第16話 ~もう一人の部員~

 一年分のイベントを使い果たしたとすら感じる怒涛の半日を終えて、俺はようやく母校・峯ヶ崎学園の校門に辿り着いた。現在時刻は午後一時半過ぎ。言い訳の余地なく、完全無欠に遅刻である。


 途中まで行動を共にしていた白雪は、先に部室へと到着している……はずだ。


 駅と俺の自宅を結んだ直線上に峯ヶ崎学園は位置している。必然、学校を経由したのだけれど、校門前で「え、わたしも付いて行きますけど?」と、さも当たり前の様にとぼけやがった。勿論、走って逃げたが。


 ここまで集合時間を超過していると逆に焦りは消え去ってしまい、悠々と昇降口へと闊歩する。校舎に阻まれて視認は出来ないが、裏にあるグラウンドからは気合の入った野太い声が響いていた。その野性味を中和するかのように、至る場所から様々な楽器の演奏が聞こえてくる。


 長期休暇を迎えたにもかかわらず、『文武両道』の校風に恥じない活気に溢れていた。まさか、その雰囲気に自分も一役買うことになるなんてな。


 自嘲めいたことを考えながら昇降口で靴を履き替えて、昨日の放課後に訪れた部室へと向かう。かなり遅くなったし、もう一人の部員とやらと先に練習を開始しているだろうか。それならモニターで様子を見つつ、のんびりと課題をさせてもらおう。


 たかだか一週間にも満たない連休なのに、ここぞとばかりに宿題を課されているからな。空き時間は有効活用しなければ。


 鞄に詰め込んできた教材を思い返しながら、到着した部室の扉を開くと――


「ようこそ、ニューフェイス! 君と出逢えた運命に、祝杯をあげようじゃないか!」


 ――予想に反して、想像以上の状況が待ち受けていた。


 開口一番、意味不明な歓迎? の台詞を意味不明なポージングのまま突きつけてきたのは、ややウェーブのかかった金髪ミディアムヘアを引っ提げた男子。わざとらしく髪をかき上げて、もう片方の手で俺を指差し、腰を突き出した格好で静止している。


 瞬時にかつ自動的に、脳が男子を『ヤバい奴』へとカテゴライズ。いや、なんだよこいつ。ネタにしてもキャパオーバーだ。


 助けを求めるべく室内を見回すが、発見できたのは既に第一犠牲者となり果てた女子の姿だけ。俺が来たと気づいているだろうに、白雪はこたつ机に突っ伏して微動だにしない。


 原因は言わずもがな、推して知るべしである。


「君が不知火くんだね? ふむ、なるほどなるほど」

 

