一人で京都を
朝日奈さんは感心半分、呆れ半分といった顔で、
「な、なんかすごい
テーブルに両手をついて、僕の目を覗き込んでくる。
「でもセンパイ。本当に、今までの人生で一度も、誰かと過ごして楽しかったことはなかったんですか?」
「もちろ……」
あれ?
三年前、高嶺さんと手を繋いで走ったこと。あれだけは楽しかったぞ。
考え込む僕を見て、朝日奈さんが勢いづいた。
「あった顔です!」
「う、うーん……そのとおりだ」
高嶺さんのことを考えると、胸があったかくなる。
(これって僕、高嶺さんが好きってことなのかな……)
誰かに恋をした経験がないから、断言できない。
だが恋愛とは、他人がいて初めて成り立つもの。僕が高嶺さんに恋をしているなら、『ひとり至上主義』と矛盾している。
苦悩していると、朝日奈さんがたたみかけてきた。
「だから言ったでしょう。誰かといるの、楽しいですって。単なる食わず嫌いですよ」
むっとして、反射的に言い返す。
「いや、『ひとり至上主義』」
「『いっしょ至上主義』!」
「「ぐぬぬ」」
僕と朝日奈さんは、至近距離で
だが少しして……目をそらしてしまう。朝日奈さんが
「そらしました。センパイの負けー」
「違う。そらしたのは、君があまりにも可愛いから」
「あ、え」
ぽつりと正直な感想を言うと、朝日奈さんが万歳したまま固まった。
(だが、考えてみると……)
高嶺さんに抱く感情は、明らかに『ひとり至上主義』に反するものだ。
この
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます