第62話「釣りの極意を教えよう」
日向鳥の解体は幻影蝶のそれよりは遙かに簡単だった。
俺の〈解体〉スキルがレベル40を超えていることもあるだろうが、それ以上に解体のしやすさが大きい。
ニワトリを一回り大きくしたくらいのサイズ感で、気を抜けば足がもげるような脆さもない。
そういうこともあり、俺の作業ペースは幻影蝶の時よりもかなり早くなっていた。
「おっと、在庫が切れたか」
そんなわけで気が付けば作業台には日向鳥の姿がなくなった。
レティたち三人が狩り集めるよりも俺の捌く数の方が多かったらしい。
「腐ってもレアエネミーってことか」
本来レアエネミーを山のように持ってくる方がおかしい。
こうして暇を持て余している時の方が正常まであるのだ。
ナイフをテーブルに置き、前傾姿勢のまま凝り固まった腰裏を伸ばす。
リアルと比べれば関節の痛みやらが無くなっている分すごく快適だ。
「しかし、暇になったな」
キャンプで一人、ふと正気に戻る。
レティたちはまだ追加を運び込んでくる様子もないし、何をしようか。
「ふっふっふ。しかし迷うこともない。こんなこともあろうかとインベントリに入れておいて良かったぜ」
俺は一人、キャンプで不敵な笑みを浮かべる。
取り出したるは平凡な釣り竿。
〈釣り〉スキルレベル0から使える初心者用のベーシックフィッシングロッドである。
「いやぁ、釣りってしたことないんだよなぁ」
釣り竿を担いでキャンプの裏手に回る。
そこに、キャンプの範囲からギリギリ出ない場所を流れる小さな沢があった。
この場所を選んでくれたミカゲには感謝しないとな。
「釣り餌もある。よし、やってみるか」
若い頃には興味が湧かず、年を取ってからは元気が湧かず、色々と理由を付けて敬遠していたのが釣りだった。
出生地こそ海に面した県ではあったが、実際は内陸の方に住んでいたからあまり縁がなかったというのもある。
それがこのゲーム内では出費もなく手軽に楽しめるのだから、良い時代だ。
釣りを主眼に置いた本格派フィッシングゲームと比べて、あくまでミニゲーム的な要素で納まっているのも敷居が低くてむしろいい。
「釣り竿持って、餌を付けて……」
釣り竿の先に、何かのペーストのような餌の団子を付ける。
ミミズとかエビとか付けるのかとも思ったが、まあ嫌な人もいるだろうしな。
「せーのっ!」
そうして竿を大きく振り上げ、針を沢目がけて投げる。
素人そのもののぎこちない動きだったが、システム様のサポートによって理想的な軌道を描いて無事に着水する。
あとは手近なところにあった岩の上に腰掛けて、ゆらゆらと浮き沈みする黄色い浮きを眺めるだけの穏やかな作業だ。
「いやぁ、素晴らしいな。ヒーリング効果ってやつだ」
色とりどりの緑に囲まれ、木々のざわめきや小鳥のさえずりなどの環境音に耳を傾ける。
チリチリと流れる沢の水も涼しい風を運んで首筋を撫でた。
都会の喧噪やリアルの煩わしさ、いろいろなしがらみを忘れて、自然の中に精神を揺蕩わせる。
「むっ」
安穏とした時間を過ごしていると、竿先を引く僅かな感覚が手に伝わった。
慌てて目を開き、浮きのあったあたりを見る。
「沈んでるな」
浮きは水面下に沈み、僅かに糸が張っている。
俺は勇み足で立ち上がり、ぐっと竿を持ち上げる。
その瞬間目の前に黄色と赤のルーレットが現れた。
グルグルと回るカーソルが黄色いマスに止まった瞬間に竿を引けば成功判定だ。
「よぅし――ふっ!」
タイミングを見定めて竿を引く。
途端にプチンと軽快な音がする。
同時に竿を揺らす手応えが消え、勢い余った俺は倒れて尻餅をついた。
「ぐぅ……。そう上手くは行かないか……」
所詮〈釣り〉スキルレベル0の実力だ。
ルーレットのカーソルは盛大に滑り、ほぼ九割以上を占める赤いマスのど真ん中で停止していた。
がっくりと肩を落とすが、諦めはしない。
今の一引きでスキルレベルは0.5上昇したのだ。
「そーれっ」
再度針に団子を付けて投げ込む。
さっき確かに糸は切れた感触だったが、竿にはしっかりと糸と針がついているのも良心的でいい。
「さあ、今度こそ……」
俺はまた浮きが揺れ動くのを眺め、ぼんやりとした時間に溶ける。
この〈釣り〉スキルというのも生活系スキルだ。
それも〈野営〉や〈撮影〉などといった趣味系という側面と、〈採掘〉や〈伐採〉などのアイテム採集系のスキルであるという側面を持つ。
むしろ後者に分類されることが多いが、それでもいわゆるガチ構成というビルドを目指すプレイヤーには見向きもされないスキルであることは確かだ。
しかし俺はガチ構成ではない。
そして攻略班や検証班、Wiki編集者などといった情熱を持っているプレイヤーでもない。
こういうスローライフっぽいスキルが好きなおじさんなのだ。
「うん。なかなか楽しいじゃないか」
沢の流れを見ているだけでも楽しい。
これは、焚き火がランダムに揺れる様子に癒やしを感じるのと同じようなものだろうか。
そういえば少し前に焚き火を眺めるだけのVRMMOがあったな。
「リラックスできるし、魚が掛かればアクティブに動くし、何より趣味と実益が兼ねられる。いいじゃないか……」
アイテム採集系のスキルである〈釣り〉スキル。
集められるのは当然、そう魚である。
〈牧牛の山麓〉や〈猛獣の森〉にも川や池があるし、〈水蛇の湖沼〉なんかはフィールド全体が水場だ。
そういう所で釣り糸を垂らせば何かしらが釣れるようになっているらしく、釣り愛好家たちの掲示板が賑わっている。
彼らの和気藹々とした雰囲気を見て、俺も釣りに興味を持ったのだ。
そうして釣り上げた魚は当然食べられる。
食べるためには調理する必要があり、昨夜から上げ始めた〈料理〉スキルが生きてくる。
我ながら完璧。
「キャンプで待ってるのってわりと退屈だったりするしな。それに魚料理振る舞えば、レティたちも喜んでくれるだろ」
まさに趣味と実益を兼ねた良いスキルである。
むしろ俺のために用意されたのでは?
