第304話「私情試乗」

 地上前衛拠点シード04ースサノオ、通称サカオ。

 大小様々な建造物群が複雑に絡み合い、芸術的な混濁の模様を見せる商業の町だ。


「ここ、わざわざ作ったんですか?」

『これくらいなら特別に建設計画を策定する必要もないからな。備蓄物資をちょっとちょろまかして作ったんだ』

「ちょろまかすもなにも、資源もサカオが管理してるんだろ」


 突然目の前に現れたサカオは、あれよあれよという間に俺たちを自身の管理する町へと誘った。

 そうして彼女は俺の手を引き、中央制御区域の片隅にある建物へと入る。

 町並みに合わせた砂岩の倉庫のような外観で、中は薄暗い。

 どうやらここはサカオが秘密裏に建設した建物らしく、wikiで纏められているサカオの地図にもそれらしき物件の情報は上がっていなかった。


「わたしたちをここに呼んで、一体何をするつもりなの?」


 怪訝な視線を送るラクトに、サカオは明確には答えない。

 その代わり彼女は口元に笑みを浮かべて壁際のコンソールに手を伸ばした。


『まずはコイツを見てくれ。話はそれからだ』


 鮮烈な光が天井から落とされる。

 巨大な照明が連続して点灯し、建物の中にうずくまっていた影を散らしていく。


「こ、これは……!」


 トーカの驚く声。

 白い光に照らされた倉庫の中央には、分厚いシートの被せられた物体が1つ。


「えっと、なんだこれは」

『シートを外すの忘れてたな……。レッジ、手伝ってくれ』

「締まらないなぁ」


 若干呆れつつ、恥ずかしそうに小走りでシートの下へ向かうサカオの後を追いかける。

 分厚い遮光シートを二人で引き剥がすと、現れたのはゴツゴツとした太いタイヤを備えた荒々しいビジュアルの四輪駆動車――バギーだった。


『BBエンジン式全地形対応車。通称BBBだ!』


 どうだ、と得意げに両手を広げて鼻を膨らませるサカオ。

 どうやらこれが俺たちに見せたかったものらしい。


「えっと、これがどうかしたのか?」


 そんな彼女には大変申し訳ないが、これを見せられてなるほどと手を打つ者は居ない。

 プレイヤーの手で大型航空輸送機まで開発された今、色々とデメリットはあるもののこういった車両も当然開発と販売が成されている。

 目新しいという程の物でもなく、驚くこともあまりないように思えた。


『う、ぐ。ええと……』


 反応に困る俺たちを見て、サカオは愕然として唇を噛む。

 狼狽する彼女に胸が痛くなった俺はよしよしと彼女の背中を摩って落ち着かせた。


「まあサカオ。とりあえずコレを用意した理由を教えてくれ。わざわざ俺たちを連れてきたってことは、何かしら考えがあるんだろう?」


 母親と喧嘩してぐずる姪から事情を聞き出した時のように、ゆっくりと落ち着いて急かすこと無く本人の言葉を待つ。

 人間、無理に言葉を引きだそうとすれば本心をそのまま吐露することも難しくなる。

 まあサカオは人間じゃないんだが。


『あ、あたしも色々考えてたんだ。アマツマラは闘技場を作ってるし、キヨウも祭りの準備を進めてるし』

「そうだな。二人とも、それぞれの町が盛り上がるように準備を始めてる」


 恐らく彼女はそれを知って焦ったのだろう。

 一人だけ何も出来ていない自分に。

 そして十分に下調べをした上で、このバギーを開発した。


『調査開拓員は“競争”で盛り上がるんだ。知ってるか?』

「競争?」


 突然の言葉に聞き返すと、サカオは頷く。


『サカオは商売が活発だけど、それは“他には無い商品を並べよう”とか“他より安くしよう”とか商人が競って、“他より良いものを買おう”と客が争ってるからだ。

 アマツマラの地下闘技場なんかはもっと単純な“競争”の具現化だろ。

 レッジたちがより効率的に積極的に開拓を進めるために、“競争”の本能が備わってるんだよ』

「なるほど。“他より遠くへ、もっと広く開拓しよう”ってお互いに競い合うからイザナミ計画全体として開拓の進行が早くなるって事か」


 ラクトの言葉にサカオは頷く。

 そうして彼女は隣にある濃緑色のバギーを見た。


