第272話「狂乱の終焉」

 青い篝火が影を落とす戦場で、三術連合の蹂躙が始まった。

 次々と切り落とされていくヴァーリテインの首を見て、朧雲の壁際まで退避していた戦士たちも攻勢に出る。

 支援機術師たちから『鮮明な視界ビビット・サイト』のバフを受け、勢いよく得物を掲げて前進する。

 そんな最中、俺はレティたちに共有回線を通じて声を掛けた。


「レティ、ちょっといいか?」

『わっ、びっくりした。どうかしましたか?』


 突然俺の声がしてレティたちは驚いた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻して用件を尋ねてきた。


「ヴァーリテインの対処にも慣れてきた頃だろう? 三術連合が出てきて劣勢は脱したが、またすぐに拮抗状態に陥る可能性がある。それを打破するために、次の段階に移行しよう」

『次の段階、ですか』

「ああ。朧雲には足場になる展開装甲や銀糸を幾つも仕込んである。それと、レティの機械脚やトーカの〈歩行〉スキルがあればヴァーリテインの速度を圧倒できるだろ」

『むむむ、新要素ギミックですね。慣れるまでが大変そうです……』

「俺も口頭でアシストする。安心してくれ」


 彼女たちの動きに合わせて足場を展開していけばいい。

 あちらが何も考えずとも次の順路が分かるくらいに、俺が操作を担当するだけの話だ。


『あの、レッジさん。ですが、私たちの攻撃はヴァーリテインに対しては少々力不足なのでは……』


 トーカが不安げに手を挙げる。

 俺もカメラを通じて見ていたから把握しているが、彼女たちの攻撃はアストラやケット・Cといった一線級のプレイヤーには僅かに劣る。

 だがその点を、この俺が考慮していない訳がない。


「大丈夫だ。そっちもテントでなんとかなる」

『なんとかなるものなんですか!?』

「別にテントの能力はLP回復と威嚇だけじゃないからな。相応の素材を使ってアセットを積めば、攻撃力の増強もできるぞ」

『じゃあなんで最初っからそれをしてくれなかったんですか……』

「素材の関係で時間制限があるんだ。後方のネヴァたちが必死に作ってくれてるが、それでも今の段階だと5分程度しか効果が継続しない」

『それ、めちゃくちゃレアなアイテム使ってそうだね』

「めちゃくちゃレアなアイテム使ってるよ」


 ラクトの鋭い推理に俺は素直に認める。

 短時間に限り、テントの範囲内全ての人員のあらゆるステータスを大幅に上昇させるアイテムだ。

 希少な素材を使っていないわけがない。

 それに、朧雲ほどの規模になれば、その面積をカバーするためにはレアリティの低い素材でも山のような量を要求される。

 欠片ほどの大きさの中間素材を作るため、ネヴァたちは膨大な数の素材を消費しているのだ。


「まあその分効果はお墨付きだ。合図されたら発動するから、準備を頼む」

『むぅ……。分かりました、少し待ってて下さいね』


 そう言ってしばらくレティたちは互いに言葉を交わす。

 どう動けばヴァーリテインを効率良く圧倒し、膠着状態を打破する起爆剤となれるのか、戦闘職としての視点から検討を重ねる。


『レティとトーカが左右から首を飛ばしていって、エイミーは戦線の維持、ラクトは高所から全体を把握しつつ要所要所で助けを出す、というのが一番シンプルで効果的ですかね』

