不幸を背負った人が幸せになるはなし

うぃんこさん

第1話 ネクターのはなし

ネクターのはなし その1

「元気な男の子ですよ」


「……そうか」


セントラルシェル中央病院分娩室前。看護師に第二子出産の知らせを聞いた男、ウィンドウ・スモールサイズは沈痛な面持ちで俯いている。


「母体も健康そのものです。早く旦那さんに会いたいって言ってましたよ。ささ、どうぞ」


「……なあ、看護師さん。ネクターに、赤ん坊に触ったか?」


「もう名前を決めてらっしゃったのですね。ええ、お子様を取り出したのは私ですが」


「……すまない」


「え?何で謝るんですか!?あの、えっ……!?」


ウィンドウは浮かない顔をしたまま分娩室に入る。元気に鳴く赤子と、それを慈しむように抱く妻、アリアの姿があった。


「あっ!ウィンドウ!見て見て!今回はちゃんと産んだわよ!」


「何で出産直後にそんな元気なんだお前……いや、デスクが特殊だったのか?」


第一子であるデスクは、触れると魔力が枯渇する能力を先天的に持っていた。そのため出産直後にアリアの容態が急変し、病院を騒然とさせた事があった。


さらに医師や看護師の魔力も削り取ってしまったため、魔力の無いウィンドウがその後の処置を頑張ってなんとかした。まるでそれを見越していたかのように、手際は良かった。


ウィンドウは浮かれるアリアをよそに、赤子を受け取る。元気に鳴く我が子を見て、ウィンドウはさらにしかめ面になる。


「……何よ、そんな怖い顔して。大丈夫よ。デスクの時は流石にヤバかったけど、今回はほら、こんなに……ピンピン……」


突然、アリアが倒れた。ウィンドウは驚くことなく赤子をあやし続ける。


「無事なわけがねーだろ。お医者さん、多分こりゃゲリデルバー症による急激な魔力欠乏だ」


「ゲッゲリデルバー症!?でっ伝説の!」


「伝説はともかく今は治療法が確立してんだろ?早いとこエーテル点滴打った方がいい。うちの嫁を殺す気か」


ゲリデルバー症。魔力が徐々に低下し続ける難病だ。まるで下痢を垂れ流すかのように魔力が失われていくことからこの名がついた。


もっとマシな名前は無かったのかというのはさておき、現代ではエーテルを注入し続ける事で病魔が去るまで耐えることが出来るという学説が主流になっている。初期の処置が遅れるだけで死に至るため、難病には変わりが無い。


「ああ、それと……勝手で申し訳無いが、こいつの面倒は俺が見る。何人たりともこいつに触れないで欲しい。頼む、あんたらの生死に関わる事なんだ」


「そういえばあなた、前のお子様も自分でなんとかしましたね……分かりました。あなたを信じます」


「重ねて頼む。これ以上被害者を生むわけにはいかないからな」


ウィンドウは赤子を抱いたまま分娩室を後にする。本来出産直後の赤子は保育器に入れておくのが普通なのだが、彼はそうしなかった。我が子を自宅へ持ち帰り、寝る間も惜しんで処置を続けていた。



三日後、アリアは何事も無かったかのように復活し、あっさり退院した。退院直後に我が子を抱こうとしたが止められた。ウィンドウは自分以外が触る事を固く禁じた。



その翌日。ネクター・スモールサイズ誕生から四日後。ネクターを取り出した看護師はバナナの皮で滑って病院の窓から転落して死ぬという浮かばれない最期を遂げた。





それから4年の月日が流れた。ネクターはあれからウィンドウ以外に触れる事無く成長していった。ただ、触れる事は出来ずとも親戚やウィンドウの友人との交流はあった。


孤児院で家庭教師を買って出てくれた母方の伯父と伯母、自分の離乳食をどっちが作るかで母と揉めていた黒衣の男。エーテルドライバーに乗せてくれた小柄な男。手製家具を自慢してくる赤髪の男。


彼らはウィンドベルというアウトサイド能力者を討伐及び保護する組織の幹部である。ウィンドウとアリアも同様だ。


そして、自分と同じ誰にも触る事を許されていなかった兄のデスク。彼の存在はネクターにとって唯一の救いだった。同じ苦しみを分かち合える仲間として。人間としてギリギリ踏みとどまれた要因だ。


父はつきっきりで世話をしてくれた。歩けるようになってからは戦い方を教えてくれた。ネクターはそれが嫌だった。この人は自分を兵器としか見ていないと子供ながらにして思っていた。


いつしかウィンドウを拒絶するようになった。それでも父は毎日のようにやって来る。段々父に対する感情は悪化していった。これはマズイと思ったウィンドウはアリアを連れてきた。


