第32話 アヴァロンの地にて
パカ パカ
ガラガラ…
ユメとメアリーを乗せた馬車は東へと進む。
王都はオルデンブルク伯爵領よりも東に位置している。そこからさらに東へ向かうとアヴァロンの地だ。
それにしても、アヴァロンかぁ。
この異世界って、地名とか人名とかどことなく前世で聞いたことがあるのよね。
アヴァロンは確かアーサー王伝説だったかしら。王様が傷を癒したとされている伝説の島だとかなんとか…。
ここ異世界のアヴァロンは大きな川が北側の上流で二股に別れ、そして南側の下流でもう一度くっつくその内側、つまり川の中洲のようなところに位置している。まぁ、水で囲まれてるし、なんとなく島と言えなくも無いのかしら?ただ、その大きさはとてつもなく広い。
東側は肥沃な平地で人間が農業を
アヴァロンを統治しているのは人間。だけど、森のエルフ達は恭順を示すことはなく、半ばエルフの自治領と化している。
国もこれを良しとは思っていないし、本気を出せば殲滅だってできる。けれど、国側も兵に多数の死傷者が出ることを覚悟しないといけない。だから手を出さずに知らんぷりを決め込んでいる。そのほうが損失は少ない、というわけらしい。
エルフ側は国が手を出さないことを「自分たちは特別な存在」と都合よく解釈するようになり、いつしか人間を見下すようになった。一方、人間側は(自治領と化しているので)租税が免除されているエルフに不平等感を抱き、お互い反目しあうようになった。
それでも、そもそも住まうエリアが違うので、大きな衝突は無かった。まぁ、ケンカ程度の小さな小競り合いはあったそうだけれど。
ところがある日、事件が起きた。
人間側の農作業用の家畜が脱走し、森に逃げてしまったのだ。
人間にとって家畜は労働力であり資産である大切な生き物。広大な農地は家畜なしでは耕すことはできないし、ミルクは貴重な蛋白源。
そこで、集落の人間総出で森の中をくまなく捜索が行われた。そして半日後にやっと見つかったのだが時すでに遅し。家畜は狩猟民族のエルフによって狩られ、肉塊と化した後だった。
家畜には
森の中の生き物は森を管理するエルフのもの、
普段から蓄積された
エルフと人間、互いの領域へ攻め入るも、大きな戦果は得られない。というのも、エルフは森での戦いに長け、人間は平地での戦いに長けていたからだ。結局、お互い不慣れな地では戦果は挙げられず、武力衝突は終了。
このような状況下なので、私たちは西側の森を迂回して、東側の人間の集落へと向かうことにした。
「お疲れではないですか?ユメさん、メアリーさん。」
そう声をかけてくれたのは、レオンさん。
先日まで国家プロジェクトに参加していた有能な魔法使いさんだ。加えてアヴァロンの新任監督官でもある。
「はい、大丈夫です。とても快適な旅ですよ。メアリーはどう?」
「うん、大丈夫だよ。」
先ほどのアヴァロンについての知識も、このレオンさんが教えてくれた。
シルバーに輝く髪は短く切りそろえられていて、瞳はサファイアのように青い。肌の色は白っぽくなめらかで、女性の肌と見紛うほどだ。
普段は20歳くらいの
出発前にアレクサンドラ先生に教えてもらった情報によると、魔法使いとしての腕前は宮廷魔法使いレベル。博識で優しく王からの信頼も厚いのだそうだ。
国王は昨日の約束通り国家プロジェクトを即刻解体、アヴァロンに有能な魔法使いを派遣してくれたとみえる。
私たちは好都合とばかりに、アヴァロンへ向かうレオンさんの馬車に同乗させてもらっているのだ。
「ユメさんとメアリーさんは第一級国賓として丁重におもてなしをしなさいと国王からの厳命が出ています。何か不自由なことがありましたら、遠慮なく言ってくださいね。」
これは・・・この爽やかイケメンはさぞモテるだろうなぁ。
え?私?気があるんじゃないかって?
