第25話『梅沢先生との対談』


乙女と栞と小姫山・25  


『梅沢先生との対談』     





 栞は、生まれて初めてメイクをされた。



 メイクと言っても、ハレーション止めのファンデがほとんどだが、メイク映えのする顔立ちだったので、ついメイクさんも力が入ってしまった。眉を描き足し、シャドウ、アイライン、チークも軽く引かれた。化粧前に映った自分の顔を見て、栞は、想いがクッキリしてきたような気がした。実際、収録中の栞はいつにも増して饒舌であった。司会はセリナ、同世代のゲストとしてMNBの榊原聖子が出演していた。



「係争中ですので、裁判の中身に触れることはできませんので、ご了承ください」



 最初の一言に、梅沢先生は興味を持った。知性と論理性、幼さと美しさが同居し、うかつにもこの十七に満たない少女のなかに「志」を感じてしまった。



「それじゃ、ズバッと聞きます。手島さんが、いまの教育について欠けていると思うことはなんですか?」


「わたしは、生まれは東京ですが、中高は大阪です。ですので、その狭い大阪の中でしかお答えできないことをお断りしておきます」


「はい」


「分かりやすく表現します。大阪の教育に欠けているものはありません」



「ほう……」



「むしろ過剰なんです。まずカリキュラムが過剰です。そのために授業時間が無意味に多くなっています。学校によって程度の差はありますが、0時間目、7時間目の授業は珍しくありません。その上に、生徒に求めているものは、昔の6時間で授業をやっていたころと変わりません。わたしの学校の校是は希望・自主・独立の三つです。この三つを校是、目標と考えるならば、物理的、時間的な制約が多すぎて、現実的には否定しているのと同じです」


「具体的には、どういうところに現れていますか?」


「部活が成立しません。7限が終了して、部活に入れるのは、早くて四時半になります。決められた下校時間は5時15分です。このハンパな時間は、先生の勤務時間に縛られるからです。先生の勤務時間は午前八時半から、午後五時十五分までです。それを越す部活には延長願いが必要です。この延長願いは元来非常の措置です。しかし、熱心な部活は、この非常の措置が常態化しています。だから顧問のなり手が恒常的に不足しています。また、熱心な先生ほど、過剰な労働時間が課されます。部活指導のあと分掌の仕事や教科準備、家庭連絡のための時間が取られます。勢い、そういう部活の顧問のなり手は減るか、名前だけの判つき顧問になり、顧問と生徒との乖離という問題にもなります。結果、部活の減衰傾向に歯止めがかかりません」


「他には?」


「総合学習、総合選択制の問題です。『生徒の多様なニーズに応えて』というのが表看板ですが、無節操な世論に押されて、意味のない授業を増やしています。『園芸基礎』『映画に見る世界都市』『オーラル英語』などの選択授業。お断りしますが、我が校だけではなく、他校にも似たような教科がありますので、一般論として聞いて下さい。正規の授業としてこれらの授業が必要なんでしょうか。ちょっとした土いじり、映画の部分的な鑑賞、喋れもしない英会話。ただのルーチンワークです。こんなことに先生も生徒も時間を取られて居るんです。それよりも基礎学科である国・数・理・社、そして英語に力を入れればいいんです」


「今、手島さんは、英語は無用だとおっしゃいませんでしたか?」


「オーラル英語です」


「発音や会話は不要ということかな?」


「はい」


「少し乱暴な気がしますが……」


「理由は二つです。日本語は明治になって近代社会に耐えられる言葉になりました。学術用語から日用品に到るまで日本語化しました。例えば放送と言う言葉、新聞、二酸化炭素、三人称、三人称としての彼・彼女などの言葉の発明です。授業で習う言葉のほとんどが母国語で間に合います。欧米以外では、あまりありません。だから、あえて英会話の授業はないと申し上げています。もう一つは……」


 栞は、ため息をついて、背もたれにもたれてしまった。


「なにか、ためらいがあるんですか?」

「……先生達の英語には魅力がありません」

「なるほど、ひょっとして、他の教科や、指導などでも同じようなことを感じていらっしゃるんじゃないですか」

 梅沢先生は、足を組み替えて、ゆっくりとお茶をすすった。

「……どうして、お分かりになるんですか?」


「ハハ、僕も学生のころ同じことを思ったからですよ」



 それから、二人の話は二時間に及び、世代を超えて意気投合した。おかげで司会を務めたセリナにも、同世代の代表として引っぱり出されたMNBの榊原聖子にも出番はほとんど無かった。



 収録語、そのことに気づいた栞はセリナと、聖子に謝った。二人とも勉強になったと喜んでくれた。


「二つも年下なのに、すごいと思っちゃった!」


 ことに聖子は喜んでくれて、この後、思いもかけないところで縁ができることになる……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る