『そうですね。あまりトリッキーな動きをしても、数の暴力にはあまり効果がありません』

『わたし、三人が別々に行動してるのを同時に見てないといけないのか……』

「ああ、足場と一緒にDAFも展開するからな。ラクトの負担もちょっとは軽減できるはずだ」

『それは助かるけど、レッジの頭がパンクしない?』「安心しろ。ちゃんとイメトレは済ませたよ」


 余計に不安がる声が聞こえるが、俺自身はさほど危ぶんでいない。

 俺自身DAFの運用歴も長くなり慣れているし、システム自体も改良を重ね自動化を進めているのだ。


「ステータス強化の効果時間は5分。その間にヴァーリテインを討伐してくれ」

『――分かりました。首を討ち取りましょう』


 決心が付いたようだ。

 レティの頼もしい言葉に思わず笑みを浮かべる。


『では、10秒後に』

「了解」


 カウントが始まる。

 テントのコンソールを操作しながら、浮蜘蛛とDAFも起動する。

 今回のDAFは〈統率者リーダー〉8機、〈観測者オブザーバー〉8機、〈狙撃者スナイパー〉16機、〈守護者ガーディアン〉48機、〈狂戦士バーサーカー〉8機という過去最大規模だ。

 実質的に操作するのは〈狂戦士〉の8機だけではあるが、それでも最多であることには変わりない。


「さあ、張り切って行くぞ」


 大きく息を吐き出し、意識を研ぎ澄ませる。

 霞に包まれた冬の湖のように静かに、冷静に。


『――10、9、8、7、6』


 レティのカウントが進む。

 五秒を切ったところで、地上の三人が三方向へ走り出す。


『――5、4、3、2、1』


 〈観測者〉たちが戦場を定義し、〈狙撃者〉たちが照準を定める。

 〈守護者〉たちが三機一組となって防御フィールドを展開する。


『――ゼロ』


 〈狂戦士〉が唸り飛び上がる。

 レティが機装を纏った脚で地面を蹴り白煙を巻き上げる。

 トーカが草履で転がる骨を砕き高く飛び上がる。


「装甲展開、シルバーバインド射出、能力覚醒プロトコル“赤鬼”発動」


 コンソールに指を滑らせ朧雲を操作する。

 ヴァーリテインの巣を取り囲む十六枚の装甲から分厚い板が水平に飛び出し、蜘蛛の糸のように絡んだ銀糸が空中へ張り渡される。

 それと同時に朧雲の深蒼が鮮やかな赤へと変化した。

 コンソールに表示されたパラメータが振り切れ、レッドアラートが甲高く鳴り響く。


「要塞管理班、ここが正念場だぞ!」

『ぎゃあああ!? なんですかこれ! 消費エネルギーが跳ね上がってますよ!?』

『バグですか!? バグですよね! バグって言ってくれ!』

「残念ながら正常だ! 壊れたところは2秒以内に修繕し、配管が壊れたら1秒で取り替えろ! 補給班は絶対に大容量バッテリーを切らすなよ!」

『バグってるのはアンタの頭だよ!!』


 楽しげな悲鳴が共有回線を通じて響く。

 『アセット修理』『テント修理』『罠修理』をディレイが明けた瞬間に使いながら、〈観測者〉の視界でレティたちの様子を見る。


「レティ、足場を展開するぞ!」

『よろしくお願いします!』


 レティの現在地を把握して、彼女に一番近い装甲を跳ね上げる。

 その少し斜め前の装甲を次々に開き、上空前方へ続く階段を作る。


「そろそろ銀糸の層だな。浮蜘蛛を向かわせるからそれに乗れ」

『分かりました!』

「あと左下からヴァーリテインが来てるぞ!」

『はいっ!』


 迫り来るヴァーリテインを、レティは『咬ミ砕キ』で打ち落とす。

 トーカたちと協力しなんとか撃退していたヴァーリテインを、今の彼女の一撃は軽く圧倒した。


『凄く強くなってます!?』

「5分限定で、普段のアストラより若干強いくらいになってるぞ。ちなみに今のアストラはもっと強いが」


