「あれ、キョウランの元にはいかないのかい?」


 呪術司室に現れた親友にテンは驚く。


「お前こそ、藍殿についていなくていいのか?」

「私は忙しいからね。後、君が傍にいると思っていたけど」


 典は机の上に散らばった書簡を片付けながら、答える。


「強、頑張って藍を宮に留めてくれよ。君しかできないから」

「……俺には無理だな。それはお前の仕事だ」

「私?無理だよ。彼女は強情だから。君の願いなら聞くかもしれないけど」


 とんとんと紙をまとめ、紐で結びながら典は背中を向けたまま言葉を続ける。


「典!」


 強は親友に近付くとその肩に手を置いた。


「本当は、お前……藍殿のことを好きなんだろう?」

「?!」

「俺はお前が、その…藍殿に口づけするのを見た。だから」

「口づけぇえ??」


 眉をひそめて、典が振り向く。


「……何を見たんだ?強?」


*


「強……。本当、恋におぼれた君は楽しいよね」


 話を聞き終わり、典は腹が抱えるほど笑い、目に涙を溜めたままそう口にする。

 目の前の椅子に座る強は顔を真っ赤にして、渋い顔をしている。


「私は、それは藍のことはかわいいと思ってるし、大切にしたいと思ってる。でもそれは妹みたいに思っているのであって、恋愛感情ではない」

「………」

「だから、君が私に遠慮することなどないんだから。さあ、警備隊長殿。君の仕事だよ。未来の呪術司を宮に留めるように」


 典はぽんぽんと親友の肩をたたく。

 強はまだ腑に落ちないようで眉間に眉を寄せたままだ。


「強、目を離すと。あの藍のことだ。またベッドから抜け出すと思うけど?急いだほうがいいと思うけど」

 

(水が飲みたい……)


 寝ているうちに誰かが水を置いていったらしい。

 しかし、水の入った湯呑はベッドから少し離れた机の上にあった。

 声を出して呼んでみたが、誰も来るようすはない。

 藍は溜息を吐くと、体を起こす。痛みが走ったが、傷は開かなかったようだ。足をゆっくりと床につける。ひやりと冷たい感触がした。


(あ、大丈夫だ)


 両足を床につけ、藍はほっとする。

 そして、歩き出し、後悔した。


「…っつ!」

 

 お腹が割けるような痛みがして、動けなくなる。

 眩暈がして、ぐらりと視界が揺れる。


(あ、倒れる)


「藍殿!」


 声がして、体がふわりと浮いた。


「典が言った通りだ。来てよかった」 


 心底ほっとした様子で強がそう言う。


「なぜ君はじっとしていらないんだ?」


 腕の中の藍に強はあきれた様子をみせる。


「え…と。お水が飲みたくて…。誰も来てくれないから」

「水?」


 そう言われて藍の視線を追うと、少し遠くの机に水の入った湯のみが見えた。


「そうか、そうだな。悪かった」


 強はくすっと笑うと藍をベッドに連れ戻し、湯呑を掴む。


「あ、ありがとうございます」

 

(来てくれて嬉しかったけど、間が悪い時に……いや、よかったのかな…)

 

 強が来なかったら藍の体が確実に床に激突していた。

 恐縮して水を飲む藍に強は優しい視線を投げかける。


「藍殿。やはり、俺は君が好きだ。ずっと傍にいてほしい」

「ぶっつ」


 驚きのあまり、水を口から吹き出し、ベッドが濡れる。


「す、すみません!!」

  

(え、私、何て言われの!?)


 どうしていいかわからず、動揺する藍を強はじっと見つめる。


「だから君の世話は俺がするから」

「え、あ、ありがとうございます」


 そうして藍は宮に留まることになった。

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