第231話「路を征く」

 膝下まで埋まるような沼の中を苦労して歩く。

 着実に〈歩行〉スキルのレベルが上がっているのは良いが、やはり〈水蛇の湖沼〉の歩きづらさはかなりのものだ。


「レッジさん、頑張って下さい」

「ぐぅぅ、トーカはすいすい歩いてるな……」


 俺とは違いスキルがカンストしているトーカや、軒並み高レベルなレティたち前衛組はまるで水面を歩くかのような軽やかさで前へ前へと先行している。

 悪路走破性能を高めているしもふりや、白月でさえも俺を置いてはるか前に立っている。


「足腰弱いのは後衛の定めだもんね」


 そういうラクトは俺よりも〈歩行〉スキルが低いが、移動する速度はレティたちと同等である。


「そのブーツいいなぁ……」

「わたしは〈歩行〉スキルとか取る余裕無いこと分かってたからちゃんと準備してるんだよ」


 彼女の履いているブーツは湖沼の蛙の革を使ったもので、沼地での移動阻害効果を軽減する働きがある。

 代わりに地面の状況に応じて継続的にLPが減少するし、なにより装備枠を一つ埋めてしまうというデメリットもあるが、彼女はこういった装備で機動力を補っているらしい。


「レッジさんが“水蛙の長靴”を履いたら〈歩行〉スキル上がらないじゃないですか」


 やれやれと肩を竦めてレティが言う。

 彼女の言うとおり、ラクトのブーツを履いたり浮蜘蛛を使って進むと〈歩行〉スキルに経験値が入らない。

 〈旅人〉の二次ロール獲得に向けてスキル上げをするためにも、こうして地道に歩くしか道はないのである。


「あ、レッジさん! あれじゃないですか?」


 先を歩いていたトーカが前を指さして振り返る。

 彼女の指を辿って視線を向ければ、原生林のような風景の中へ突然機械的な金属の柱が突き刺さっているのが見つかった。


「あれだな。ナイスだ、トーカ」

「ふふふ。ミカゲほどではないですが、私も偵察はできるんですよ」


 誇らしげに言うトーカが可愛らしい。

 俺は足下の泥を押し退けて進み、ポールへと手を伸ばす。

 銀色の表面に触れた瞬間、青い光が走りウィンドウが開く。


『任務【路を征く人】が進行しました。(6/14)』


 任務が進行したことを確認し、思わず一息つく。

 今、俺は新たなロール〈旅人〉の能力を獲得するため、そのロール任務をこなしているところだった。

 目標である〈旅人ウォーカー〉系二次ロールの〈丘を征く人グラスウォーカー〉は〈野営〉〈歩行〉〈取引〉と武器スキル一種がレベル60にならなければ獲得できないが、一次ロールである〈路を行く人トラックウォーカー〉は既に条件を満たしているため、ロール任務自体は受注できる。


