【ライセンス!】第85話:男子会 2

 身を委ねる?


 こんな状況でそんなこと言われたら間違いしか起きないことは確定だと、冬は松の言った未知の世界へ自分を誘う力強い一言と、その声と共に優しく吹き掛けられる吐息に、ぶるりと身を震わせた。


 冬の動きにくすりと笑いながら、松はほんの少し圧迫する体を持ち上げて至近距離で冬を見つめる。


「ま、松君……?」

「冬……」


 冬の怯えるその瞳に、了解を得たと思ったのか、松がゆっくりと、全身を委ねるように押し付けていく。

 てらりと淡く光るその唇は、必然的に冬の唇へと吸い込まれるように近づいてきた。



 待って、待って待って!? 本気ですか! 本気なんですか!?



 どきどきと未知の体験に高鳴るその胸の鼓動に。

 後数ミリに近づくその唇に。


 もう、ダメだ。


 と、冬は目をぎゅっと閉じることしかできなかった。



 冬にとって、未知の世界が今開かれ――





「「――『解除』っ!」」



 瑠璃とシグマが同時に叫ぶ。


 びくっと松がその声に驚き動きを止める。

 直ぐ様冬に馬乗りになった松を瑠璃とシグマが捕まえて引き剥がすと、がたんと、勢いよく一人がけのソファーと松がぶつかり、共にひっくり返って動かなくなった。


「あっぶねぇ……なんちゅうヤバイもん使うんだあいつはっ!」

「これは……凶悪すぎるね……冬君、大丈夫かい?」

「ひっ!」


 今度は二人がかりなのかと、破れた衣服から見える自分の地肌を隠しながら怯える冬に、そんな気はもうないと苦笑いする二人。


 だが、逆を言えば、先程まではそんな気があったのも確かで。


 ぶるりと。

 二人も、及ぶ前に解除が出来てよかったと体を震わした。


『……濡れ場、終わりましたね。録画の準備が無駄に終わりました』

「「終わって本当によかったっ!」」


 枢機卿の言葉に二人が叫ぶ。

 冬はそこで自分の貞操の危機がなくなったことに気づいて、ふるふる震えて安堵のため息をついた。


「シグマさん。これ、誰の型式かな?」

「ゆ――ピュアの『幻惑テンコウ』だ」

「テンコウ?」

「幻惑とかいてテンコウだな」

「……なにかな。イリュージョニストなのかな」


 そんな会話をしながらも、瑠璃は裏世界最強と言われるピュアの型式の強制力に驚いていた。


 これがもし、今回のように同性に対する認識の改竄ではなく、別の認識を持たせられていたと思うと、気が気ではない。


 シグマがこの力を知っていなかったら、今頃ここは乱れ乱れに絡み絡みの場と化していたと思う。


 瑠璃は型式とは付き合いは長く、このような精神攻撃に使えることも理解はしている。


 常にそのような攻撃には警戒していた瑠璃だが、それでも、少しおかしいかな程度でしか感じられず、改竄されていることに気づきもしなかった。


 もし、そのままであればどうなっていたか。


「……ああ、なるよね……」


 型式を使えない松の行動を思い返すと、一目瞭然だった。


 そんな松は、やっと目が覚めたのか、青い顔をして呆けている。


「型式を直に受けたからかな」

「……あ、松君が『焔』の型を使ったことですか?」

「『焔』だったのは、前に見たことあるからだろうな」

「……あんなんで覚えられるんかい……」


 こんなことで型式を発現させたのは松くらいじゃないだろうかと、三人は松を見ながら苦笑いする。


「ピュアさんにはもうやらないように言っておいてね、シグマさん」

「……ああ、確実に、言っておく……」


 今回は悪ふざけだからよかったものの――貞操の危機に誰もが陥っていたのでよくはないが――かなり凶悪な力だと感じた。


 もし、今も類似の型式による別の認識をかけられていたとしたら――


「何が正しいのか、分からなくなるからね」


 ――自分の倫理観が覆る。


 瑠璃は、ピュアという存在に、いろんな意味で恐怖を覚えた。



「あー、危なかったわ。危うく彼女に顔向け出来んようなるとこやったわ」


 自分と共倒れになったソファーを起こしながら、冬から離れて座り直した松が、冷たくなったお茶をずずっと飲みながら言う。


「「……え?」」


 三人は、松の言葉に、聞き間違えたかと動きを止めた。


「なんやねん」

「「……彼女?」」

「おるぞ?」


 ぴたっと。

 リビングが静かになり――


「「はあぁぁぁっ!?」」


 ――叫び声がリビングに木霊する。

 奇しくも、その叫びは。


 寝室での和美と美保の叫びと、ほぼ同時だった。






「なんやねん! おったら悪いんかいっ!」

「……いや、なんだ。その……まさか、そばかすに恋人がいるとは、な」

「そばかす言うなや」

「人のことをハーレムとか言っていたのに」

「「いや、それは間違ってない」」


 瑠璃と松が同時に否定する。

 冬は、こう言うときだけなんで二人はこんなにも息が合うのかと思いながら、自分のハーレム疑惑を晴らせなくて肩をおとした。


「……で。誰だ?」


 少なくとも、冬のハーレム達の中にはいないことは確かだと、シグマは聞く。


 裏世界で知り合った相手だと考えるが、流石に殺人許可証所持者ではないだろうと思う。


戦乙女ヴァルキリーや」


 その名前に。


 冬は、焼かれて乱れた服を抑える手を止め。

 瑠璃が瞳を見開き。

 シグマの手から、ぽろりと、吸おうとしていた煙草が落ちる。


「……B級の……?」

「B級やな」

「以前一緒に病院潰した?」

「そやで。冬の後輩ちゃんの目を治した姉ちゃんや。あの頃からよく一緒に仕事しててな」

「……裏世界で、右に出るものがいないって言われている、『流』の型の使い手か?」

「それは知らへんな」


 三者三様の確認を、松へ。


 冬はあの頃から一度も会っていない、お礼を言わなきゃいけないと思っていたその所持者の名前に驚いた。



 そんな驚きで、しーんと静けさが訪れた時。




 ――ピンポーン



 誰かの訪れを告げる音が、鳴る。



「三度だけじゃなく、四度……」


 今日は千客万来だと思いながら、冬にとっては不吉の音ともなったチャイムの音に。


 次こそは誰かに連れ去られるんじゃないかと、先程とは違う怯えの表情を浮かべて玄関へと向かう。


 だが。

 事故、または事案のような、あのような事が起きたこの場からほんの少し離れられると思うと、ほっとした。


「はい、どなたでしょう――」


 かちゃりと、玄関を開ける。


 扉を開けたその先にいた人は。

 扉から現れた冬の破けて乱れた衣服から見える体つきをじっと見ると、にやりと妖艶な笑みを見せた。


「……なんだか、面白そうなことが起きていたようですが?」


 つい先程起きたよく分からない出来事を忘れたい冬としては、この人に知られたら余計に話がややこしくなりそうだと感じた。


 そこにいるのは、数日ぶりの、妖艶な雰囲気をもつ女性。


 その標準装備とも言える純白のエプロンドレスには、『御主人様への愛は不滅です』と、描かれるメイド姿がよく似合う女性だ。


 その来訪者に。


 もう、この家は、混沌だなぁと思いながら、ひくっと口角をあげることしかできない。



「呼ばれた気がしたので来ましたよ」



 鎖姫――水原姫が、そこにいた。







……………………

BL話の続きですね。

BのLは難しいなぁって思いながら、一閃まで行くべきかと悩みながら、思いとどまりました(^_^;)

……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る