うーん、どうも色々とありすぎたせいか、恋愛感情が置いてけぼりな感じなのよね。
前世ではできなかった恋愛とか結婚に憧れが無いわけじゃないし、前世の私なら間違いなくこのイケメンさんに恋に落ちてたんだろうけれど…。
「しかしアヴァロンは先ほどの説明のとおり、物見遊山で行くような土地ではないです。何かご事情があると思われますが、差し支えなければご要件をお伺いしてもよろしいですか?私の立場なら、色々とご協力できることも多いと思いますので。」
確かにレオンさんは監督官。この監督官は領主のお目付け役のような立場、つまり領主様より偉いのだ。今回の内容が内容なだけに、話をしておいたほうが都合がいいだろう。でも…。
「メアリー、レオンさんにお話ししてもいいかな?」
私がよくても、メアリーがよいとは限らない。
これはメアリーのための旅なのだ。彼女の意思を尊重しないと。
「いいよ、ユメ。」
私の取り越し苦労だったようで、メアリーは頭から被っていたローブを降ろし、秋桜色の髪とそこから見える先の尖った耳をレオンに見せた。
「ええっ!?そんなことが、アヴァロンで!?」
メアリーがアヴァロン出身であること、エルフと人間のハーフであること、両親は殺されてしまったこと、ハーフエルフのメアリーは迫害を受け続けてきたこと。
それらを話すと、レオンは驚きを隠せなかった。そして
「すみません、そんな事情があったとは露知らず、かの地の紛争についてしゃべってしまいました。お詫びいたします。」
と言って深々と頭を下げた。
レオンさん、前情報どおりの優しい人だ。
「いえ、こちらこそ、何も事情をお話ししておりませんでしたので、気にされないでください。」
「とんでもない!アヴァロンの地でおきた事件の責任は、我々王に仕える者たちの責任です。我々が不在だったばかりに、こんな…こんな酷いことが起こってしまうなんて…」
レオンはぐっと拳を握りしめ、目をぎゅっと閉じた。
レオンは元々アヴァロンの担当ではないし、不在だったのは王やトイフェルの責任だ。だから何も心を痛めることはないのだけれど…。
そんなレオンの手にメアリーが優しく手を重ねた。
「レオンさん、私なら大丈夫です。ですから、どうか顔を上げてください。」
レオンは言葉につられて、今にも涙しそうな顔を上げた。
「ただ、よろしければパパとママのお墓探しに協力していただけませんか?何しろ幼少のころにアヴァロンを離れたので、お墓がどこにあるかわからないのです。」
レオンはメアリーの手を取り、必ず探してみせると強く約束した。
「う…ん?」
「どうかしましたか、レオンさん?」
外を眺めていたレオンが小首をかしげる。
「いえ、アヴァロンの森がどうも静かすぎて…」
馬車が進む右手には大きな川が流れ、その対岸にはどこまでも続いていそうな大きな森が広がっている。
これだけ大きな森だと、確かに鳥や生き物の鳴き声が聞こえてきてもよさそうなのだが、確かにシーンとしている。
「いつもは違うのですか?」
「いえ、私もアヴァロンに来るのは初めてなのですが、馬車の周囲100mに張り巡らせている探知魔法に何も引っかからないのです。」
え?レオンさん、ずっと探知魔法発動させたまま涼しい顔してたの?
さすが有能な魔法使いさんだ…。
「それは気になりますね。でも…」
「はい。だからと言ってこのまま森に入るわけにもいきません。ひとまずは領主邸に向かいましょう」
そう言ってレオンは御者に急ぐよう伝えた。
馬車のスピードが上がり、それにつれて揺れが酷くなる。
でも今は馬車の揺れなど気にしていられない。なぜなら、先ほどから胸騒ぎが収まらない…不安で不安で仕方がないのだ。
――なにか、なにかが起きている気がする
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