第28話

 今日は土曜日。

 朝の八時から坂本君と加藤君の二人がうちにやってきた。十二時まで三人で英語の課題をやる為に。


「いやぁ、お前が英語得意でよかったよ」

「ま、まぁ一応クォーターだし、おじいちゃんは英語圏の人だったしね」

「でも如月って、日本生まれの日本育ちなんだろ?」

「そうだよ、加藤君。ハーフのお父さんもそうなんだけどね。でもハーフなのに英語喋れないのはおかしいって子供の時に言われたらしく、それで英語を猛勉強したんだってさ。それでボクも小さい頃から英会話教室に通わされてて」

「なんにしても、宿題が早く片付くのは喜ばしい事だっ。さくっと終わらせて十二時になったら帰るぜ」

「だな」


 こうして二人と課題に取り組み――主にボクが問題を解いて二人が写すだけだったけど――出された課題の半分ぐらいは終わった。

 十二時になると二人は行きがけに買ってきたというパンを頬張りながら、自転車で帰って行った。






 二人が帰ってからボクもお昼を食べ、お腹を休めたら急いでベッドに横たわる。

 昨日あまりプレイできなかった社会人組みも、今日こそはと張り切ってログインしているんだろうなぁ。


 サーバーが解放される十三時になったから、張り切ってヘッドギアの電源を入れるんだけども……


《ログインサーバーが大変混雑しております。暫く間を置いてから再度ログインを試みて下さい》


 というメッセージがバイザー越しに浮かぶだけ。

 もうかれこれ五分はこんな調子だ。


「早く早く早くっ」


 と呪文のように唱えても、結果は変わらない。

 一秒でも早くログインしたいので、何度も何度もリトライする。


「で、結局ログインできたのは十五分も過ぎてからだよ」

「んむ。まぁ似たようなものだな」


 ようやくログインしたと思ったら、目の前に変態エロフがいた。

 どうやら彼もボク同様、何度も何度もログインサーバーに弾かれてやっと入れた口みたいだな。


「君のクラスメイトとやらは、上手くログインしたようだぞ。既にフィールドの奥のほうに居るようだし」

「え? そんなの解るんですか?」

「んむ。フレンド画面を見れば、今どのエリアにいるかまでは解るからな」


 なるほど。そういうのもフレンド一覧の画面で解るのか。

 見てみると、シグルド君とアンナさんは、揃って『ギズモアの森』という所にいた。まだボクも行った事の無い場所だな。

 追いかけるのもなんだか恥ずかしいし、何よりシグルド君の邪魔はしたくない。

 ボクはボクで狩りに出かけようかな。


「あの、セシルさんの予定は?」

「ん? 私か。予定というか、やりたい事はあるが」

「やりたいこと?」

「んむ」


 そう言ってセシルさんが上を見上げる。そこには町を囲む壁があるだけ……。

 またこの人は上るのか!?


「面白い景色を探すこと!」

「え、面白い?」


 面白い景色って……なんですか?






「はぁ……はぁ……」

「いや、別に付いてこなくていいのだが?」

「い、いいえ。せっかくですし、ボクも暇ですし」


 面白い景色。

 それがなんなのか気になった。

 気になったので、セシルさんについて来た。


 まず最初にフィールドに出て、海に向って走り出した。

 海を見に行きたいのかなと思いきや、途中で道を逸れて山に向いだす。山といっても標高そのものは低く、ただ岩が切り立っていて普通に上るのが困難な山だ。

 迂回しても良さそうな山なのに、そこを当然のように上り始める彼。

 山の中腹も過ぎたし、今更面倒だからって引き返せない。引き返しても進んでも、もう同じ距離だし。

 あ、帰りの事も考えれば、引き返すほうがまだいい……かも?


「よぉし、暇人なら多いに楽しもうではないか」

「あ……あぁ、はい……」


 もう引き返せなくなった。

 い、いいさ。どんな面白い景色が見えるのか、この目で確かめてやるんだからっ。


 必死な思いで岩をよじ登り、やっと頂上に辿り着く。

 見えたのは――海だ。


「わぁ……綺麗ですねぇ」

「カラーインクを溢したような美しさだな。いや、ある意味カラーインクの色か」


 そんなみも蓋も無い事を……。


 でもこれが面白い景色なのだろうか。普通に綺麗なだけだと思うんだけど。

 確かにこの岩山の裏手は断崖絶壁で、落ちれば直で海になってるけれども、それだって面白いと言えるのだろうか?


「よし、では行くぞ」

「え? 行くって、どこに? もう帰るんですか?」

「誰が帰ると言った! 行くと言ったのだぞ、行くと。そぉ〜れっ」


 と言って、彼はボクの背中を押した……押されたっ!?


「ぅわわわわわわわわっ!? ひぃ〜〜んっ」

「ふは〜っはっはっはっはっは」


 落下する。

 海に落下するぅ〜っ。

 困惑するボクの思考。

 理解できたのは、楽しそうに笑う彼の声が聞こえているという事。


 次の瞬間、ボクたちは海に落ちた。

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