第38話 あのときの贈り物

 なぜ? なぜ?

 ある日、一家が住む家の敷地の周りにエルフと人間が倒れていた。

 息はあるものの目はうつろ、言葉も「あー」とか「うー」とかしかしゃべらない。

 テオドールさんは倒れていた人間を、ステファニーさんは倒れていたエルフをそれぞれの集落の医者に診せるため、運んで行った。

 それから数日後、別のエルフや人間が同じように敷地の周りに倒れていた。

 そしてまた…。


 エルフや人間は思った。

 テオドールとステファニーの二人は何かよからぬことをしているんじゃないか。

 自分たちの集落に住まわせないことを恨んで仕返しをしているんじゃないか。

 夜な夜な人をさらって、何かの人体実験に使っているんじゃないか。

 きっとそうだ、そうに違いない。

 あの二人は悪魔のような奴らだ。

 マトモじゃない。

 このまま放置していたら危険だ。

 やられる前にやらなきゃ…


 噂は徐々にエスカレートしていく。

 まるで前世で言うところの、中世の魔女狩りのように疑惑、憤怒、侮蔑ぶべつといった感情がステファニーさんとテオドールさんに向けられた。


 それでも、エルフの長老と人間の領主は二人が何か危害を加えたとは思っていなかった。

 禁忌の地ゆえの未知なる何かがあったのだろう、と。

 これ以上犠牲者を出さないためにも、長老と領主は「かの地に近づいてはならない」と通達を出した。お互い干渉しなければ、衝突することもないだろう、と。

 ところがその考えは甘かった。一部の過激派がよしとは思わず、二人を襲撃したのだ。

 魔物を撃退するための刀を、狩りをするための弓をその手に取って…。

 知らせを聞いた長老と領主が慌てて手勢を率いて駆けつけるも、時すでに遅し。ステファニーさんとテオドールさんは倒れていた。襲撃者とともに。


「その人たちにパパとママは殺されたんですか?」

 声は震わせながらも、気丈にメアリーが尋ねる。

「いや、亡くなっておったのは確かなんじゃが。それがのぅ、致命傷といえるほどの外傷が全く見当たらんくてな。襲撃者は皆、生きてはおったが意思疎通ができんくなっておったので、事情も聴けずじまいなんじゃ。」

「…わかりました。おじいちゃ…いえ、長老様。教えてくださってありがとうございました。」

 そう言って頭を下げるメアリー。

 彼女の幼い心には色々と思うところがあるだろう。

 これを強いと言っていいのだろうか。メアリーはまだ15歳。泣く時には泣いていいんだよ、我慢しなくていいんだよ、と私は思わずにはいられない。

「メアリー、儂はステファニーの親戚じゃ。好きなだけ、おじいちゃんと呼んでくれて構わんよ。」

 メアリーがはっとした表情で顔を上げる。そんなメアリーの背中を私は優しく叩いた。ほら、おじいちゃんだよっ、おじいちゃんに甘えなさいって。

「おじいちゃん…おじいちゃん!おじいちゃん!!うわぁあああ。」

 せきを切ったようにとめどなく涙がこぼれる。

 そう、それでいいの。それでいいんだよ、メアリー。


 メアリーはしばらくすると泣き疲れたのか、それとも心の緊張が解けたのか、私の膝を枕にぐっすり眠ってしまった。

 スースーと規則正しい寝息、目じりには涙の跡。

 顔にかかっていた髪の毛を、そっと耳の後ろに引っ掛け、涙の跡を優しく拭うと一瞬ピクッと動いたが、また静かに寝始めた。

「そうだ、長老様。ステファニーさんとテオドールさんのお墓はあるんですか?」

 そう、これがアヴァロンに来た目的でもある。

「ああ、南の禁忌の地に二人の墓があるぞい。ステファニーの遺体はエルフ族の共同墓地に埋葬したかったのじゃが、集落の者が反対してな。テオドールも人間の集落で同じような話になったらしいんじゃ。」

 どうしてこうも人を憎めるのか…私にはさっぱり理解できない。


「行かれるのかな?お墓に。」

 行きたい。でも、それは今起きていることを解決してからだ。

「そうですね。でも、とりあえずは、領主様のお屋敷に戻ります。レオンさんをな場所で休ませてあげたいですし。」

 このエルフの集落に人間を置いておくのは危険だと、我ながら少し嫌味ったらしい言い方だと思ったが事実でもある。

「そうですな。ならば、お願いしたいことがあるのですが…」

 長老のお願いは、事態解決にきっと良い方向に動く、そう思った私は快諾した。


「あの、最後にひとつ質問してもよろしいですか?」

 なんなりと、と長老さん。

 引っかかっていた疑問を長老にぶつける。

「メアリーは両親の死後、迫害されたと聞いています。でも長老さん、あなたはメアリーをそういう差別的な視点では見ていらっしゃいませんよね。」

「勿論じゃ、親戚じゃしのぅ。」

「では、どうしてメアリーが迫害されていた時に助けてはくださらなかったのですか?そういえば先ほど、あの時わしの耳に入っておれば…とも仰っていましたが。」

 長老は少し悲しそうな表情を浮かべた。

「あぁ、実はな、メアリーが生まれていたことは儂には知らされておらなんだ。何やら集落の様子がおかしいと感じて儂自ら確認して、そのとき初めてステファニーに子がいたこと、彼女の実家でメアリーが暮らしていること、エルフたちから酷い迫害を受けていたことを知ったんじゃ。直ぐに屋敷に引き取ろうとしたのじゃが、紙一重のところで迫害の発覚を恐れた者に連れ去られたんじゃよ。」