「あと七箇所ですか。まだまだ道は長いですね」


 指折り数えてレティが嘆く。

 〈旅人〉のロール任務の内容は、“第四域までの全フィールドに一つずつ存在するポールを回る”というもの。

 要は“祠”がポールに変わった巡礼である。

 数自体はかなり少なくなっているし間違いなく負担は減っているが、それでもポールはフィールドの中でもわかりにくい場所に隠されてあったりして難しい。

 こうして歩き回っているうちに〈歩行〉スキルがレベル60を迎えそうだった。


「さて、次はどっちへ行こうか」


 無事に〈水蛇の湖沼〉のポールへ到達し、残りはあと七つ。

 第四域の四フィールドと、湖沼を除いた第三域の三フィールド。

 そのうち湖沼から直接行けるのは〈岩猿の山腹〉と〈毒蟲の砂漠〉の二つだ。

 それぞれ〈雪熊の霊峰〉と〈竜鳴の断崖〉へと続く中間地点として知られている。


「レティは山を登るよりも平地を進みたいです」

「湖沼からだとどっちも結構気候が変わるね。わたしはどっちでもいいよ」

「私も砂漠に一票入れていいでしょうか。ちょっと骸骨蟲スカルバグの素材が欲しくて」

「よし、じゃあ砂漠にしよう」


 そんな話し合いの下、次の進路が定まる。

 湖沼のゆったりとした川の流れに従って南へ向かい、途中崖際を通りながら黙々と歩く。

 途中に現れる原生生物は、頼りがいのある仲間たちが数秒の出番すら許さず瞬殺していった。


「砂漠と山腹はあんまり行かないフィールドですよね」

「というか、湖沼以外の第三域にあんまり行ってないんだよね」


 しもふりにドロップアイテムを仕舞いながらレティが言い、ラクトが答える。

 仕方ないと言えばそうなのだが、基本的にフィールドは第一域よりも第二域、第三域と面積が広くなっていく。

 それもあって俺たちは湖沼の攻略だけで手一杯だったため、他の第三域にはなかなか足を向けられなかった。


「それでもレティたちはちょいちょい出かけてたんだろ?」

「ほんとにちょいちょいと、ですけどね。砂漠は酷暑地帯なのでコールドアンプルなどの耐暑対策が面倒で」


 そう言って彼女は曖昧な笑みを浮かべる。


「ま、今日は俺に任せてくれ」


 そんな彼女たちに向けて、アーツを使う。


「『対象選択セレクトターゲット』『冷たい身体コールド・ボディ』」


 涼やかな水色のエフェクトが一人一人を包み込み、一定時間暑さを中和する冷却効果を付与する。

 コールドアンプルや耐暑着などで暑さを防ぐことも出来るが、やはり支援アーツによるバフは手軽で廉価だ。


「ラクトも耐暑バフいるか?」

「わたしをなんだと思ってるの?」


 冗談交じりに尋ねると、彼女は目を三角にして振り向いた。

 いつも氷のアーツばかり使っているからてっきり暑さもそれで対応するのかと思っただけだが。


「攻性アーツはあくまで攻撃用だからね。わたしは支援アーツ覚えてないし、氷の壁とか出しても酷暑デバフは受けるよ」

「だよなー」


 分かっていたことだがワンチャンあるんじゃないかと少し期待していたこともあり、残念に思う。


「砂漠は見晴らしもいいし、ポールもすぐに見つかるかしら」


 髪をかき上げ、籠もった湿気を逃がしながらエイミーが言う。

 パーティで一番の重装で、なおかつ動きの多い格闘家であるからか、彼女はじっとりと首筋に汗を滲ませていた。


「それがそうでもないんだ。砂漠の中でも砂丘地帯にあるらしくて、ポール自体が殆ど埋まってるんだと」


 一応、さらりとwikiを見て予習はしてきた。

 詳細な座標までは確認していないが、手間を掛けることでもないかと注意事項だけは読んでいる。

 それによれば砂漠のポールは荒野地帯ではなく中央に広がる広大な砂丘地帯に埋もれているらしく、探すのは他のフィールドと同じくらい手間取るのだとか。


「そっかぁ。ちょっと残念ね」


 しょんぼりと肩を落とすエイミー。

 付き合って貰っている手前申し訳ないと思うが、こればかりは仕方ない。


「とりあえず、そろそろ砂漠ですよ」


 レティが言う。

 切り立った崖を右手に見ながら歩くこと数分、突然視界が開け荒涼とした砂漠が現れた。