 一向に反応を見せない様子にしびれを切らしたのか、ぶつぶつと呟きながら品定めをするかの如く、俺を軸に一周。正面に戻って、大きく頷いかと思えば、


「さしずめ、姫に手を差し伸べた王子様……か。ああ、実に良い響きだ。今から君のことは王子と呼ばせてもらうよ!」


 再度さっきと同じ格好で、悠然と宣言する。呆気にとられるという言葉が、状況が、今以上に相応しいタイミングもそうそう無いだろう。


 正直、金輪際関係を持ちたくない人種ではあるのだけれど、黙秘権を行使し続けても仕方がない。覚悟を決めて、恐る恐る会話を試みる。


「……なあ」


「どうかしたかい、王子?」


「いや、聞きたいことは色々とあるんだが、そもそも君は誰だ?」


 十中八九、白雪が言っていたもう一人のFB部員なのだろうけれど、それを抜きにしても名前は知る必要がある。


 要注意人物として、明確に認識するために。


「おっと、これは失礼。僕としたことが、興奮のあまりに礼節を欠いてしまった。我が名は西園寺さいおんじ=ウィルケール=れい。気軽にウィルと呼んでくれたまえ」


 ふっ、とドヤ顔を浮かべる西園寺。名乗っただけなのに、自信満々な態度は何なんだ。そして、その『いかにも』な名前は本名なのか。


 純日本人らしからぬ、ハーフと言われれば納得の端正な顔立ちのせいで、ただの厨二病なのか判断しかねる。


「本名ですよ。ウィルくんはお爺さんがロシア人のクォーターらしいので」


「生きていたのか、白雪」


「勝手に殺さないで下さいよ~。ギリギリ生存ですよ~」


 相変わらず上体は机に伏したまま、首だけこちらに向けた状態でようやく白雪が声を発した。それでも疲労困憊のようで、声色からも気怠さがひしひしと伝わってくる。


 白雪の苦手なタイプがこんな身近にいようとは。西園寺と相性の良い人間がいるのかはさておいて。


「なあ、西園寺」


「ノンノン。ウィルと呼んでくれたまえ、王子」


「……ウィルさ、その王子ってのは何のつもりだ?」


「愛称さ。これから志を一つにして未来へと突き進む友には美しい名前が必要不可欠だろう?」


「いや、不必要だろう」


「ふっ、照れなくてもいいよ。姫も最初は恥じらっていたけれど、今となっては己が内に秘めたる姫としての本質を認めているからね」


「……姫?」


 誰のことかは聞くまでもなかったので、『姫』に向かって視線だけで問い掛ける。すると生気を取り戻し、顔を真っ赤にした白雪ががばっと上体を起こした。


「諦めただけですよッ! ウィルくん、わたしの言い分に聞く耳持たないじゃないですか!」


「ハッハッハ!」


「ほら、笑ってごまかす!」


 本気で恥じらっているのか、腕を枕にしてまたもや顔を伏せてしまう。この二人の間で格付けは完了しているな。


 放っておくのも気が咎めるので、う~う~唸っている敗北者に近づいて、出来る限り優しく肩に手を置く。すると、白雪はどこか期待を込めた瞳をこちらに向けた。俺は努めて柔らかく微笑みかけて……


「大丈夫か、姫」


「不知火くんも乗っからないで下さいよ! 本気で恥ずかしいんですから!」


「そうか? 結構お似合いだと思うぞ?」


「……ほ、ホントですか?」


「おてんば姫って感じで」


「うきゃぁぁぁぁぁぁ! 不知火くんは鬼ですか! 悪魔なんですか!?」


「俺は王子だ」


「この裏切者!」


 昔の漫画みたいに手を振り回して殴りかかって来たので、頭を押さえて回避する。男女の差に加えて、白雪は小柄なことも相まって攻撃が俺に届くことはなかった。


「くっ……まさかロリボディが仇になろうとは……」


「そんなことより、暁先生はどうした? 話があるって言ってたはずだけれど」


「……ホント、不知火くんは女の子に興味ありませんよね。先生は不知火くんが遅れるって知ったら出て行きましたよ。また後で来るって言ってました。『わたしも暇じゃないのに、待たせるなんていい度胸ね。覚悟させておきなさい』とも」


「……了解」


 暇じゃないってのが本当かどうかはともかく、待ちぼうけを食らわせたのは悪いことをした……か? そもそも陽姉が羽美に部活の件を告げ口しなければ、午前中のあらゆるイベントは発生しなかったんじゃないか?


 ……間違いない。事の発端は陽姉にある。覚悟させてやらないとな。


「呼びに行った方がいいですかね? 職員室にいるでしょうし」


「後で来るって言っていたなら放っておこう。先生の都合がいいタイミングで来るだろうから」


「それもそうですね! じゃあ練習しましょう、練習!」


 さっきまでの怠そうな様子が嘘みたいに、勢いよく起き上がると没入装置カプセルへと歩み寄る。あからさまに気合の入った動きを見て、彼女がショッピングモールで語った動機は真実なのだろうと改めて認識する。


 心を強くしたい。その願いを叶えるのに、図らずともFBは適している。多くのスポーツもその日のメンタルによって実力が左右されるが、全てがシステム化されている仮想空間において、その重要性は現実を大きく上回る。


 プレイヤーのメンタルこそが根幹であり真髄。負の感情が先行すれば、アバターの動きは一瞬にして鈍る。……俺がそうであるように。


 どんな状況下であろうとも、絶望せずに勝利を目指す。挫けない心こそがFantasy Battleでの強者たる証明。昨日の試合で、白雪からはその強さを感じた。


 身勝手な願いなのは重々承知しているが、彼女にはその強さを持ち続けて欲しい。人は頑張った分だけ報われるべきだ。そういう仕組みであるべきだから。


「……不知火くん、わたしには気を遣うなって言うくせに、時々神妙に考え込むのはずるくないですか?」


「何を言っている。晩飯について悩んでいただけだ」


「言い訳が雑すぎません!?」


 まったく、人の機微に敏感なのも困りものだな。


「ほら、さっさとダイブするぞ。……ちなみに、ウィルの強さはどれくらいなんだ?」


「さぁ?」


「は?」


「いやだって、部になったの昨日ですよ? クラスで部員を募っていたらウィルくんから声を掛けてきてくれて、それっきりでしたから」


 さも当たり前でしょとばかりに言ってのけるが、自宅で手合わせするなりあるだろうが。


「ふっ、心配には及ばないさ。僕の実力は、他ならないこの僕が! 保証しようじゃないか!」


「それは何の証明にもなってないからな?」


 すべての言動に自信が満ち溢れすぎていて、ウィルの言葉には信憑性がまるでない。そもそもFB部のない峯ヶ崎に入学している時点で、実力は知れているだろう。


 俺や白雪は例外だ。まさか偶然集まった部員が全員それなりの実力者なんてことはない……よな? いや別に強いからって困ることは何もないんだが。ただ出来過ぎているというだけで。


 とにかく、戦ってみないことには分からない。俺は二人に合わせて没入装置へと身体を預け、意識を仮想世界へと潜り込ませた。

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