 そうだったんだ…。だから、あの時耳に入っていればと言ったんだ。

 …長老さんいい人じゃない。


「それから手を尽くしてメアリーの行き先を調べた結果、メアリーが人間の、テオドールの親戚宅に引き取られたと聞いてな。少し安心しておったんじゃが、しばらくして人間にも迫害されていることを知ってのぅ。たまたま旧知の仲であったフリーダという人間の女性がアヴァロンを訪れていると耳に入ったので、彼女にメアリーの救出を依頼したんじゃ。」

 え?その人って…

「もしかして、フリーダさんってミューレンの町長さんの?」

「そうじゃよ。」

 ああ、なるほど。だから、メアリーはミューレンのフリーダ町長の家にいたんだ。


 数分後、長老の屋敷に避難していたエルフ達は大広間に集められ、長老が今後の方針を告げた。

「皆の者、よく聞けい。我らを襲うモンスターの正体が判明した。あやつの名前はファントム・デーモン。かつて魔族が使役し、世界を滅亡寸前に追い込んだ恐るべきモンスターじゃ。あれの霊体吸収はいかなる物理障壁も魔法障壁も効かぬ。あれから身を守ることができる唯一の方法は、こちらのユメ殿の防御結界だけじゃ。」

 エルフたちが顔を見合わせて話している。

 私さえいれば安心だとそんな声も聞こえてくる。

 ずいぶんと身勝手にも思えるが、逆にそれは私と一緒に行動してくれるという点で好都合でもある。

「この後、ユメ殿は領主邸に戻られるそうじゃ。ここの防御結界も間もなく解けるという。そこでじゃ。」


――我々も人間のアドルフ殿の領主邸に避難する


「異論がある者は残っても構わぬ。ファントム・デーモンに襲われても構わぬ、というなら、それも個人の判断じゃ。」

 長老は皆に厳しい言葉をかける。

 それでも、人間に守ってもらうなんて屈辱だ、同じ屋根の下など考えられない、など予想通りの反応があちらこちらから聞こえてくる。

 正直、メアリーやメアリーの両親に酷いことをした人たちを助けるというのは複雑な気分だ。だけれど、ひとつ屋根の下でエルフと人間のわだかまりをなくすこと、これが私が望むことだ。

 これ以上憎しみの感情を持った人たち、つまりファントム・デーモンが好み、ファントム・デーモンを強化してしまう霊体にならないようにする、それが私にとって事態解決の一歩だと思っているから…。


「長老の話はもっともだとは思うんですが、その、俺たちはそこまでこの女を信用できないというか…。」

「確かにすごい魔法使いだが、所詮しょせんは人間だもんな…。」

 そうだ、そうだという声がちらほら聞こえる。

「お前たち、まだそのような…」

 すかさず長老がいさめようとしてくれる。

 これほど根深い恨みってあるのかしら?でも、このままではらちが明かない…。そう思った私は

「待ってください、長老さん!」

 と言って長老の言葉を遮り、一歩前に出た。


「みなさん、私が人間だから信用できないんですよね?」

 いや…うん、まぁ、といった歯切れの悪い相槌あいづちが返ってくる。

「では、私がエルフに信頼されている人間であることを証明すれば、私の言うことを聞き入れてくださいますか?」

 今度は「そんなことできるのかよ」「証明?見せれるものなら見せてみろ」といった声が聞こえてくる。

 そういう声はスルーして、私は普段は服の内側にしまっているペンダントを引っ張り出した。


 それは青色の小さな宝玉がついた羽模様の木彫のペンダント。

 エルフのミュルクウィズ族の村長さんから頂いたペンダント。 

 取り出すと同時に、宝玉がポワッと光る。

「そ、それはまさか…。」

 やはりこれはエルフたちにとって、とても重要なアイテムのようだ。

「私が説明するのははばかられますが、こちらは『始祖の守り』です。以前、ミュルクウィズ族から授かりました。この『始祖の守り』を持つ者をあなた方エルフは公序良俗に反していない限り助けないといけない、のですよね?」


 始祖の守りは私が思っている以上に効果絶大。

 あんなにぶつくさ文句を言っていたエルフたちが、皆おとなしく私の言うことに従ってくれるようになった。

 これなら最初から見せておけば…と思わなくもなかったけれど、話し合いが通じるならそれに越したことはないもんね。でも、ちょっと…前世で見た時代劇で、印籠を見せた時の反応に近かったのは気持ちよかったかも?ちょ、ちょっとだけよ?


 ともあれ、私たちは意識不明になったレオンさんとエルフの皆を連れて、アドルフさんの領主邸に移動した。

 途中、何事もなかったのは僥倖ぎょうこうだ。


――途中まで、は。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る