『だからあたしも新しい“競争”を取り入れることにしたんだ。機体差を無くすために画一化された車両で、〈機械操作〉に依らない純粋な技術で、速さを競う……』

「カーレースってことか」


 こくりとサカオは頷く。

 どうやら彼女はこの町でバギーを用いたレースを開催したいらしい。


「しかし、どうしてカーレースなんですか?」

『サカオのまわりは〈竜鳴の断崖〉、〈毒蟲の荒野〉からずっと広がる平らな荒野だからな。そんなに金と資源を使わなくてもコースが作れるし、すぐに開催できるだろ』

「なるほど、倹約家というべきかお金に厳しいと言うべきか」

「流石は商業ナンバーワンの町だねぇ」


 きょとんとした顔で答えるサカオに、レティたちは感心したような呆れたような表情を浮かべる。

 多くのリソースを必要とするアマツマラやキヨウとは対照的に、彼女はできる限り費用対効果の大きな方法を模索していたらしい。


「しかしその話しぶりだとフィールドをコースにするんだよな。レース中に原生生物が襲ってきたら競争どころじゃないんじゃないか?」

『大丈夫。このバギーは二人乗りなんだ』

「何が大丈夫なんだよ」


 抜かりないと胸を張るサカオに思わず言い返す。

 原生生物に襲われても良い理由になっていないと指摘すると、彼女は肩を竦めやれやれと眉を上げた。


『運転手が一人、護衛が一人。走行中に襲ってくる原生生物を蹴散らしてゴールするまでひっくるめたバトルレースなのさ』

「さっき純粋な技術だけを競う云々って……」

『戦闘だって技術だろう?』


 涼しい顔で断言するサカオ。


「なるほど、一理ありますね……」

「高速移動状態での対敵となれば、ただの力業だけでは難しいでしょうね」


 どうやらウチの戦闘職と思考回路がよく似ているらしい。


『名付けてバトルBattleバギーBuggyブラストBlast! 荒々しく血湧き肉躍る灼熱のレースだ!』

「いいですね、いいですねぇ。とても楽しみです!」


 ブルーブラストバギーと掛けているのだろう。

 レース名もBBBで揃え、サカオは自信に満ちあふれた顔をしている。

 そんな彼女の熱気に乗せられてか、レティたちも目を輝かせていた。


「なるほど。サカオのやりたいことはなんとなく分かったよ。でも、そこまで具体的に決まってるならなんで俺たちをここに呼んだんだ?」


 二人乗りのバギーで道中の原生生物を蹴散らしながら速度を競うオフロードカーレース。

 確かにコンセプトは分かりやすいし、参加したいと思うプレイヤーも多いだろう。

 しかしそこまで詳細に決まっているが故に今回俺たちが招聘された理由が分からない。

 そう思って問い掛けると、それまで活き活きとした表情で構想を語っていたサカオがぴたりと硬直する。


「……サカオ?」

『あ、いや、その……』


 突然歯切れの悪くなる管理者に、少しずつ心の中で暗雲が立ちこめる。

 管理者たちも随分と人間らしくなってきたが、こうも言い淀むのはその弊害と言ってもいいのだろうか。


「別に怒りはしないから。とりあえず言ってみろって」

『えっと、その……。実はまだ、コースが決まってない……的な』


 しゅんと肩を縮め、両手の人差し指を突き合わせるサカオ。

 その言葉を脳内で反芻し、咬み砕き理解するまでに数秒を要した。


「ええっ!? こ、ここまで決まってるのに肝心なのが決まってないんですか!?」


 俺の代わりに先んじてレティが口を開く。

 彼女の言葉にサカオは申し開きも無いと小さくなった。


「レース開場は〈竜鳴の断崖〉か〈毒蟲の荒野〉なんだろう? 何もないところだし、自由にラインが引けるじゃないか」

『それはそうかもしれないけどな……。あたしはあくまで地上前衛拠点シード04-スサノオの中枢演算装置〈クサナギ〉なんだ』


 唇を尖らせるサカオ。

 何やら事情があるようで、俺たちは彼女がそれを語るのを待つ。


『サカオ内部の事なら何でも分かるさ。でも防御壁から一歩でも外に出れば、あたしには全く未知の世界なんだよ』

