第24話 ~約束~
石畳に突き立てた剣を依り代にして立ち上がる。相変わらず右足は動く気配がないけれど、そんなことはどうでもよかった。
「……不知火くんに、何をするつもりですか」
私の姿が滑稽だったのか、秀一くんは今まで以上に口角を吊り上げる。
「ハッハッハ! 自分のことより仲間のことか! いい子になったね、奏音ちゃん。昔の失敗を生かしているじゃないか」
「答えて下さい――ッ!」
「……別に大したことをするつもりはないよ。しっかりと己の無力さを実感してもらって、二度とFBをプレイする気が起きないようにする。ただ、それだけさ」
「どうして、そんな事を……。咲ちゃんとのことは、不知火くんには関係ないじゃないですか!?」
私が責められるのは、受け入れられる。
咲ちゃんが私のことで悩んでくれていたり、傷ついてしまったのだとしたら、秀一くんはその姿を兄として近くで見ていた筈だから。
でも、それは私の問題だ。私だけの、問題なのに。
「そうかもしれないね。でもね、言った筈だよ。これは『断罪』だって。君が一番傷つく手段を選ぶのは当然じゃないかな」
「……わたしの……せい?」
「その通り。奏音ちゃんが巻き込んだせいで、彼は嫌な思いをすることになる。まあ、安心しなよ。君はただ観客席で見ていればいいだけだからさ」
脳が勝手に想像する。
優しい彼の事だ。私が負けたら、棄権なんてせずに試合に臨むだろう。
しばらくは、彼の優勢で試合は進む。けれど、勝利を掴むことは出来ない。
彼は気にするなと言っていたけれど。そんな風に言えるのは、見たことがないからだ。
――決着の瞬間、自分がどんな顔をしているのかを。
苦しそうで、辛そうで。
絶望と諦念を、そこには居ない『誰か』へ向けていて。
あんな表情を見せつけられて、頑張れなんて言えるわけないよ。
本来なら、入部しない方がよかったに決まっている。
それでも、彼は私に付き合ってくれた。
償いの手段に選んだFBが、純粋に楽しい競技なんだって教えてくれた。
私の背中を、しっかりと押してくれたんだ。
『見届けてやる。結末がどうなっても、絶対に』
聞こえない筈の声。ふと顔を上げると、視線が交錯した。
彼はとても複雑な表情をしていたけれど、その瞳は私だけに向けられている。
……普段は軽口を叩く癖に、ちゃんと約束は守ってくれるんだよね。
そんな貴方だから、想う。
「…………ません」
「……なんだって?」
「苦しめるなんて、させません! 絶対に、させませんから――ッ!」
突き立てていた両手剣を抜き取り、全力で振り下ろす。イメージ通りに巨大化した不可視の剣は、真っ直ぐにプレイヤーを両断せんと迫る。
「……チッ!」
横跳びで回避しながら、ついでとばかりに手榴弾を投げてきた。攻撃圏内に転がった爆弾から逃れつつ、続けざまに横薙ぎを放つ。
「うっ……」
「クッ――ソがぁ!」
初撃と同じように、爆発した瞬間に右足へダメージが入った。けれど、振り抜いた剣も直撃。相手のアバターは吹き飛び、外壁へ打ち付けられる。秀一くんは防御方面へステータスを振っていないようで、クリーンヒットとはいえたった一撃で三割近く削れていた。
私は右足で地を踏みしめ、駆ける。秀一くんの攻撃方法は未だに不明なまま。遠距離の攻防を続けていては、体力差でジリ貧になってしまう。アルマのアクティブスキルで一気に決めるしかない。
確かに、私は間違っていた。咲ちゃんのためと思い込んで、会いに行くのを先延ばしにしていた。今日の試合が終わったら、すぐに彼女のもとへ向かおう。勝敗なんて関係なく、すぐに謝らなくちゃいけなかったんだ。
でも、それとは別に、負けるわけにはいかない。
不知火くんを――立ち上がるきっかけをくれた大切な人を、もう二度と傷つけたくないから!
「はあああああああああ!」
ステータスに制限がかかり、動きが鈍っている秀一くんの右腕を穿つ。攻撃のトリガーになっているのは手榴弾で間違いない。必殺技の攻撃範囲に入るまで、爆弾を投げさせなければ間に合う――!
絶対に掴み取るんだ! 私の望んだ結末を!