「母さん!」


「あら、ネクター。思ってたより元気そうじゃない……ウィンドウ、あんたこの子に何したのよ」


ネクターは母を好んでいた。いつも自分に対して優しく接してくれるし、作ってくれるご飯が美味しい。触れることの出来ない二人の子を前にしても、愛情を失うことは無かった。


「あれー?おかしいな……お前、何で俺には冷たいんだ」


「うるさい。親父はやだ」


「見事に嫌われちゃってるわね……あんた、去ったほうがいいわよ」


「そのようだ。じゃあ俺はデスク見てくる。いいか、1分を過ぎたら離れろ」


ウィンドウの物言いが気に入らなかったのか、ネクターはもうドアの向こうに行ってしまったウィンドウを睨み付ける。そんなネクターを、アリアは抱いた。


「か、母さん?」


「ネクター。あなたはね、アウトサイドっていう悪い病気にかかっているだけなのよ」


「あ、あうとさいど?」


「だけどね、母さんはそれを無効化する魔法インサイドを持っているの。1分間だけだけどね。だからこの魔法をもっと良くすれば、あなたを普通の男の子にしてあげられるの」


まだ幼いネクターにはアリアの言葉を半分も理解できなかった。ただ、一つだけ分かっているのは、母が泣いているということだ。


「だから、もうちょっと待ってて。それにね、もうすぐあなたに妹が出来るのよ」


「……どういうこと?」


「ほら、お腹触ってみて。動いているでしょう?私のお腹の中にいるのよ」


「えっ!?どうやって出すの!?まさかお腹を裂くの!?」


「それは本当に困った時だけよ。ほら、早く」


ネクターは恐る恐る母の腹を触る。鼓動が聞こえる。自分の胸に手を当てた時と同じ音が、手を伝わって聞こえてきた。


本当に動いている。生命が確かにこの中にいる。ネクターは願った。これから生まれてくる妹が、自分や兄と同じく不幸に生まれてこない事を。


それが、いけなかった。


「あっ……グッ……!」


アリアの全身からおびただしい数のロングソードが生えてきた。


「か……母さん!」


アリアは止めどなく溢れ出す血を省みず、ネクターを手で制した。


「そう……あなた……そんな能力アウトサイドも……持っていたのね……」


「あ……え……?」


「あなたは気にしなくていいわ……これは私のミス……1分って短いのね……」


「やだ……死なないで……死なないでよ母さん!」


「大丈夫よ……何の加護も呪いも無い、ましてや自分で鍛造したロングソードごときで私が死ぬかってんです……のッッ!」


アリアは体から出てきたロングソードを苦悶の表情を浮かべながら抜いていく。


「おいどうしたアリ……」


異常を察知したウィンドウはネクターを一瞥した後、額に手を当ててため息をついた。ネクターはその目を見て、恐怖した。


「……すまない」


だが、その目とは裏腹に出て来た言葉は謝罪であった。自分に向けての懺悔であった。


(なんで)


「ごめんね……私が頑張らなかったから……こんな無様を見せてしまった……」


母の口からも出てきたのは謝罪。


(なんであやまるの)


「ネクター。アリアなら大丈夫だ。必ず助かる。だから気にすんな」


(なんでやさしくするの)


「いい……?今日のごはんは非常に不本意だけどクスターが作るわ……だからじっとしていなさい……絶対に……どんな手段を使っても……あなたを助けてあげるから……」


(なんで)


「なんでだよ!なんで僕は生まれてきたんだよ!なんで僕なんか産んじゃったんだよ!そんなの、母さんが苦しいだけじゃないか!」


「……ネクター」


「なんだよその目は!やめろよ!僕を憐れむなよ!早く僕から離れろよ!親父まで串刺しにしたくないよ!」


「落ち着け!あと少しでお前は助かる!絶対にだ!俺が保証」


「黙れよ!」


ウィンドウの体も、無数の剣が貫いた。それと同時に、剣が一瞬で抜け落ち、傷も塞がった。


「……あー、どうやら俺って育児下手だな、どうも」


「あ……ああ……」


「余計なお節介だが、これだけは言わせてくれ。お前には物を作り出す力がある。お前が見たものは全て作り出せる。明日は美術館に行こう。楽しみにしているからな」


ウィンドウとアリアは去っていった。部屋に残されたのはおびただしい量の血だまりと血に濡れた無数のロングソード。


ネクターは泣いた。この世に生まれてきたことを呪った。最愛の母を傷付けてしまった。人とも思っていなかった父をさらに恨んだ。


しばらくしてウィンドウが夕飯を部屋に持ってきた時には、ネクターの姿は既に無かった。4月4日。ネクターがこの世に生を受けてから丁度4年が経過していた。

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