「そういえば、ウェイドやワダツミもそんなことを言ってたな」


 以前の会話を思い返していると、突然サカオが俺の腰に縋り付いてきた。


『頼むレッジ! BBBのコース調査を手伝ってくれないか!』


 うるうると黒い瞳を湿らせるサカオ。

 どうしたものかと悩んでいると、彼女は声を震わせて悲痛に訴えた。


『もうバギーの量産ラインも作っちまったんだ。これでレースが開催できないと都市リソースの無益消費で姉さんたちに怒られる!』

「……一回怒られてもいいんじゃ」

『そんな事言わないでくれよぉ!』


 以前ウェイドが、サカオは良く考えるタイプだと言っていたのは聞き間違いだろうか。

 いや、これだけ活気のある町を統率する管理者なのだからこの程度の行動力は必要なのかも知れない。


「そう言っても、俺たちはこっち方面はあんまり詳しくないしな……」

『レッジ、ちょっと前は〈オノコロ高地〉を歩き回ってたじゃないか。絶対にあたしよりは詳しいさ』

「ぐぅ。行動記録でも見たのか」


 サカオが言っているのは〈行商人〉のロールを設定して荒稼ぎしていた時の話だろう。

 確かにあの時はサカオ、キヨウ、ウェイド、アマツマラと各都市をハイスピードで回っていた。


『それと、バギーの実地試験もして欲しいんだ。あたしは戦闘権限が無いから、そっちは出来ないしな』

「俺だって戦闘は専門外だぞ」

『なんのための二人乗りだよ。レッジが運転で、他の誰かが護衛になれば――』


 サカオがそう言った時のことだった。

 バギーを囲んでいたレティたちがぴくりと顔を上げる。

 彼女たちは足早にサカオへ詰め寄り、にこにこと眩しいほどの笑みを浮かべる。


「それはとても良い案ですね。レティたちも是非協力させてください」

「そうだね。じっくりと何周も検討しながらコースを見て回る必要があると思うよ」

「ふむ。桃源郷も荒野のエネミーを切りたいと言っています」

「ちょ、レティ? ラクト? トーカ?」


 俄然やる気を出す女性陣に、俺の方が戸惑ってしまう。

 おろおろとして声を掛けると彼女たちは揃って息をつく。


「レッジさん、手伝ってあげましょうよ。アマツマラちゃん、キヨウちゃんと手を出してきたのに、サカオちゃんだけ放り出すのは心苦しくありませんか?」

「そうそう。乗りかかった船ってやつだよ」

「どうせ別荘の植木鉢も時間が経たないと成果が現れませんし、その間の暇つぶしも兼ねられて良いと思います」


 いつになく強い気迫を向けてくる彼女たちに、俺は気がつけば頷いていた。

 ……まあ、ここまで来て断るという選択肢も端から無かったわけだし、結論は変わらない。


「では決まりですね。さあレッジさんレティとバギーに乗りましょう」

「いやいや、やっぱり遠距離攻撃手段があった方が効果的だと――」

「私、斬撃飛ばせますよ」


 話が決まった途端頭を突き合わせて話し込む女性陣。

 取り残された俺はちらりとミカゲの方を見る。


「これは……?」

「……頑張れ」

「ええ……」


 すっと一歩下がるミカゲ。

 彼はいつもの如く後ろから傍観に徹するらしい。


『あー、とりあえずありがとう。よろしく頼む』

「乗りかかった船ってのは合ってるしな。こうなったら俺もできる限り手伝うさ」


 何故か申し訳なさそうなサカオにそう言って、俺は女性陣の会議が終わるまで待つことにした。


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Tips

◇地上前衛拠点シード04-スサノオ

 第四域東部〈竜鳴の断崖〉に建造された地上前衛拠点。幅も長さもちぐはぐな通りが縦横無尽に入り乱れ、複雑な構造の建物が互いに絡み合うように立ち並ぶ、混沌とした町並み。崖を飲み込むように区画が広げられ、上下方向にも建物が積み重なっている。

 希少な品や専門的な商品を扱う店が多く密集しており、それを求めてやってくる人々により昼夜を問わず賑わっている。


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