「エクス――」
「調子に乗るなよ、卑怯者がさぁ!」
服に隠れたままの左手がもぞりと動いたかと思えば、手榴弾のものとは異なる衝撃音が響き渡った。直後、胸を貫かれる感覚が奔る。
立ち止まり、振りかざした剣を手放す。
あと一歩、だったのに。結局、また届かなかった。
どうして……私はこんなにも弱いんだろう。
目の前に表示された『You Lose』の文字を見ながら、唇を噛みしめる。悔しいけれど、情けないけれど、涙だけは零れないように感情を上塗りする。
――最後まで自分勝手だった私に、泣く資格なんてないのだから。
◇ ◇ ◇
「あはは、ごめんなさい。負けちゃいました」
観客席へと戻ってきた白雪は開口一番、頭を掻きながら苦笑まじりに謝罪した。なんてことない……という体を装って。
「みっともない戦いをお見せして申し訳ないです。でも、最後はもうちょっとだったんですよ? あと一歩で勝ててたかも……って、負け惜しみを言っても仕方がないですよね」
自分は大丈夫ですからと。あくまでも俺たちを気遣う態度に、無性に腹が立った。いや、原因は分かっている。重なるんだ。白雪と、羽美が。
自分だって辛いくせに、相手のことを優先して、諦めて。こんな顔を見ないために、させないために、俺は羽美と距離を置いて、FBを辞めたのに。
結局、同じことを繰り返してしまった自分自身のくだらなさに、怒りが渦巻く。
「さて、それじゃ予定通り棄権しましょう! わたしが秀一くんに申請を――」
「――待て」
メニュー画面を操作する白雪の手を掴むと、一瞬だけ目を見開いてから俯く。
「……止めないで下さい。不知火くんに試合をさせるわけにはいかないんです」
「それを決めるのは君じゃない。俺のことは俺が一番分かっている」
「分かってません! 不知火くんは、何も分かってないです!」
手を振りほどき髪を乱して、悲痛なまでに叫ぶ。その声は、すでに平静を保ててはいなかった。
「もういいんです! わたしは負けました! 不知火くんがわたしのせいで、辛そうにしているのを見たくないんです!」
声を震わせて、目尻から一筋の涙を流しながら。心からの言葉が、想いが、伝播する。白雪はどこまでも優しくて、臆病で。
そんな彼女だからこそ、ここで引き下がるわけにはいかない。
起こってしまった過去は変えられないけれど。そこから続く未来は、まだ決まっていないのだから。
「君は言ったよな。『わたしの問題だから、見ているだけでいい』って。俺だって同じだ。俺の問題に、君が背負うものなんて何一つない」
「違います! 全部わたしのせいなんです! 無理矢理に不知火くんを巻き込んで、引けない状況を作ってしまったんです! だから、もういいんです。わたしは大丈夫ですから……」
「勘違いするな」
「……え?」
「これからの試合は、俺がFBを続けたいからやるだけだ。君の――お前の事情なんて関係ない」
努めて冷たく言い放つも、白雪は頭を振って抵抗を続ける。
「悪役を演じようとしたって騙されませんから! 優男の不知火くんが考えることなんて、手に取るように分かるんです!」
「言ったな? だったら、これから言う事に驚くなよ。……白雪には感謝している」
「……ふぇ?」
あからさまに取り乱していた姿が一転して呆気にとられる。口を半開きにしただらしない表情に突っ込むことなくたたみかける。
「俺をFantasy Battleに引き戻してくれたこと。前に進むきっかけをくれたこと。お前がいなかったら、きっと何も変わらなかった。無気力なままに適当な部活動で時間だけを浪費していたに違いない。……この感情を、思い出すこともなかった」
身体に伝わる熱を、俺は知っている。長らく感じることのなかった、それでもどこか懐かしい感覚。
これは、確かに手放した筈のもの。俺が抱いているには分不相応で、奥底に閉じ込めていた感情だ。それをこじ開けたのは、白雪奏音に他ならない。
情熱、勇気、渇望。――すなわち、前へ進むための心。
燻ぶるだけだった想いが、火の粉を散らして燃え盛る。
「だから、お前の為だなんて言わない。文句は全部終わったら聞いてやる。それに、これはお前が望んだんだろ?」
「……何を、ですか」
「俺が試合に勝つ姿を見たいって」
「――あ」
昨日の練習後、最後に何気なく口にしたであろう彼女の願望を、切り札とばかりにつきつけた。
「そういう事だから、黙って目に焼き付けるんだな。最高に格好いい姿……かどうかは知らんが、見せてやるよ。俺の全力を」
「……ホントに、かっこ良すぎますよ。……絶対に勝つって、約束ですからね?」
「ああ、任せておけ。俺が約束を反故にしたことなんて数えるほどしかない」
「あるんじゃないですか! ……もうっ」
「……はっ」
聞きなれたテンションでの返答をきっかけに、二人して笑い合う。
この笑顔を陰らせないためにの道は示されている。後は突き進むだけだ。
迷いはない。ここで引いてしまったら、二度とFBに潜れなくなる……そんな確信めいた予感があるから。
白雪のために。
羽美のために。
そして何より、自分自身のために。
勝利を掴み取る以外の術はない。……結局、ウィルの計画通りに事が運ぶのは癪ではあるけれど。
「さて、相手もお待ちかねのようだし、そろそろ行ってくる」
「はい! いってらっしゃい!」
力強く心地良い声援を聞きながら、戦闘フィールドへと転移を開始した。
――負けられない、未来を決める戦いへ向かって。
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