第38話

北風家を出た俺はまたあの公園のところまで北風が送って貰うことになった。


「…いいお母さんだな。」


「そう?」


「あぁ。」


なかなかに濃いクリスマスイブだったな。なんて言ったって学年1の美少女とも言われている北風と出かけたんだから。


「…ねぇ、ちょっと公園で踊らない?文化祭が終わった時みたいに。」


「ん〜。まぁいいぜ。」


「あれ?珍しいね?この前も「面倒臭い」みたいなこと言ってなかったけ?」


言ったな。あの時は面倒臭かったんだ。なんせあの文化祭の後だったからな。急いで休みたかったんだ。


「まぁ、いいじゃねぇか。この前は下手くそだったから成長したとこを見せたいんだ。」


「へぇ〜♪ちょっと楽しみ。」


公園には今朝と違い誰もいなかった。


「……これで魔法は終わりだね。」


魔法…あぁ。なるほど。


「そうだな。これで付き合ってるっていう設定は終わり。」


踊り終えたら今日が終わる。そうなったらその設定も無くなる。

元々対ナンパ対策だし。


「私、シンデレラみたいだ。」


「確かにな。なら、俺は魔法使いか?」


「そこは王子様じゃないんだ?」


「魔法をかけたのは俺だろ?なら、魔法使いだ。」


…それに北風の王子様なんて言う大役は俺には重い。その役は将来の本当の北風の彼氏に譲ろう。


「…王子様だよ。」


「?ごめん。なんて言ったか聞こえなかった。」


「なんでもない。さ!ちょっとだけ踊ろ!」


北風と手を繋ぎ、前と同じ踊りをする。フォークダンス?だっけ。


「おぉっ!上手くなったね。」


「まぁな。コソ練したからな。」


前に下手くそと笑われたのが少し悔しくて暇な時にちょっとだけ練習した。


「北風…その一つだけ謝りたいことがあるんだけどいいか?」


「謝ることに許可とるんだ?いいよ。何かあったけ?」


「いや、間違ってたら悪いけどさ、北風は中学の頃を後悔してたんだろ?なら、その後悔から学んでうまれたのがあの仮面だったんならそれを俺が割ったことは間違いだったかもって思ってな。」


「あっはっは!」


北風は俺の反省を聞いて笑っていた。


「真面目に悪いと思ってるんだけど…。」


「いや、ごめんね?でも、それは違うよ。あの時荒木くんが言ってた通りあれは逃げた結果うまれたものだよ。ミクのことまだ気にしてるんでしょ?」


うぐっ。バレたか。


「ふふっ。荒木くんらしいなぁ。やっぱり荒木くんは優しいよ。でも、本当に気にしなくていいよ。」


「でも…。」


「いいのっ。今は歩香達がいるし、海咲も荒木くんもいるから。だから今度はね?中学のことを繰り返さないようにみんなとたくさん話して仲良くなって誤解があっても解けるようにしたい。喧嘩しても仲直りができる仲でいたい。」


「…それが学んだことか?」


「うん。そうだね。」


北風は俺を強いって言ってたけど、北風の方が俺より強いだろ。でも、北風はガラスのようにどこか弱いことを知っている。


「私は今が結構楽しくて好きだよ。本当に好き。それをくれたのは荒木くんだよ?だから私を変えたことは謝らないで欲しいなぁ。」


「そうか。」


「うん。だから責任とってよね♪」


そう笑顔で言う北風は今日1番綺麗だと思った。


「あぁ。」


「それにいつもの荒木くんなら「ムカついたからやった」みたいなこと言ってるよ!少なくとも謝ってなかったよ!」


「いや、そもそもあれはムカついたから言ったんじゃないぞ?それに俺も悪いことしたなって思ったら謝るよ。」


「えっ?そうなんだ。じゃあなんでミクにあんなこと言ってくれたの?」


「北風が俺を言葉で助けてくれたお礼に…って思ってせめて北風がビッチじゃないってこととか北風は努力してるけどお前はどうなんだ?ってアイツに言いたくて。北風の方が強いのになんかあんな奴に負けるなんて嫌だし。」