「むっ!」
馬鹿なことを考えていると、再度ブルブルと竿が震える。
立ち上がり、今度こそと気合いを込めて持ち上げる。
現れるルーレットは、若干、ほんの僅かながらに、黄色マスが増えているような気がしないでもない……ような?
「ええい、なんとかなる!」
引かねばならぬ。
引かねば何にもならぬ。
俺はタイミングを見計らい、ここぞと一息に竿を寄せる。
「よし!」
カーソルの止まった位置は――黄色。
糸の先、水面下に小さな魚影が現れる。
そうして再度回り出すルーレット。
「ってまだ続くのか!?」
一回引けば釣れると思ってた。
俺は多少慌てながら再度ルーレットを凝視する。
「ええい、ここだぁ!」
グイッ。
プチッ。
ドスッ。
俺は再度痛めた尻を摩りながら唇を噛む。
またしても魚に逃げられた。
既に魚影は見えないが、水面の下からしたり顔で笑っているような気がして歯がみする。
「くそう、今度こそ……」
しかしこれによりスキルは1レベルになった。
釣り竿の適正スキル値を満たしたため、その性能を十全に引き出すことができる。
「突撃今夜の晩ごはん!」
威勢の良い声と共に三投目。
ちゃぽんと心地の良い音が森の中に響く。
「……」
一瞬だって見逃すまいと浮きを凝視し竿を握る手に力を込める。
さあ来い。
俺と勝負しろ。
まだ二敗だ。
三回勝負、つぎ勝った方が勝ちな。
「来たッ!」
浮きが沈む。
俺は半ば反射的に竿を引き上げ、来るルーレットに構える。
「……あれ?」
しかし、待てど暮らせどルーレットは現れない。
恐る恐る竿を上げると、綺麗になった針が水に濡れて光っている。
改めてログを確認する。
『魚に逃げられました』
『チュートリアル:魚は餌に食いつくまでにフェイントを行うことがあります。騙されないように慎重に判断しましょう。』
「ちくしょぉぉぉおお!」
やってられるかこんなの!
俺は釣りなんてやらずにキャンプに戻るぞ!
はー、あほくさ!
「……まあ、あと一投だけやってやろう」
俺はキャンプに戻りかけた踵を返し、再度岩に腰掛ける。
三回も失敗したのだ。
仏の顔も三度まで。
俺も四回目には絶対釣り上げてやる。
次はいけるはずなんだ。
「へへ……へへへ……」
竿を振り、針を投げ入れる。
浮きを眺めながら、どう料理してやろうかと考える。
やはりシンプルに塩焼きか。
川魚は寄生虫がいるやらで刺身はダメだったか。
「さあ、来い――!」
釣りの極意。
それは釣った魚のことを考えること。
どう料理してやれば一番美味く食べられるだろうかと。
そうしていると時間を忘れ、食いついた瞬間を逃さず的確に釣り上げることが出来る。
俺はこの方法で、十回連続で餌を食われました。
_/_/_/_/_/
Tips
◇〈釣り〉スキル
〈採掘〉〈伐採〉〈収獲〉〈解体〉と並ぶアイテム採集系スキルであり、〈撮影〉などと同じ趣味系の側面も併せ持つスキル。水場に釣り糸を投げて魚を釣るというシンプルなスキルではあるが、スサノオ周辺のフィールドにも多様な釣り場が存在し、またリアルほど煩雑な作業を必要としないことから愛好家も多い。釣り上げた魚は料理することができるため、〈料理〉スキルも持っているプレイヤーは多い。
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