第26話

「どうかな? どうかな?」


 レベル8になって道着を着れるようになった。

 さっそく装備をチェンジして――VRでもここはゲームらしく、アイテム欄の装備をポポンッと二回タッチするだけで着替えが完了。

 道着は上半身装備扱いなので、ズボンはさっきのと同じままだ。色はクリーム色なんで、真っ白い道着と合わなくも無い……はず。


「どう……どうっていうか……あーなんだっけ?」

「っぷ。馬子にも衣装すぎるだろ、君」

「そうそう。さっすが兄貴! そうだよ、孫にもいしょ……いてっ」

「似合ってるわよマロン君。ね? そうでしょ、シーグールードぉ」

「に、似合ってる。似合ってるよマロン」

「っぷ」


 明らかに「似合ってない」と言われている気しかしないんですけど。

 アンナさんは優しいなぁ。それに引き換えシグルド君とあの人は……。


「もう、いいですよ! 見た目より性能なんですからっ」

「そうだな。性能だな。んむ。性能は名品なのだからかなり良い物だろう。っぷ」


 真っ当な事言った直後に鼻で笑うなんて!

 酷いっ。酷いのに、頭にこないのが悩ましい。


「無事にマロン君とセシルさんのレベルも8になったし、そろそろ戻りますか?」

「そうだな。サーバーのシャットダウンもそろそろだろうし」

「あ、そうか。深夜十二時で今日の分は終わっちゃうんだよね」


 ご飯を食べてログインしたのは、たぶん九時前だ。十二時で終わりだったし、三時間ちょっとか。

 現実の六時間がこっちの二十四時間だし、一時間辺りだと――ゲーム内は四時間ってことだね。

 うわぁ〜、もうログインしてからこっちでは十二時間近く経ってるのかぁ。

 そう思って腕時計を確認すると、時刻は四時五十分。


「たぶんこっちの六時頃にはシャットダウンだぞ」


 時計を見ていたボクに、セシルさんが教えてくれる。

 まだ一時間ぐらい余裕がありそうだけど……。

 それも顔に出ていたのか、


「町に戻る時間、あと清算もしなきゃならないだろう」


 と更に教えてくれる。

 案外優しい人なんだ。

 そう思ったのは一瞬だけ。


「さぁ走れ! 馬車馬のように走りたまえ〜。『スピードアップ』は〜っはっはっはっは」


 黙っていればきっと女の人にもモテるだろうになぁ。

 残念過ぎる。






《『Dioterre Fantasy Online』のクローズドベータテストへご参加の皆様へお知らせです。間もなく予定しております、サーバーのシャットダウン時刻となります。フイールドにいらっしゃる方は、速やかに安全地帯へと避難して頂きますよう、お願い申し上げます》


 町に戻って早々、空からこんなアナンスが流れてきた。

 ボク達は既に清算広場と化した場所で、各々のアイテムを換金していく。物が多いので誰か一人に集めることは出来なかった。

 売ったお金を今度はアンナさんに一度渡し、その合計金額を四人で割って分配だ。


「でもセシルさんはソロで狩りしていた分も混ざってしまったんじゃ?」

「混ざったが、何個拾っていたかなんて覚えておらんしなぁ。それに、これを貰ったからいいさ」


 といって口に咥えた枝を指差す。

 でもそれ、元々セシルさんがドロップした物ですからぁ!


「兄貴の課題はインベントリの拡張っすね」

「んむ。早急にインベントリ拡張クエストを求める。えっと、苦情送りつけてやろう」

「苦情ってどこにですか!?」


 なんかまたやらかそうとしているよ、この人。


「どこって、運営に決まっているだろう」

「そこは苦情じゃなく、せめて要望にしましょうよ!」

「そう言ったではないか!」

「言ってませんよ! 苦情って言ってますよっ」

「確かに」


 ……もうやだこの人。疲れちゃうよ。


 清算を終えると、時刻は五時四十五分。

 あ、もう直ぐ終わっちゃうのか。

 少し残念な気もする。

 もう少し……遊んでいたいなぁ。


「なな、マロン?」

「ん、何シグルド」

「明日さ、か――あいつと一緒にお前ん家行っていいか?」


 か?

 かー、かー、かー……あ、加藤君の事かな。


「いいけど、どうしたの? お昼からゲームでしょ?」

「そうなんだけどさ、午前中の内に夏休みの宿題、やっちまわないかと思ってさ」


 夏休みの宿題――既に何教科かは配られている。この土日も使ってやれ、という先生のお達しだ。そうすれば夏休みものんびり暮らせるぞなんて、笑いながら言ってたっけ。

 それをシグルド君――坂本君は実行しようと言うのだ。


「まぁ午前中しかないし、ちょっとしか出来ねえだろうけどさ」

「クローズドベータ終了後も三日ほど空きがあるから、私はその三日で終わらせるつもり」

「あ、アンナさんも学生さんだったんだ」

「うん。シグルドやマロン君と同じ一年生よ」


 同じ年だったのか!

 しっかり者なイメージだったし、年上のお姉さんだとばかり思ってた。

 もう一人のセシルさんは……もちろん年上だよねぇ。


「ん? なんだねその目は。私か? 私も一年生だぞ」

「「えぇ!?」」

「ランドセルの似合うピッカピッカの一年生だ!」


 ……誰がそんな事を信じるとでも思っているのだろう。

 ものすっごいドヤ顔してるけど、誰も無反応だよ?

 あ、なんか辛くなってきたのか、顔が引き攣ってきた。

 あ、肩を落としたぞ。

 座り込んだ。

 地面にのの字書き始めちゃったよ。


「あ、そうだ! マロン君、セシルさん、フレンド登録お願いしてもいいですか?」


 唐突なアンナさんの言葉に、のの字を書いていたセシルさんが立ち上がる。


「んむ。よかろう!」

「立ち直りはやっ」


 すぐにアンアさんからフレンド申請というのが送られてきた。パーティー申請と同じ流れだ。

『OK』ボタンを押すと、

《マロンさんとフレンドになりました》

 というメッセージが浮かぶ。

 すぐにシグルド君からも申請が送られてきた。


「ゲーム内で連絡取り合うときに便利だしな」

「うん。そうだね。ゲームの中じゃあ電話の呼び出し音も聞こえないし」


 今までこれといって仲が良かった訳ではなかった、ただのクラスメイトという感じだった坂本君。

 これからはゲーム内だけじゃなく、現実でも友達と呼べそうな気がする。


 それから……申請はもう来なかった。

 腕時計の針は、まもなく六時を刺す。


 来ない……なら、ボクは……


 時計を押してシステム画面を開く。そこから目標人物を触るつもりで視界をタップ。

 出てきたウィンドウからアレを――


《サーバーのシャットダウンまで残り一分です》


 えぇ!?

 あ、焦らせないでよっ。

 違うところをタップしたせいで、ウィンドウが閉じちゃったじゃないか。

 もう一度――あぅ。向こうが動いてシステム画面から消えちゃったよぉ。

 えーっと、えーっと……ここだ!


《サーバーのシャットダウンまで残り三十秒です》


 あの人をタップして、ウィンドウから――よし、出来た!

 あとは……。


《サーバーのシャットダウンまで残り十秒です》


 ダ……メ?


《サーバーのシャットダウンまで残り五秒です》

《サーバーのシャットダウンまで残り四秒です》

《サーバーのシャットダウンまで残り三秒です》

《サーバーのシャットダウンまで残り二秒です》

《セシルさんとフレンドになりました》


 やった!?


 その瞬間。カウント残り一秒を待たずして、ボクの視界は暗転した。

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