「…私のために、言ってくれたんだ。」


「っ!!嫌だってあの時は設定とはいえ俺は北風の彼氏だった訳だし!あそこで何も言わなかったらなんか疑われそうだったし!」


それに恩返ししたかったって言うのもあるが…、1番は北風がなく姿を見たくなかったから。そう考えると北風のためとも言えなくないか。俺は俺の為だと思っているけど。


「い、いや…その!からかってるんじゃなくて…。その…。ちょっと嬉しくて……。」


北風は真っ赤になって下を向いている。北風がどんな顔をしているのか少し気になる。


「そうかい。北風がそう思うんなら良かった。」


少し…あの時言って良かったって思った。ヒステリック女には悪いことしたなとは思っているけど。


踊り終えると手を離して2人だけの舞踏会を終えた。


「ねぇねぇ荒木くん、最後に彼女としてお願いがあるんだけどさ。」


「魔法使いに叶えてやれることは少ないぞ?まさか靴を落として帰りたいとか言わないだろうな?」


「そ、そんな事しないよ!それと荒木くんは魔法使いじゃなくていまは私の彼氏!私もシンデレラじゃないよ!」


「……シンデレラだよ。」


「…え?」


強くて優しくて明るくて努力家で…。その姿はシンデレラじゃないか。


まさしくそうだ。身近でありながらその存在には手が届かない。手を伸ばしてもその手が届くことは無い。だけれどみんなに等しく接する。


だとすると俺が魔法使いというのは間違っていないかもしれないな。シンデレラを変えて、王子様の元に送り届ける。それが俺の役目だ。


「なんでもない。それで?魔法使いに叶えて欲しいお願いは?」


「ムゥ。まぁ、いいや。それでね。その…最後にギュッて抱きしめて欲しいの。」


「…俺たち本当は付き合ってないんだけど?」


なんなら好き同士でもない。俺は北風のことを友達だと思ってるし、北風は俺の事を用心棒、もしくは男友達って思ってるぽいし。


「魔法使いの荒木くんが魔法使ったから今は付き合ってるの!」


言っていることがさっきと違うじゃねぇか。


「はぁ。…っていうかどうして?」


「その…1回やっもらった時の感覚が忘れられないからというか…。安心するというか。」


「はぁ。これで本当に最後だぞ。」


俺はゆっくりと手を広げて、そして北風を優しく、でもグッと抱きしめる。北風も安心したのか、頭を俺に擦りつけてくる。…女の子って俺とは全然違う…。なんか柔らかいしいい匂いがする。……今更になってすげぇバクバクしてきた。この音聞こえてないよな?


「ねぇこのまま名前…呼んで。」


「なんでだよ。」


「頑張れそうな気がする…。」


未だに顔をピタリと俺の胸あたりにつけてる北風に顔を寄せて…。


「真美…。」


「はい…。」


「ありがとな。」


「どういたしまして。神楽くんは1人で抱え込んじゃうからね。たまには誰かに言ってみるのもいいものでしょ。」


「それをお前が言うか。」


北風の背中をトントンと叩き、これで離れるよう合図してみるが、俺にくっついたまま顔を横に振った。


「あと…ちょっとだけ…。」


「魔法が解けるぞ。その前に帰らないといけないだろ?」


「…魔法が解けたら荒木くんはどっか行っちゃうから。」


……俺は何も言わずに体勢を変えることなく、北風の望むままでいた。


北風が俺から手を離したタイミングに合わせて俺も離した。


「じゃあね、荒木くん。」


「あぁ。またな、北風。」


やはり北風はシンデレラだ。優しく、こんなにも近くに感じるのに…、触れることができるのに、決して届くことは無い、手に入ることは無い。どこか残酷かもしれないお姫さま。


……少しさっきまでの自分が意外だった。今までの俺ならいくら北風の願いだからと言ってあそこまでする事はなかった。俺自身もそこまでやるつもりはなかった。ただ…気が付けば北風のおねがいを叶えていた。自分のことがわからないとは…。少し情けないな。


「あ…。雪か。」


空から雪が降っていた。ホワイトクリスマスだな。


「寒いな。」


まだ12月…寒いのは当然だ。暖かくなるまでまだまだだ。今年の冬は長引きそうだな。

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