 戦場の中央付近から爆雷が突き上がる。

 見れば意気揚々と白い歯を輝かせたアストラが、一刀でヴァーリテインの首の束を切り落としているところだった。


『レッジさん、これ楽しいですね!』

「お気に召したようで何よりだ。健闘を祈る」


 そう言って一旦レティから目を離す。

 注意を移した先――鞘に手を添え走り抜けるトーカは、装甲板のアシスト無しに銀の蜘蛛の巣にまで到達していた。


「トーカ、調子はどうだ」

『気持ちいいですね。ヴァーリテインの首が熱したバターのように切り落とせます』

「それは良かった。〈狙撃者〉と〈狂戦士〉でアシストするから、レティと合わせて本体へ向かってくれ」

『了解しました。――行きましょう!』


 斬。

 喰らい掛かるヴァーリテインを切り落とし、彼女は猛然と糸の上を駆ける。

 〈狙撃者〉の銃弾が雨霰となって降り注ぎ、〈狂戦士〉の暴力が蹂躙に参加する。


『レッジさん、この面白い状況は?』

「アストラか。“赤鬼”を発動した」


 アストラからの通信。

 俺が簡潔に答えると、彼はそれだけで全てを察した。


『なるほど。では俺たちが活路を拓きましょう。膠着状態からの長期戦は避けたい。レティさんたちに息の根を止めて貰いましょう』

「いいのか? 露払い役になっても」


 俺の問いに、彼は軽く笑い飛ばして答える。


『俺、無双系好きなんですよ』


 斬撃の嵐が吹きすさぶ。

 白雷が入り乱れ、火炎と氷雨が唸りを上げる。


『にゃあ、面白いね。違うゲームやってるみたいだよ』

『ああ、なんという輝き! この炎は至高の領域に近いよ! レッジ、ワシらも一枚噛ませて貰うぞ!』


 前線に立つ猛将たちが恍惚の声と共に会話へ転がり込んできた。

 乱戦に次ぐ乱戦で普通ならば喋る余裕すら無いはずだというのに、器用なものだ。





「さあ、皆さん短期決戦で行きましょう。気楽にサクッと!」

「にゃはぁ。帰ったら美味しいアフタヌーンティーでも嗜みたいねぇ」

「ワシはずっと使ってみたかったアーツがあるんだよねぇ」


 エフェクトが視界を埋め尽くす。

 弾丸が飛び交い、シールドが竜の鱗に突き刺さる。

 勇者たちが声を上げ、剣を掲げて突撃する。

 立ち向かう幾百の奇竜の首を、輝きを纏った騎士が薙ぎ払う。

 長爪の猫が三本の首を一瞬のうちに切り落とし、可憐な妖精が業火で全てを焼き尽くす。


「アーサー、『流転する光』。聖儀流、九の剣――『神光』」


 膨大な光の奔流が戦場に広がる。

 竜の黒を塗りつぶし、漂白し、圧倒的な熱量で蒸発させる。

 同時に消し飛んだ彼のLPは朧雲が瞬時に補填していく。


「盗爪流、疾風奥義――『颱』」


 鋭い嵐が吹き荒れる。

 斬撃が飛び、無数の首を落とし切り刻む。


「『業炎纏う異形のカイナ――『氷河踏み抜く不壊の槍脚――『荒嵐抱く銀麗の大翼――『金剛砕く鋼牙のアギト――『万雷宿す強壮の体躯――『四腕『六脚『七翼『八牙『一身の王』」


 闇を切り裂き異形の巨人が現れる。

 七枚の翼を広げ、四本の腕に燃え盛る剣を握り、六本の尖った脚で大地に降り立つ。

 全身から黄金の輝きを迸らせ、黒々とした太い牙を剥いて咆哮する。


「フゥ!」

「輪唱アーツ、こんなところで使えるなんてラッキーだったね!」

「初めてだったけど成功して良かったわ」


 地虫を潰すようにヴァーリテインの頭を落としていく巨人に、呼び出した少女たちが歓声を上げる。

 呪術師たちは怨嗟渦巻く戦場で更に力を増していき、占術師たちは運命と因果律をねじ曲げ勝利を掴み、霊術師たちは積み重なった足下の骸を呼び起こして怯まぬ軍勢を向かわせる。