「ぐああ、このフィールドの境を跨いだ瞬間に気候が変わるのにはいつまで経っても慣れないな……」


 凄くゲーム的な話なのだが、フィールドの境を越えると途端に環境ががらりと変わる。

 湖沼はじっとりと湿った空気だったのに反し、それに隣接する砂漠はジリジリと熱い日射の乾燥した土地だ。

 アンプルで暑さを抑えているとはいえ、視覚情報からくる体感温度の高さはどうしようもない。


「とりあえず荒野地帯はさっさと抜けて、砂丘地帯に入りましょう」


 〈毒蟲の砂漠〉は外縁に乾燥した地面と大きな岩の転がる荒野地帯、その内側に砂漠と聞いて連想するような大量の砂が波打つ砂丘地帯が広がっている。

 今回の目的地は砂丘地帯であるため、荒野地帯はさっさと進んでいく。


「ふっ! 砂漠の敵は小さいのが多くて面倒ですね!」


 ハンマーを振るい、岩の影から飛び出してきた甲虫を打ち返しながらレティが言う。

 フィールド名にもあるとおり、砂漠の敵は基本的に蟲である。

 レティは体格が小さくすばしっこい所を苦手に感じているようだが、基本的に女性プレイヤーからの人気が絶望的に低いフィールドであることに変わりは無い。

 その割にはうちの女性陣は淡々と進んでいるが。


「慣れ、と言いますか。まあ敵ですし、どうせ倒すなら苦手でも大丈夫です」

「凍らせて砕けば一発だしねぇ」

「普通に殴れば潰れるし、最近はアーツの盾越しに殴ってるから特に嫌悪感はないかな」


 そう語る女性陣の背中は頼もしく。

 俺は時折彼女らのLPを回復する以外、特にすることもなく砂漠を進む。

 そうしているうちに砂丘へと入り、またも歩みが鈍くなる。


「ぐぉぉ……」

「ほらほら、頑張って下さい」


 踏み込んだ瞬間に沈む足、それを絡め取るような細かな砂に悪戦苦闘していると、レティがなかなか良い笑顔でこちらを見下ろしてくる。

 彼女もしもふりに掴まって進んでいるくせに。


「とりあえずこの山越えたら下りだよー」


 そういうラクトはいつの間にか“砂蟲の殻靴”という装備に変えている。

 またも遅れ始めた俺は槍を杖代わりにして必死に歩みを進めるのだった。


「ぐおおお……!」

「あ、レッジさん、あれポールじゃないですか?」


 そうしてようやく砂丘の頂に辿り着いた頃には、周囲の探索をトーカが終えていてポールもあっさりと見つかる。

 先端十センチほどが僅かに覗くポールを掘り出し、表面にタッチして任務を進行させた。


「しもふりのバッテリーも怪しいですし、一度サカオに寄りませんか?」


 そんなレティの提案で、俺たちはそのまま南下することになる。

 ついでに〈竜鳴の断崖〉のポールも回ろうと、細かな砂の丘を滑り降りながら決めた。


「……サカオか。じっくり見て回ってないし、そこでちょっと休憩するか」


 丁度任務も折り返しだし、休憩を取ろう。

 ということで俺が提案するとすぐに満場一致で賛成となる。

 なんだかんだ言いつつ彼女たちも疲れていたらしい。


「サカオは美味しいものが沢山あるらしいので、楽しみにしてますよ」

「私はオアシスパフェというものが食べたいですね」

「あれ、俺が奢ることになってるのか?」


 知らない間に話が進んでいることに首を傾げつつ、まあ付き合って貰っていることもあるしと納得する。

 途端に歩調を早めるレティたちに苦笑しながら、俺もえっちらおっちらとその後を追いかけた。


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Tips

◇〈毒蟲の砂漠〉

 シード01-スサノオの南、〈彩鳥の密林〉の奥に広がる広大な砂漠地帯。堅くひび割れた地面に大きな岩が転がる荒野と細かな砂の山が折り重なる砂丘の二地帯に分けられる。

 全域を通して襲う強い日差しと乾燥した風は機体に著しい損傷を与えるため、何らかの対策を取る必要がある。

 甲虫やワームなど多様な蟲が生息しており、過酷な環境に鍛えられた狡猾さと貪欲さを以て虎視眈々と獲物を狙っている。探索には十分な注意が必要だろう。


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