 戦場は、混沌に混沌が入り交じる地獄と化していた。





「うぉああ……これじゃあどっちが敵か味方かも分かりませんね……」

『禍々しいですね……。でも、皆さんのおかげでヴァーリテインの攻撃も薄くなりました』


 眼下に広がる惨状を見ながら、レティとトーカはヴァーリテインへと突き進んでいた。

 迫り来る首を次々に叩き潰し切り落とし、一瞬も止まることなく糸の上を疾駆する。


『そこよそ見しないでよ! おかわりいくらでも来るんだから!』


 鋭い氷の矢と共に後方からラクトが叫ぶ。

 レティの間近まで迫った竜の顎を凍結し、破壊し、なおも勢いを緩めず矢は首を一直線に貫通した。


『三人とも! ヴァーリテインの本体見て頂戴!』


 エイミーが声を上げる。

 三人が視線を前に向けると、そこには一際太い首が立ち上がっていた。


「アストラさん、本体とか無いって言ってませんでしたっけ!?」

『よく見て。あの首、何本も絡まって束ねられてる。自分で自分を押しつぶして強引に治癒して、一本に纏めてるんだわ』

『う、気持ち悪い……』


 竜の大頭は、首筋にまでびっしりと無数の赤い瞳を燃やしていた。

 ドクドクと粘っこい血が脈打ち、剣山のように並んだ牙の隙間から臭い唾液が流れ落ちる。

 根元は無数の細い首に枝分かれしており、真っ直ぐに屹立する姿は老樹のようにも見えた。


『十中八九あれが本丸だね。あれを叩けばお仕事終わり!』

『ちなみに残り時間はあと3分もありません! 瞬殺しないと負けますよ!』


 糸を踏み、飛び上がる。

 滑り込んできた〈狂戦士〉を蹴り、更に前へ。

 横から突き出してきた赤い装甲板の上に立ち、レティは奇竜を睨む。


「レッジさんたちがこれだけお膳立てしてくれたんです。ここでレティが負ける理由がありません!」


 力強く蹴って飛び上がる。

 装甲板が拉げ落下するのにも構わず、彼女は壁を蹴り、糸の緊張を利用し、弾丸のように飛び掛かる。


「トーカ、同時に!」

『分かりました!』

『的は私が作ってあげるわ』

『最高の一撃を決めるよ!』


 レティが大槌を振りかぶる。

 トーカが刀を鞘に納める。

 エイミーが拳を打ち、言葉を紡ぐ。

 ラクトが矢を番え、弦を引き絞る。


「ッ! 攻撃!」


 竜の口が大きく開き、喉奥から紫の煙が吹き出す。

 その瞬間、十六の弾丸が竜の首を全方位から貫く。

 刃の翼を持ったドローンが八機緩く弧を描いて竜の顎へ飛び込み爆発する。


『レティ! そのまま行けっ!』


 叫ぶ。

 レティは耳をぴくりと動かし、その横顔を僅かに緩めた。


「――彩花流、抜刀奥義『百花繚乱』」

「『自壊し飛散し反射し増幅し続ける二十四の鋭利な貫く槍の飛散する六枚の大盾』」

「『漂白する聖銀祓魔の一矢』」


 花弁が舞い上がる。

 六枚の大盾が砕け、無数の槍となって突き刺さる。

 燦めく一条の光が、眉間を貫く。


「――咬砕流、五の技『断チ斬ル裂牙』」


 そして焔を宿す黒鉄の鎚が、鋭い牙となって黒竜の首を裂いた。


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Tips

◇饑渇のヴァーリテイン

 〈奇竜の霧森〉の頂点に立つ老齢の巨竜。元々は弱い暴食蛇だった存在が、満ちる事なき食欲を満たすため喰らい続け、悠久の時を糧に老成したもの。もはや無数の下肢は自重を支えられず動くことはできないが、強靱な生命力と狂った執念で己の首を裂いて増やし、伸ばしていった。徒に首を落としたところで、その厚鱗の下に蓄えた高濃度の生命力によって瞬時に再生し、更に適応していく。体表を覆う触手は太く強靱で、手足のように近付いた獲物を捉えて口へ運ぶ。

 沸き立つ欲望のままに生きた竜は、頂点に君臨した今でもなお満たされることのない饑渇を抱え、憤怒と怨嗟の中に佇んでいる。


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